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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【幼少期】霧の国の二人の家
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1-7 留学

「リリアンク魔法学園」

 授業の後、二人はセーネに誘われてティータイムを楽しんでいた。

 秋も深まってきたので、テラスではなく室内だ。

「そう。知っているでしょう。ミスティアから南。魔法の国と呼ばれるリリアンクの、中心となる学校よ。この『初級魔法教本』の発行元。それと貴方のお祖父様が、魔法研究者の最高位【マスター】として在籍しているわ」

「はい」

「そこへ留学してはどうかしら」

 美味しそうにケーキを食べていたアッシュの手が止まった。


「もう初等学校の卒業資格はあるのでしょう?」

「はい。僕もアッシュも」

「…………」

 初等学校は通常五年で卒業だ。

 七歳になる年に入学したなら十一歳で卒業となる。

 だが優秀なアリエル達は、一年早い十歳で卒業資格を得た。


「アリエルはもっと良い環境で学ぶべきだわ。『初級魔法教本』の二十七もある魔法を全て覚えてしまったのですもの」

 たしかに。今は練度を上げる修行をしているが、知らない魔法も教わりたい。

「それとアッシュも。魔法学園ならもっと良い修行方法があるのではないかしら」

「! 僕も行けるんですか?」

「さあ……。それはハース様やメラニーと相談になるでしょうね。でもアリエルが言うには才能があるのでしょう」

「あります! アッシュは天才です」

 両親と相談か。

 学びに関してならアリエルの希望は通ってきた。

 アッシュが同じ教育を受けることにも、両親は寛容だ。

 きっと今回も通るだろう。


「アッシュ、行きたい?」

「行きたい!」

「じゃあ頼んでみよう」

「うん」

「私はリリアンクに行ったことはないの。詳しいことは官庁街の西にある魔法研究所で聞いてね」

 セーネは研究所宛てに紹介状を書いてくれた。

「どちらにしろ、ご両親の言うことをよく聞くのよ」

 セーネは優しく微笑む。

「あんなに素敵なご夫婦なのだから」




 魔法研究所の受付で紹介状を渡す。

「二十七!?」

 待っている間なんだか辺りがざわざわしていたが、無事に話を聞くことができた。



 家に帰り、もらった案内冊子をめくる。

「すごいっ。本で読んだことある魔法使いが、いっぱい先生してる」

「中等部は一学年で百人以上の魔法使いがいるって」

「楽しそうだね」

「ね」

 両親に出すメッセージの内容をまとめながら、学校生活に思いをはせる。


「向こうで暮らしたら、毎日自分達でご飯作るのかなあ」

「どうだろう。寮に入れば食事が出るのかも」

 アッシュの家事の腕は中々だ。料理だけでなく、掃除や洗濯も上手くなっている。

 実は綺麗好きで凝り性なのだ。

 泥んこになる遊びは厭わないが、帰ったら泥のついた服も廊下も綺麗にするいい子である。

 逆にアリエルは家事は少し苦手だ。

 このままではアッシュの足を引っ張ってしまう。



「今日の夕食は僕が作るよ!」

 使用人を帰して、使う予定だったであろう食材と向き合う。

「手伝う?」

「平気!」

 トマトに包丁の刃を入れ、ゴズッとまな板を叩いた。



 二時間後。

「…………」

 平焼きのパンのようなものができた。

 小麦粉は使っていない。

 両面を焼くためにひっくり返した時にできた裂け目が、顔のように見える。

 嘲笑うような顔に……。


「アリエル様。できたー?」

 キッチンの外からアッシュの声が掛かる。

「わあ! まだ! もうちょっと待って!」

「でももういつもの夕食の時間だよ。本当に手伝わなくて平気?」

 お腹が空いているだろうに、心配してくれている。可愛い。

 でもこの料理を見せるのは恥ずかしい。

「平気! もうちょっとだから! 悪人顔なのを可愛くデコレーションしようかとっ」

「……ご飯作ってるんだよね?」

「そうだよ」

「気になる」

 キッチンの入口にアッシュの影が差す。

(見られる――)


