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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【幼少期】霧の国の二人の家
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1-6 呪印

 何度目かの夏。

 涼やかなミスティアの空気も、じんわりと熱がこもる。

「アイス食べたいー……」

「美味しかったよねー……」

 数年前に連れていってもらったレストランのアイスクリームの味を今でも思い出す。

 開け放った窓の側で、氷の入ったコップに水差しを傾けてうだうだする二人。

 アリエルの魔法で氷は作れるようになった。

 料理の修行も続いていて、特にアッシュは基本的な料理は大体作れるようになった。

 だがアイスクリームまでにはいたらない。



 空を見上げながら、

(上空なら涼しいかなあ)

 と考える。

「そうだ」

 アリエルは閃いた。

「アッシュ、泳いだことある? 川に行こう!」

 以前、浮遊魔法で見た王都を貫き流れる大河を思い出したのだ。


 アッシュと暮らす前、アリエルはセネクに修行の一環で連れていってもらった。

 セーネに子ができてからは、その護衛であるセネクは気軽に遠出できなくなったため行っていない。

 二人はもう九歳だ。

 大人の付き添いがなくても、郊外の川辺に行ける。



 クローゼットに向かい、水着にするための古着を選ぶ。

「下だけ履けばいいよ」

「下だけ……」

 姿見の前でアッシュは呟く。

「これ、人に見せない方がいいんじゃないの?」

 アッシュがシャツのボタンを開いて胸元を見せた。

 そこにはコインくらいの大きさの痣のようなものがある。

 痣は焦げ茶色で、アッシュの肌の色が薄い茶なのでそれほど目立たない。

 毎日一緒にお風呂に入っているアリエルには見慣れたものだ。

 セーネ、セネクとの修行中に汗をかいて着替えることはあるが、気づかれたことはない。


「…………? 可愛い痣だと思うけど」

 どうして人に見せない方がいいのだろう。

 気にするほどのものではないと思うけど、アッシュは気にしているのだろうか。

「川は広いから、誰かが近くにくることはないよ」

「そっか。……でも友達は誘えないよ」

「アッシュがいればいいよ」

「……えへへ」



「アッシュっ! お魚いるよー」

「見るーっ」

 陽光にきらきらと光る川。ひんやりと気持ちいい流れ。

 ――世界一可愛いアッシュの笑顔。

 飛沫と声をあげて、アリエル達は川遊びを楽しんだ。



 帰りは城壁をくぐった後、疲れたので家の近くまで水路を行く乗り合い船に乗る。

 二人で寄りかかり合い、うとうとした。

(……あ。思い出した。おじい様が魔法で付けたんだった。なんだろう、あの痣)

 アリエルは考え込む。

(アッシュが気にしているなら……胸の痣……魔法でどうにか……)

 そのうち、くうっと寝込んでしまった。

 降りる時、アリエルの寝起きの悪さが出て大変だった。




 その日からアリエルは幻影魔法の研究に勤しんだ。

 隠蔽に関する魔法は、子供が手に入れられる魔法の書には載っていない。

 物置きを隅々まで調べて、ハニアスタが置いていったと思われる魔法の書に、ようやく少し載っていた。

 だが魔法分類学の本だったので、唱え方の指南は載っていない。

 魔法の紹介文や、他の魔法とこう違う、という記載を頼りにイメージしていく。

 断崖絶壁を見上げるようなステップの高さだったが、

「アッシュのためにっ……!」

 目に気合いの炎を宿したアリエルは、見事、幻影魔法を覚えた。

 といっても、小さな範囲の色を変える程度の魔法ではあるが。


「アリエル様すごーいっ」

「えへへ」

「これで来年は友達誘えるね」

「……そうだね」

 口ごもるアリエル。

「二人っきりでも行こうね」

「! 行く!」

 アッシュが約束してくれて、一瞬でご機嫌になった。






 それからもアリエルは、魔法の授業以外でも魔法を覚えていった。


 アリエルが教本片手に学ぶのを、セーネは見守るだけだ。

「貴方の両親はいつまで貴方を私に預ける気かしら」

 とたまに零す。

「もっと良い師を探せばいいのに。アリエルなら国王陛下に推薦状を頼んでも恥ずかしくないくらいよ」

 アッシュは国王という言葉が聞こえてビクッとしていた。


(もう一年くらい会っていないかな)


