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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【幼少期】霧の国の二人の家
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1-8 留学2

 家事を積極的に覚えたり、家庭教師に魔法学園の学力試験について相談したりして、着々と準備を進めた。


 そして今日、両親が帰ってきた。


「アリエル。貴方はリリアンクの魔法学園に行きなさい」

 そう言ったのは母メラニーだ。

 魔法については魔法使いの母の方が詳しい。

 アリエルとメラニー。魔法の才は遺伝しないため、二代続けて魔法使いというのは珍しいと聞く。

 実際、父ハースはハニアスタの子だが、魔法使いではないし魔力も持たない。


「はい」

 ソファの対面に座ったアリエルは応える。

 アリエルの隣にはアッシュが行儀良く座っている。

 母の横に座るのは父。玄関で母の外套を脱がせてあげたきり、一言も喋らない。


 よかった。

 あとは書類にサインを……。

「けれどアッシュ。貴方はミスティアの中等学校に通いなさい」

「え……」

「今の学校の内部進学でもいいし、優秀なようだから王立学校への推薦獲得も可能でしょう。好きな方へ……」

「待ってください。アッシュも僕と一緒に魔法学園に行くつもりです」

「アッシュは魔法が使えないのでしょう。わざわざ留学する必要はない」

 母の口調は淡々としていた。

 口角をわずかに上げた無機質な微笑みを浮かべている。

「お母様。アッシュの魔力を見れば、非凡な才能があることが分かるはずです」

 母は魔法使いなので、アッシュの魔力が見えるはずだ。

「魔力量はたしかに優れている。けれど魔法が使えなければ意味がない」

「魔法学園ならもっと幅広く教育してくれます。アッシュの才能も開花する可能性があります」

「セーネから、セネクさんがアッシュの身体能力を高く評価していると聞いた。可能性の話より、すでにある才能を有効活用しなさい。国内の学校なら、将兵を目指した訓練も受けられる。留学生ではそうはいかない」

「でもアッシュは魔法学園に行きたがっています!」

 アリエルは悲愴な声で訴える。

 だが母の冷淡さは変わらなかった。

「それがどうしたというの。全ての臣民は、王のために努めなければならない。貴方達の望みは訊いていない」


 アリエルは唇を噛む。

「じゃあ僕もミスティアの中等学校に進みます」

 魔法学園の豊富なサポートは得られないが、アッシュと離れるよりましだ。

「いいえ。アリエルはリリアンクに行きなさい」

「! どうしてッ!」

「そうすべきだから」

 魔法の才を伸ばせということか。

 ――王のために。


 アリエルはこれ以上何を言えばいいか分からなかった。

 どうしてこんなことに。

 留学なんて言わなければよかった。

(アッシュと離れる……)

 そんなの――。


「嫌だッ!」

 隣から声があがった。

 アッシュが立ち上がっている。

「僕、魔法使えるようになります。……頑張るから……! 一緒に魔法学園に行きたいです! お願いします!」

 アッシュは目に涙を滲ませて必死で頼みこむ。

「認めません。貴方はミスティアで」

「嫌です!!」

「将兵を目指すのが貴方の」

「やだ!」

「何を……」


「メラニー」

 黙っていた父が口を開いた。

 何の感情も示さない亡霊めいた人。

 美人の祖母とハニアスタに似た美しい容貌は、奥様達の話題によく上るが、彼の笑顔を見たことは一度もない。

「こんなに泣き喚く子供ではいてもしかたない。もう十歳なのにこれだ。大きくなったところで王の役に立つとは思えない」

 淡々とした声で突き放した。

「家事はできると聞いている。元々使用人になればと引き取ったんだ。アリエル、一緒にリリアンクに連れていきなさい」

「――――」

 一緒に。

「アッシュの学校はリリアンクで入れるところに入りなさい。メラニー、それでいいだろうか」

「…………。ええ、貴方の言う通りね。そうしましょう」

 母はあっさりと認めた。


(アッシュのこと悪く言われたけど、今はいい)