「近寄らないで! お願い!」

「――!」


 二人は沈黙する。

 手汗をかいてしまったのか、右手が熱い。


「アッシュ……?」

 アッシュの気配が離れていく。

 キッチンを後にしたようだ。

 どこかでパタン……と扉が閉まる音がした。






「アッシュー。できたよー」

 独特の雰囲気の皿だ。見せたくない。

 だがこれ以上アッシュがお腹を空かせてしまうのは可哀想だ。


「どこー」

 家中を探し回るが、アッシュがいない。

 しばらく探してもいないので、今度はアパートメントの共有部分を探す。

 今夜は綺麗に晴れているから、星でも見ているだろうか。

 そう思ってテラスに出るが、いない。

「……っ。寒い」

 まだ秋とはいえ、夜の空気は冬が侵食していた。


 アッシュが門の外に出ていったと、警備員が教えてくれた。




「アッシュー!」

 夜の住宅街を早足で進む。

 暗くなってから外を歩くのは初めてだ。

 人通りはほとんどない。


「霧が出てきた」

 見通しが悪くなっていく。

「魔物が出たらどうしよう……」

 アッシュは足が速いけど、攻撃や防御の手段はない。

 何か魔法道具を持たせておけばよかった。

 涙が込み上げてくる。

「だめっ……。探さないと」

 後悔は後だ。まずはアッシュの安全が大事。

 涙を拭くが、視界は無慈悲に霧に包まれていく。


「――そうだ。感知魔法」

 辺りの魔物を調べて、端から倒してしまえば、とりあえず最大の危機は阻止できる。


「《異形感知》」

 魔法を唱え、感覚を広げる。

 激しい魔力の変化がある魔物……交戦中の魔物はいない。

(距離が近い魔物から……。あ)

 この方法でアッシュを探せないだろうか。


 アリエルが知っている感知魔法は『初級魔法教本』に載っていた、魔物を探す魔法だ。

 でも魔力持ちも感知できる気がする。

 本には魔物のことしか書いていなかったけど、アリエルの感覚ではそう思う。

 アッシュのことはずっと見続けてきた。

(見つける!)




