4. 悪魔ベリアル
およそ700年前──
この世界には、悪魔を題材にした書籍が存在する。
僕の家に貯蔵されていたので、小さいながらに読んだ覚えがあることを思い出した。
そこに記されていたのは、悪魔は人間や亜人が住む世界では肉体を持たない為、その依り代──器が必要だ。
ただ──器には自身の適合する器が存在するらしく、その器が生をなすと、器を求めて地獄から出てくるらしい。
700年前に実際に現世に現れた悪魔を捉えて拷問して吐かせたらしいのだが、何せ著書が古いため真偽は定かではない。
その悪魔によると──地獄は表現のしようがないくらい劣悪な環境で、略奪、殺害、欺きなどという行為が当たり前らしいのだ。
悪魔の力の根源は人間の憎悪、恐怖、絶望といった負の感情を糧にしており、地獄ではその力の根源を得るのは限定的で、だからこそ──現世において器を獲得し、多くの人間や亜人が住む現世の進出を目指している。
これが著書に記載されている内容だ。
そして──僕たちの前に現れた、悪魔ベリアル。
元は天使で天界から堕天し、さらに悪魔となった存在だが、魔王とされるルシフェルと同等の力を持つ悪魔とされている。
ただ──彼は僕を、とある悪魔の器にしようとしているらしい。
せっかく退屈な前世から退屈しない世界へと転生したのに、悪魔に身体を狙われてるなんてたまったもんじゃない。
そんなの御免だし、やられる前にやっちまえ理論だ。
僕は彼の話に一切耳を貸さず──連続でラピッドファイヤを繰り出した。
軽々と避けるベリアル。
さすが悪魔──この程度なら簡単に避けるか。
「おいおい、話は最後まで聞けよウィル。何もお前を取って食おうって訳じゃねえんだ」
「………………」
耳を貸さない、口を開かない、そうすれば──相手に悟られることも乗せられることもない。
僕は断続的にラピッドファイヤを繰り出す。
「会話もしてくれねえのかよ。困っちまうぜ。でもさ──いいの?お前にも大事なモンはあるだろ」
すると──いきなりベリアルは僕の視界から消える。
ただ高速で移動しているだけだ。
気配を消した訳ではない。が──
「──ウィル!!」
「ア、アリス──!!」
ベリアルは瞬時にアリスの背後を取り、首元に長い鉤爪を充てている。
クソ──人質を取られた。
「さてと──まともに会話してくれねえからこういう展開になるわけだけど、それにしても──久々だなぁ、アリス」
「わ、私はあなたのことなんて!!」
「嘘は言っちゃいけねえよ。あの時はお前もちいせえガキだったからよ、最初は分からなかったが、まさか──あの時泣きわめいてたお嬢ちゃんだったとわな。こんな姑息な魔法使って、あのガキ守ってたとはな」
「それは──!!」
なんの話をしているのか分からなかった。
でもそんなことより──今はアリスを助けるのが先決だ。
後でしっかり説明してもらおう。
「ウィル様!!ここは撤退してください!!私なら大丈夫ですから!!」
大丈夫って──あそこで死んでいるドラゴンから察するに、ここはダンジョンの深層かもしれないんだぞ。
あの見た目からして、ドラゴンの中でも最強と言われる、インペリアルドラゴンだろう。
さすがの僕でも地上から離れすぎている深層から、3人を守って脱出用のリングを使用しても、隙が生まれて逆にベリアルの都合が良くなってしまう。
「撤退なんてしない!!アリス!!僕は君を守る」
「そうよ!!あんた一人置いて逃げるなんてしない!」
「あぁ!!俺たちは仲間だ!!しかもこんな場所に連れられて逃げる場所なんて何処にもないさ」
「シノ、ケイン……」
アリスが捕まる前にシノが応急処置したのか、ケインの怪我は回復していた。
でも──相手が1人だからといって、僕はまだしもシノとケインでは到底太刀打ちはできないだろう。
仕方ない──僕が隠していたことバレてしまうけど、この緊急事態だ。
ここで使わなかったらきっと、僕は後悔する。
「おい、仲良しこよしは終わったか? 終わったのなら、ウィル──早くこっちに来い。そしたらアリスは解放してやる」
「ウィル様!!」
退屈せずに魔法に明け暮れた普通の生活ができると思ったのに、全部──この悪魔のせいで台無しだ。
このツケは死をもって償ってもらおう。