 父は書類を読み、必要な部分にサインをしている。

(ここを離れるまでは何だっていい。耐える)

 アッシュと行ける。留学できる。

 じわじわと頬が赤くなる。

 喜びで泣いてしまわないよう、じっと静かにしていた。



 サインの入った必要書類を手に入れた。

「僕、泣いてばっかり」

 アッシュがちょっと萎れている。

「僕の方こそ何もできなかった。アッシュが抵抗してくれたから一緒に行けるんだよ。アッシュはかっこいいね」

 心から感謝しているのだが、アッシュは微妙な顔をする。

「僕、中等学校に入ったらちゃんと格好よくなる」

「ふふ。今より格好よくなっちゃうのかあ」






 初等学校で学力に関する推薦状をもらい、魔法研究所では魔法の能力を見てもらい推薦状を書いてもらう。

 魔法研究所では入学願いの手続きもしてくれた。

 前回は途中からざわざわしていたが、今回は静かだった。


 リリアンクに送った入学願い。

 しばらくして結果が返ってくる。

 アリエルは合格。

 アッシュは学力試験への参加が認められた。


 アッシュはミスティア王立中等学校の入学試験を受けて、その結果をリリアンク魔法学園に回してもらった。

 合格の目安は上位五位以内。背筋の凍るような狭き門だ。

 魔法能力の面でのアッシュの評価が低いので、ほぼ学力試験だけで合格しないといけないことが原因だ。

 魔法が使えない入学志望者は他にもいる。

 魔法学園はリリアンク最高の、そして世界有数の総合学校でもある。

 リリアンク人ならば非魔法使い枠はそれなりにあるそうだが、留学生の枠は少なく奪い合いになるそうだ。


 冬を越えた頃、ようやくリリアンクから通知が届いた。

「……合格。合格だよ!」

「やったあー!」

 二人で抱き合って喜んだ。






 留学直前。

「ここだっ。先生の勤めている研究所」

「草ぼーぼー」

「ぼーぼーだね」

「……お化けとか出ない?」

「出ないよ。行こ」


 二人はお世話になった人に挨拶回りをしていた。

 今日は家庭教師の番だ。

 初等学校に入ってから授業の頻度は減ったが、長いことお世話になった人だ。


 家庭教師の本業は歴史学者で、魔族の伝承の研究をしている。

 それだけでは食べていけないので、副業でアリエルの家庭教師をしていたのだ。

 アリエルの母の魔法の師の伝手で紹介してもらったそうだ。


 研究所はアリエルの家とは異なる地区で、通行手形が必要だ。

 そのため事前に訪ねる日を約束していた。



「適当に座ってください」

 通された家庭教師の研究室は、資料でいっぱいだった。

 机の狭い空きにお茶を置いてもてなしてくれる。


 アリエル達からもお礼の品を渡す。

「こ、この重さは……」

「燻製肉です」

「とても美味しいお店のです」

 家庭教師は貧乏らしく、食事も質素なことがうかがえた。

 だがアリエルの家で夕食に誘っても断っていた。

 何かしらの矜持があるのだろう。そうメグが言っていた。

「……いただきます。ありがとうございます」

 今日は素直に受け取ってくれた。

 お別れ効果だ。


「この図、魔族ですか」

 アリエルとアッシュがしげしげと資料に興味を示す。

「そうです。三百年前の遭遇例になります」

「体長三メートル」

「魔物みたい」

「そうですね。魔法を使える者がほとんどなことと、知性のある個体の割合が多いことが違いとして記録されています。そしてその能力は、こちらの大陸にいたとすれば一体で一国を滅ぼせるだろうと云います」