 深い霧が漂う水路。

 水辺に降りる階段に、明るい髪色の少年が座っていた。

 寒さから身を守るように、膝を抱えて顔を伏せている。


「アッシュ!」

「――……!」

 アリエルに気づいたアッシュは、立ちあがって走り去ろうとする。

「アッシュ! 待って!」

 アリエルが叫ぶと、その足は止まった。


 追いついたアリエルは、アッシュの手を掴みながら荒い息を整える。

「冷たい」

 自分の外套を脱いでアッシュの肩に掛けた。

 アッシュの目には涙が滲んでいた。

 ハンカチで優しくそれを拭く。


「どうしてこんな場所に来たの?」

 アリエルが訊くと、アッシュは唇を震わせた。

「体が勝手に、動いたの」

「え……?」

「家に戻ろうとしても、門を通れないの」

 アッシュは自分の鎖骨の辺りに手を置く。

「たまにここが熱くなる……。それで、体が自分のものじゃないみたいに、動く。逆らえない」

「逆らえないって、何に……」

「アリエル様の……ちっ、近寄らないで……っていう言葉」

 アッシュの目から、また涙が零れた。


『――近寄らないで! お願い!』


 料理中に放った言葉。

 アリエルの思考は混乱した。

 疑問ばかりが浮かんでくる。

「熱くなるって……。そこは、おじい様がつけた魔法……?」

 アッシュは頷く。

「――奴隷になる魔法……」

 ぼんやりと思い出す。

 そうだ。

 そのようなことを言っていた。

「奴隷って、いつも側にいてくれる人のことでしょ。どうして離れるの」

「この魔法は……アリエル様の言うことを必ず聞く魔法、だと思う」



『――坊っちゃん。奴隷ではなく使用人と言ってください』


 ずっと昔に家庭教師に言われたことがある。


『口にしちゃいけないみたいだから、二人だけの秘密ね』


 大して考えもせず口止めした。



「アリエル様」

 アッシュが目を瞠る。

 アリエルの目にも涙が溢れていた。


 アッシュ。

 いつも一緒にいてくれる大好きな子。

 アッシュのこと……守っているつもりだったのに――。

 こんな寒空の下に追いやった。

 アッシュを泣かせてしまった。


「アリエル様! 泣かないでっ……。アリエル様は悪くない!」

 アッシュはアリエルの手を掴む。

「僕、本当は知ってた。アリエル様が奴隷のこと忘れていることも。アリエル様の言葉で体が勝手に動くことがあるのも……知ってた……」

「え……」

「アリエル様と会ったばかりの頃は、どうせどうにもならないと思った。奴隷と言われても放っておいた。でも……アリエル様を好きになって、奴隷って悪い人なのかと思って。悪い人がアリエル様の側にいちゃいけないのかと思った……。ごめんなさい……」

 アッシュはまた泣き出してしまう。


 肩から落ちてくる外套を、アリエルはもう一度着せた。

「……アッシュはいい子だよ」

 涙でいっぱいの顔を、胸に引き寄せた。

「いい子。世界一いい子。僕の天使」

 湿っていく胸元がとても温かかった。




 夜の霧の中、二人は家路を歩く。

 火の魔法をゆっくりと飛ばして、灯りと暖を取る。


「アッシュ。魔法研究所の人に助けてもらおう」

「それじゃあ奴隷の魔法のこと知られちゃう。アリエル様が悪く言われる」

「僕はいいよ。おじい様は……張本人だし、捕まえてもらって色々聞きださなきゃ。僕達のことよりアッシュが心配」

「だめ。奴隷ってばれたら離れ離れにされるかもしれない」

「……っ」

 たしかに。アリエルの声が届かない場所にいれば、アッシュが魔法に支配されることはない。

「僕は平気。この奴隷の魔法、軽く言われただけじゃ今まで魔法は反応しなかったから」

「このままにする気……?」

「……それじゃあアリエル様は嫌なんでしょう。だから魔法学園に行って、二人だけで調べよう」

 アッシュは折衷案を提案した。

「魔法学園ならおじい様もいるし。色んな本や研究が見られる。そこならアリエル様、きっと魔法を解けるよ」

「……うん」

 思いつくままに魔法を習得してきたアリエル。

「必ず解くよ」

 初めて絶対に成し遂げなければいけないことができた。



 家について入浴を済ませると、体の緊張が解れた気がする。

「何かしてほしいことある?」

 たくさん泣いたアッシュを、楽しいことで癒したい。

「……アリエル様の手作りご飯食べたい」

「――っ。……分かった」


 アリエルは覚悟を決めて皿を出す。

「面白い顔。可愛い」

「うー」

 口に入れると味が薄い。

 トッピングの味だけで、パン?から味がしない。

「どうして丸まったのかなーと思ったけど、塩と間違えてゼラチンを入れちゃったみたい」

「なるほど。どっちも白っぽいからね。しかたないよ」

 なんだかジュルンとした食感だったが、アッシュはほわんとした笑顔で食べていた。



 灯りを消して、いつものように一つのベッドに横になった。

 なんとなく気持ちがふわふわしていて眠れない。

 隣を向くと、アッシュはすでに穏やかに寝入っていた。


 先程のアッシュの言葉が、脳裏に浮かぶ。

『奴隷と言われても放っておいた。でも……アリエル様を好きになって……』


(好き……)

 むずむずしたアリエルは、もう少し深く布団に潜った。

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