「ねぇ、みんな──」
「どうしたんだ?」
「僕にとって、君たちは──大切な仲間だし友達だよ。その友達が窮地に陥っていたら、助けるのは当然だし義務だと思う」
「そんなの当たり前じゃない!!」
シノの目から大量の涙が溢れる。
ひとりで立てなくなったのか、ケインがその肩を支える。
そう──そうやって人は支え合っていくんだ。
人はひとりでは生きていけない。
誰かの支えや愛があってこそ、人は生きる希望を見出していくんだ。
「だから──僕は、ここで本気を出す!!」
「ほほう!!ならウィル!!お前の力を見せてみろ!!」
「ダメ!!お願いウィル、やめて──その力は!!!」
「親愛なる光の神よ、我が言の葉の願いを聞き光の加護を。そして──我が言の葉の願いを叶え給い、悪しき者から尊き者を救う力となれ」
「もしかして、この詠唱──これは……神聖魔法?」
「あぁ、規格外の彼ならもしかしたらと思ったが──まさか、神聖魔法をね」
「ハハハッ!ハァハハハッ!!!素晴らしい!素晴らしいよウィル!!その力をオレに見せてくれるなんて、今日はなんてツイてる日なんだ!!」
「オールハイネス」
オールハイネス。
神聖魔法の一種で、全ての能力に10倍のバフがかかる、神聖魔法でも習得するのにかなり難しい魔法だ。
僕自身──習得するのはさほど難しくなかったのか、無詠唱で魔法を展開するのは難しく、まだ詠唱は必要だ。
「なんだよ、神聖魔法使ったって思ったらオールハイネスかよ。しかも詠唱って。まだまだガキだったか。オールハイネス」
僕を見て嘲笑するベリアル。
ベリアルもオールハイネスを発動させた。
元は天使だ。神聖魔法を扱えて当然なのだ。
でも──彼も剣を交えたら分かるさ。
自分がいかに無力で弱いかを。
「まぁ、子供のお遊戯程度には──なにッ!!!」
僕は高速移動をし、アリスを回収した。
シノたちの元に届けると──バリアを展開した。
「オールシールド」
オールシールドも神聖魔法のひとつだ。
雷属性のバリアとは違い──オールシールドは、外敵からの物理攻撃、魔法、侵入を一切受け付けない魔法だ。
これで心配なく戦える。
「ウィル──私……」
「あとで話は聞くよ。だけど、今はあいつを倒すのが先決だ」
「俺も加勢する」
「アタシも戦うわ!!」
「やめてくれ──!!」
「オールハイネス状態の相手よ……。神聖魔法同士の戦いに、あなたたちは加勢できない。無駄に命を落とすだけ」
「アリスの言う通りだ。ここからは僕ひとりで戦う」
ふたりは言葉を噤んだ。
何も2人を信用していないわけではない。
普通のダンジョン攻略なら、互いに知恵をふりしぼり助け合って攻略していくものだろう。
でも──相手は悪魔で、普通の状態でも勝つことが難しいのに、オールハイネスを使って全能力10倍の補正もかかってる。
僕ひとりで始末したほうが楽なのだ。
「わかったわ。ウィル、負けんじゃないわよ」
「ここは仕方ない。ウィル、あとで夜飯代奢れよな」
すんなりと引き下がったふたり。
もっと食い下がってくると思ったが、そこは物事を弁えてる貴族様だ。
ありがとう。その言葉だけが心を木霊する。
「さて──ベリアルだっけ?お前、死ぬ覚悟はあるか」
「ようやく遺言を伝えたか。それじゃ始めるか。あぁ、安心しろ──死んでも蘇生はできるから、こっちも全力で行かせてもらうよ」
「お前は少々──僕を舐めすぎだ」
僕は高速移動をすると、ベリアルの腕を軽く切りつける。
それを何回も何回も繰り出し、蓄積していくダメージを与え続ける。
「ちょこまかと!!だりいなぁ!!!」
ベリアルは僕を捕まえようとするが、手は空を切る。
彼はそれを何度も繰り返すが──僕を捕まえられなかった。
がら空きになった胴体に拳で重い一発を放つ。
「ぐほぉぉぉぉッ──!!」
後ろに吹っ飛んだベリアルは、壁に衝突するが僕の攻撃は止めることを知らない。
何発も何発も──ベリアルの胴体に間髪入れずパンチを繰り出す。
ベリアルは僕の猛攻に防戦一方だった。
「僕ばっかり攻撃してるけど、君は攻撃してこないのかい?ベリアル」
「たったこれしきの攻撃で勝った気になるなよ?」
そう言うと──ベリアルは壁を思いっきり蹴り、勢いのまま突進してくる。