「へー」

「三百年前というと混沌時代ですか」

「ええ。その頃、魔境大陸を冒険する無茶な一団がいて、この辺りの資料は全て彼らのおかげです」

「魔境大陸を」

 魔族は攻撃的といわれるので、非常に危険な冒険だ。

 魔族はなぜか魔境大陸から出てこないので、対岸であるミスティアや周辺地域の被害はごく限られている。

 それをわざわざ渡っていくなんて驚くべき探究心だ。


「ミスティアでも魔族との遭遇はあるんですよね」

「はい。この大陸に現れる魔族というと、海に棲む魔族です」

 家庭教師は他の図を見せてくれた。

 下半身が魚の魔族や、四肢に鱗を持つ魔族が描かれている。

「この魔族は魔境大陸での遭遇例もあるのですが、こちらの大陸に出現した者より遥かに凶悪な能力を持つようです」

 ミスティアでの被害規模も大きいのに、これよりも凶悪なのか。

「同じ種族なのに、この大陸に来ると弱くなるということですか」

「確証はありません。単に弱者が追いやられただけという可能性もある。ですが私はそう考えています」


 家庭教師は時折お茶を飲みながら話してくれた。

 アリエルの家での授業中は飲んでいなかったが、今はリラックスした様子だ。

 専門家にとりとめなく質問できるのは楽しい。

 アリエルはパラパラと絵のある資料を探した。


「これは?」

 魔族には見えない、人の肖像があった。若めの大人が三人並んでいる。

「そちらは先程言った冒険家のメンバーです」

 アッシュが手元を覗きこんできた。

 彼の髪がアリエルの耳をくすぐる。さらふわ。

 一瞬、アッシュが震えた気がした。


「魔族が来たらどう倒すんですか。魔物みたいに簡単に倒せないんですよね」

「魔物も並の兵士には大変な相手なのですが……。ミスティアにおいては、倒せなくとも幾日か経つと自然と魔族が去ったそうです。王のご威光と云われています」

「ぃッ……」

 アッシュが大きく震えた。

 王様、怖い……とくぐもった声が聞こえる。

 まだミスティア王が苦手なようだ。


「他の国はどうやって対抗したのですか」

「それは……」

 家庭教師は少し言葉に詰まってから、教えてくれた。

「神聖時代は神聖術師が数百人集まって対処したようです。神聖時代が終わり、世界同盟が協力してあたるという約定を交わしましたが、その後魔族の襲撃がなかったので、現在まで遂行されたことはありません」


「神聖時代の前。混沌時代はどうしていたのですか」

「……儀式魔法という魔法を超越した魔法があります。それによって撃退しました」

「魔法!」

「すごい魔法なんですね。魔法学園で教えてもらえるかな」

 アッシュとアリエルははしゃぐ。

「いえ。儀式魔法は神聖術が台頭してからほとんどが失われました。特に魔族に対抗できるような高度なものはもうありません」

「そっか。習えないんですね。残念……」

 習得してアッシュに格好いいところ見せたかった。

(……内緒だけど、国王陛下より僕の方がすごいってなれば、アッシュが怯えることもなくなるかもしれないし)

 だが不遜な計画は叶わないらしい。


「失われた……」

 アッシュが呟く。

「魔族を退けられる魔法だったのに、残しておくだけでもしなかったんですか? 神聖術師は今は数百人もいないですよね。世界同盟がすごい武力だとしても、集まるのに時間がかかりそうだし」

 たしかにそうだ。

 どうして儀式魔法は失われたのだろう。


「……儀式魔法は神聖帝国が掃討したのです」

 神聖帝国の版図は一時、周辺国全てを飲み込もうとしていた。

「それは……神聖帝国の侵略の邪魔だったからですか」


 家庭教師は溜息をついた。

「こんな話、子供には……」

 眼鏡のブリッジを押さえ顔を逸らす。

「いや。もうすぐ中学か……」

 そう呟いて、アリエル達に向き直った。


「侵略の障害になるという理由もあったでしょう。ですがそれ以外にも儀式魔法を忌避する理由がありました」

 忌避する理由……。

「儀式魔法は魔法使いではなく【場】に魔法や魔力を保持させることができます。魔法を使う者以外の魔力も集められる。だから魔法使いの力を超えた複雑な魔法や膨大な魔力を扱えるのです」