 そう思っていたら、両親が帰ってきた。

「お客様がいらしたから外で遊んでいなさい」

 客は二人。フォーマルよりの服装をしていて、貴族というより役人っぽい印象。

 見たところ魔力持ちで、多分魔法使いだ。

 すれ違いざまに挨拶して、アッシュとさっさと外に出た。



 夕方になって帰ると、家にあった魔法道具がごっそりと無くなっていた。

 発熱や防御結界などの生活に必要な魔法道具は残っているが、魔法道具屋では売っていないような珍しいものが無くなっている。

 リリアンク国から魔法学園の遣いがきて、ハニアスタの研究物と思わしきものを回収してしまったそうだ。


 アッシュのお気に入りのボードゲームも無くなってしまった。

「僕が相手するからね」

「……うん」

 慰めても落ち込んだままだ。

「淋しいね」

 あの魔法道具は駒が動く時、駒の種類ごとにちょっと特徴的な動きをするので、なんだか愛着が湧いていたのだ。

 アッシュは悲しげな表情で、くまのメイプルを抱きしめている。




「アッシュのためにっ!」

 数か月後、アリエルは解析魔法と付与魔法を習得した。


「わああぁ! かわいいっ。かっこいい!」

 新たに作ったボードゲームに、アッシュは感動してくれた。

 ハニアスタのものより動きがぎくしゃくしていたし、単純なゲームしか作れなかったが、アッシュの感想を聞きながら直しているうちに多少改善された。


「アリエル様の魔法を、僕の魔力で動かしてる……」

「うん。難しかったけどちゃんと動いてよかった」

「アリエル様、かっこいい」

「ありがとう。これからもっと改良するよ! アッシュも魔力の純度を上げられるようになってすごいね」

 アッシュは嬉しそうに照れた。



 目的の魔素だけを集めて魔力を作る修行が、ようやく実った。

 まだ水の魔素だけではあるが、その純度はアリエルが生成するよりも高いくらいだ。


 ただ、魔法はまだ一つも発動できていない。

(動の魔素でも純度を上げられるようになったらできるのかなあ)

 じっとアッシュを見る。

 ほくほく顔で駒を動かしている。可愛い。


(そうだ。解析魔法ができるようになったんだから、何か調べられないかな)

 複雑な魔法道具を作るには、付与魔法の他に解析魔法が必要だった。

 だから覚えたのだ。


 解析魔法を試すなら、固定化している付与魔法が調べやすい。

 だが、発動してすぐ消えてしまう他の魔法も調べることはできる。

 特訓して短時間で解析できるようになればいいのだ。

 アッシュの魔法を解析して、発動しない原因を突きとめられないだろうか。


「ねえアッシュ。魔法使ってみて。解析魔法で改善点を探そうと思うの!」

「分かった! お願いっ」

 アッシュの魔力が動き出す。

 アリエルはアッシュに向かって解析魔法を使った。

「あれ、解析できない……。そっか。付与魔法以外の魔法って発動しないと解析できないのかな」

 アッシュに魔法を止めてもらう。

 今度セーネに手伝ってもらって確認しよう。



「そういえば、アッシュの胸の痣見ていい?」

「うん」

 アッシュはシャツの前を開いた。

「おじい様が魔法でつけたんだよね。どういう魔法なんだろう……」

 アリエルは解析を試みた。

 その瞬間――バチンッと弾かれて、アリエルは壁まで吹っ飛ばされた。

「アリエル様!?」

「だ、大丈夫……っ」

 びっくりしたし、打ちつけた体は痛いが、問題はない。

 ちょっと心臓がバクバクいっているけど。

「魔法干渉に対する抵抗の魔法が掛けられているみたい。僕の魔法じゃあ、まだ解析できなそう。もっと準備して……」

「もうしちゃダメ!」

 アッシュはアリエルに抱きついて泣きだした。

「危ないことしないで……ッ」

「えっと」

「やめて!」

「うん……」

 取り乱したアッシュの背を撫でる。

 撫でているうちに、自分の鼓動も落ちついてきた。

(この痣は何? おじい様、一体何を……)