鉤爪を使って素早く攻撃してくるが、僕はそれを全て見切ってかわした。
遅い、遅すぎる。
何回も繰り出してくる攻撃だが──まるでスローモーションのようにベリアルの攻撃は遅かった。
「ふざけてるのか?こんな遅すぎる攻撃、当たるわけないだろう」
「はァ──!? テメェ!!オレを舐めてんのか!!」
「だったら──何故、僕は傷一つ付いてないんだろうね。答えは簡単さ。それは──ベリアル、お前は僕より格下だからだ」
「ンだと!?このガキ──!!細切れにしてやる!!」
そう叫びながら言うが、ベリアルの攻撃は僕には届かない。
そろそろ単調な攻撃も飽きてきたな。
僕は彼の攻撃を、右手の人差し指1本で止めた──
「ンなッ──!?」
「だから当たらないって言ってるんだ三下。この際だから一つ教えてやろう」
僕は瞬間移動すると、ベリアルの背後に回り込み──腰を思いっきり前蹴りし正面から壁に激突させた。
「ンガッ──!!」
「通常──神聖魔法を扱える人が詠唱した場合は10倍のバフなのは知ってるね。規格外だと親からも言われるその僕がオールハイネスを使うんだ。効果は他の人の100倍にあたる。これの意味が分かるね」
ベリアルの表情が動揺に変わった。
「ンなわけ──ないだろ!!このオレがたかが人間風情に負けるわけねぇ!!」
「いや──戦う前からお前は負けてるんだよ、ベリアル」
ベリアルとの間合いを詰めると──僕は拳に魔力を込め、的確にベリアルの急所を突いた。
しかし──そんなんでやられるほど、ベリアルも甘くは無い。
ベリアルは肩で息をしながら立ち上がった。
「いくら攻撃を与えても、オレは悪魔だ。この器が壊れても、オレ自身が死ぬことはねえ」
それもそうだ。
元は人間の身体であって、ベリアル本人の身体ではない。
この現世に留まる為の器であって、ベリアルは言えば精神体みたいなものだ。
ベリアル本人の魂を破壊しなければ──彼は消滅しない。
そう、著書にも記されていた。
でも──彼を消すなんてこと、僕にとっては朝飯前だ。
「親愛なる光の神よ、我が言の葉の願いを聞き光の加護を。そして──我が言の葉の願いを叶え給い、悪しき者を尊き力によって、魂を浄化せん」
「や、やめろ──!!それをしたらオレは──」
「さすれば──罪は消え、堕落した者を救う光の導きは、尊き者に変わり永遠の安らぎを給わるだろう」
「ちくしょう、ここまでか。テメェを連れて帰れない事は残念だが──首洗って待ってろよ。必ずテメェを連れて帰って、偉大なるお方の贄になってもらうからな──」
「オールピュリフィケーション」
ベリアルの足元には──膨大な魔力が勢いよく吹き出た。
その勢いは留まることを知らず、暫く吹き続けた。
オールピュリフィケーション──
神聖魔法における最上位魔法で、あらゆる物を浄化し清める魔法だ。
悪魔に使用したら魂は再生できないほど融解し消滅する。
悪魔にとって──天敵である魔法だ。
オールピュリフィケーションが静まると、僕はその場にガクッと膝を突いた。
この魔法はいくら膨大な魔法を有している僕でも、ほとんどの魔力を持ってかれる、所謂──燃費の悪い魔法だ。
本来は神聖魔法を扱える者が数人で行使する魔法で、僕みたいにひとりで行使する魔法ではない。
でも──それでも、この魔法を使わなければベリアルを退けることは出来なかったし、更に時間がかかっていただろう。
まぁ、ただでさえオールハイネスとオールシールド、そして──オールピュリフィケーションを使ったんだ。
魔力切れを起こすのも無理は無い。
「ウィル!!!」
「おいウィル!!しっかりしろ!!」
「あんた!酷い顔してるわよ!!大丈夫なの!?」
アリスたちが駆け寄ってくる。
アリスは僕を強く抱きしめた。
「ごめんね──ごめんね、ウィル。あなたを戦いに巻き込んでしまった」
そうだ──ベリアルが言ったことが頭の中に残っていた。
ベリアルとアリスは面識があって、ベリアルは僕を狙ってて──
僕を偉大なるお方の器だと言っていて──
ダメだ──もう、限界だ。
「ウィル!ウィル!!」
あぁ、ちょっと休ませてくれよアリス。
その後──話を聞かせて。
僕はそのまま深い眠りについた──