 【魔法】の保持は、付与魔法の大型版と考えればイメージできる。

 【魔力】の保持というのは、アリエルの知識では分からない。

 後で考えることにして、今は家庭教師の話に耳を傾ける。

「本来ならばその魔力は魔法使い何人もが何年もかけて溜めるものでした。しかし短時間で魔力を得ようとして、多くの魔法使いや魔力持ちを死に至らしめました」

「死……。そんな犠牲を払ってまで魔族と戦わないといけないんですね」

「……いえ。言った通り、魔族の襲撃は少ない。魔族討伐のための儀式魔法は国軍が所有し、時間を掛けて魔力を溜めていた」

「では短時間というのは」

「人間同士の争い、個人の願望のために使われました。特に有用だったのは、本人の意思に関わらず人を操る魔法でした。能力の高い者、影響力のある者一人を操り、魔力は無名の魔法使いや魔力持ちから奪った」

「人を操る魔法……」


「隷属魔法といいます。そして操られた者は奴隷と呼ばれた」

「――――」

 アリエルとアッシュは息を飲んだ。


「初代神聖皇帝はそういった不遇な目にあった魔法使いに縁があったそうです。神聖帝国は魔法を憎んでいた節があります」


「神聖帝国はご存知の通り百年で瓦解した。だが儀式魔法は復活しなかった。儀式魔法の【場】は古代に造られたもので、現代では再現不可能な高等技術だそうです」


 家庭教師の話は終わった。

 二人はショックを受けて口が聞けなかった。

(奴隷……。アッシュに掛けられたのは隷属魔法? じゃあその魔法を発動するために、誰かを犠牲にしたの……?)

 悪しき因縁があるかもしれない魔法を掛けられた。

 それだけじゃない。再現不可能というのならば、手掛かりを得るのは困難になるだろう。

 以前、あの痣に解析魔法を掛けて弾き飛ばされたことを思い出す。

(失われた高度な魔法。僕に解けるのかな)


「え、あ、あの。もう無くなった魔法ですから」

 暗い話をしてしまったと、家庭教師は二人の陰鬱な様子に焦る。


「おーい」

 その時外から声が掛かった。

「希少書庫の鍵持ってない?」

 男が顔を出した。

「先輩! いいところに。楽しい話! この子達に楽しい話してください!」

「何で子供が。あー、魔法学園にいくっていう教え子か。しょっちゅう自慢していた」

「ちょっとっ、黙ってくださいよ!」

「お前、話せって言ったり黙れって言ったり」




 先輩とやらから家庭教師の新人時代の失敗談を聞いた。

 家庭教師は歯ぎしりして我慢していたが、アリエルとアッシュが笑うことはなかった。

 長居してしまったので、もう一度お礼を言って帰ることにする。


 家庭教師は歩いて数分の船着き場まで送ってくれた。

 乗り合い船に乗りこむ二人。

 アッシュの隣に座ったアリエルは、

「ごめんね」

 とアッシュだけに聞こえる声で言った。


 船が出発する。

 暗い表情で揺られる二人を見て、岸に立つ家庭教師はぐっと腹に力を入れる。

「アリエル君! アッシュ君!」

 離れていく船に向かって声を掛けた。

 彼の大声は初めて聞いた。

 アリエルとアッシュは顔を上げて彼を見る。

「何かを学んでいれば、知りたくないことを知ることもあります。それでも……学ぶことは楽しいぞ!」

 水路の風にかすれる声。

 それでも二人の耳には確かに届いた。


「はい! メイナード先生!」

 大きく手を振って別れた。

 その手を下ろした時、アッシュの手に握られた。


「アリエル様、あのね」

 アッシュの目がまっすぐアリエルを見る。

 その目にはもう暗さはない。

「罪滅ぼしじゃなくて、一緒に笑うために頑張りたい」

「……アッシュ」

「いいことも悪いこともある。でもきっと」

 アッシュは微笑んだ。

「アリエル様となら楽しい!」

「っ……! うん!」

 船は進む。


 怖いことはある。

 まだ分からないことも。

 けれど――。


「アッシュと頑張る!」

 アリエルもまた微笑み返した。

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