「ねえ、アッシュ。この痣のこと何か覚えてる?」

 干渉抵抗が施されるような秘匿性の高い魔法。

 そんな魔法がアッシュに掛けられているなんて心配だ。

「……おじい様が付けた」

「他には?」

「…………」

「アッシュもそれしか覚えていないか。何なんだろうね」

「…………」



 アリエルの家の通信魔法道具はリリアンクに繋がっていないので、ハニアスタに連絡を取りたいと手紙を出した。

 返事が来ないまま季節は巡る。


 そして十歳の秋。

 二人が出会って五年が経った。






「アッシュ覚悟ー!」

「ふふ、当たんないよ!」

 セーネの屋敷の庭で、二人は動き回っていた。

 アリエルが放つペイント弾を、アッシュがその高い身体能力で華麗に避けていく。


「ああっ。全弾撃っちゃった」

 手首に付けた魔法道具のバングル。そのカウントがゼロになって点滅している。

「当たったの、二個?」

 アッシュはぐるっと回って、離れた場所から見ているセーネとセネクにペイントを確認してもらう。

「二個だな」

「よーし!」

「うう。三個は当てたかった……」

 アリエルは消沈しながら、アッシュの服の魔法のペイントを消す。


「交代! 当たんなければまだ勝てるんだから!」

「僕だって負けないよ!」

 アッシュは腰に差していた杖を構える。

 この杖はアリエルが作った魔法道具で、同じようにペイント弾を放てる。


「アッシュ、後ろ向いて。五数えたら開始ね」

「分かった」

 アッシュは銀髪を結んだ可愛い後頭部を向けて、いーち、にーいと数える。


「ごおっ」

 そしてくるんと振り向いた。

「わあっ! アリエル様が増えてる!」

 アリエルが三人、腰に手を当てて胸を張っている。幻影魔法だ。

「どれが本物か見分けられるかな」

 いざ開始だ。

 一体は浮遊魔法で空を飛び、一体は敏捷の魔法で地を駆ける。

「全部に当ててしまえば!」

 アッシュが止まっている一体に弾を撃つ。

 だがその前に土魔法の壁が阻む。



「すごいことするわねえ」

「一人の魔法使いがこんなに使いこなせるものなのか……」

 セーネとセネクは呆気にとられている。



「よおし! 一人!」

 弾を当てられて、幻影が一体消えてしまった。

 しかし弾を消費させることはできた。


 アッシュは続けて他の一体を追いかける。

 と思ったら、

「これは幻影!」

 数秒アリエルの後ろを走った後、それが幻影だとすぐに見破ってしまった。

 アッシュは近づきさえすれば、魔素や魔力の種類を見極めることができるようになっていた。

 あの幻影の周りに、幻影魔法の魔力が溢れていることに気づいたのだろう。


 アリエルは幻影を操作するのを諦めた。

 魔力の繋がりを切ると、幻影はゆっくりと消えていく。

(浮遊魔法に集中だ)

 常時発動の盾は今回禁止なので、タイミング良く盾になる魔法を使うか、動いて避けないといけない。


 弾が飛んできた。アリエルは盾魔法を使う。

「!」

 しかし弾は二つに割れて、盾を避けて両側からアリエルを襲った。

「ぐぅっ」

 一発当たってしまった。


(盾が読まれてた)

 あの杖から撃つ弾は、追尾機能や弾道操作機能が備わっている。

 魔法使いのアリエルならば弾と魔力で繋がっていれば発動後にも操作できる。

 しかしあの魔法道具が放つ弾は、発動前に弾道を決めなければいけない。

 弾道の操作。

 それはこの広い空間にどう動かすか、魔法道具の手元の狭い読み込みフィールドに、繊細な魔力で描く必要がある。

 相当な魔力操作の腕が必要だ。

 より簡単にできるよう、たくさんのパターンをスイッチして使うタイプもアリエルは作ってみたが、アッシュはこの自由記述のタイプの方が気にいっていた。


「弾が割れた? ……そっか。一度に二発撃つ機能……作った。作ったけど、使えるものなの!?」

 一発調整するのも難しいはず。

 しかも的は動いているのに。

 どれだけ素早く繊細な魔力操作能力なのだろう。


「二発じゃないよ!」

「えっ」

 アッシュが弾を放った。今度は五発だ。

「くううっ!」

 タイミングや方向をずらした弾が降りそそぐ。

 アリエルは次々と盾を作り出した。

「やったっ」

 全弾防いだ。

「!?」

 盾魔法に付着したペイント。

 魔法が消えていくまで視界が塞がって、気づくのが遅れた。

 アッシュが追加で弾を撃ったことに。

 その弾は目前に迫っていた。

「うわああ!」

 アリエルは避けられない。

 全弾当たる――。


「――っ。……あれ」

 当たったのは一発だけだった。

「うー。三発目になる予定だったのに。第一波、全弾防がれるなんて」

「弾切れ……?」

「うん。二発で同点だよー」

 アリエルはへなーっと着地した。




 観戦していたセーネとセネクは満足そうに息をつく。

「ふふ。アリエルの魔法は自在ね」

「ああ。それを躱すアッシュの身体能力も目を瞠る」

「そうね。でもアリエルは特別だわ。幻影魔法も付与魔法も高難度の魔法だもの」

「アッシュの方が戦略があった」

 教え子の出来で張り合いだす大人達。


「あら。そもそもアリエルは盾魔法を制限して……」

「アリエル様すごーい!」

「!」


「幻影魔法! アリエル様そっくりな子が、アリエル様の足の速さで動いてた!」

「アッシュもあんなに早く見分けるなんてすごい!」

 仲良く称え合う子供達。


「セーネさーん。セネクさーん。どうだったー?」

 呼ばれたセーネとセネクは気まずげな視線を交わした後、表情を取り繕った。

「二人とも成長していてびっくりしたわ」

「二人ともやるな」

「えへへ。やったー」

 アリエルもアッシュもたくさん褒めてもらった。

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