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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【幼少期】霧の国の二人の家
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1-4 アリエル

 本格的な冬になった。

 陽が昇るのが遅く、朝霧が中々晴れない。


「アリエル様、お外見よう」

「うん、見よう」

 アッシュの定番の遊びに誘ってもらえた。

「今日も霧が濃いね」

「ねー」


「んん。アリエル様、あれなあに?」

 アッシュが指し示す方向を見た。


 霧の中に、大きな影がある。

 宙に浮かんでいるのか、それは二階であるこの部屋と同じ高さにある。

 だんだん近づいて大きくなった。


「は……わ……」

 連なる窓を覆いつくす巨大な光る鱗の体。

 二人の身長ほどもあろうかという目が、ギョロリと二人の姿をとらえた。


「わあ、聖魚様だ」

「ひゃうぅ……」

 部屋に浸透してくる聖魚の魔力。

 アッシュはアリエルの腕にしがみついて震えている。

 ぞわぞわと鳥肌さえ立てている。

「ま、まもの……」

「違うよ。聖獣様だよ。歴史や神学の授業では……、習っていないっけ?」

 アリエルはすごく昔に家庭教師に教えられたが、昔すぎてアッシュには教えていないかも。

「この街を護ってくれる神様なんだよ。僕、そうかなっていう影しか見たことなかったから、会ったの初めて!」

 聖魚は横顔を見せながら、大きな目でじーっと二人を見つめている。

「きっと可愛い子がいるから覗きにきたんだね」

 アリエルはでれっと頬を緩めた。

 アッシュの可愛さは聖魚様も虜にしたに違いない。

「――!」

 アッシュが声にならない声をあげて涙目になる。

「わあっ、ごめん!」

 怯えているアッシュに向かって、アッシュが目当てだなんて言ってしまった。


 だがアッシュはアリエルの前に飛び出した。

 キッと聖魚を睨んで、その目に水色を映す。

「アリエル様に近づくなあッ!!」

「え?」

 アリエルを背にかばって、アッシュは聖魚と対峙する。

(なんで……あ)


『可愛い子がいるから覗きにきたんだね』


(もしかして、可愛い子って僕のことだと思って……?)

 きゅんっと愛しさが爆発する。

「可愛いのはアッシュだよぉ!」

「うわあ!」

 アリエルはアッシュに抱きついて、思う存分に頬擦りした。


 気がついたら聖魚はいなくなっていた。




 満足した後はちゃんと、聖魚、そして聖獣について教える。


 はるか昔。

 人間は魔物から逃げ隠れして生活していた。

 そんな危険な世界において、魔物が避けて通る存在。

 それが聖獣だった。

 聖獣の棲み処の周りには、人が集まり村を造った。

 それはやがて都市になり国家となった。


「だから古い街には聖獣様がいるんだよ」

 とはいえ、アリエルは王都から離れたことはない。

 他の街のことは聞いただけの話だ。

「魔物は魔素から生まれる。攻撃的でなければ魔物ではなく精霊と呼ばれる。これは習ったよね」

「うん」

「精霊の中でも大きな力を持つのが聖獣様。だから聖獣様は攻撃してこないよ」

「でも、でも魔物には攻撃するんじゃないの?」

「ううん。魔物にも滅多に攻撃しないみたいだよ。聖魚様、この街で段違いに濃い種類の魔素を纏っていたから、魔物も睨まれたくなくて避けるているんじゃないかな。聖魚様はいるだけで周りを安全にしてくれるんだよ」

 アッシュの眉間はまだ険しかったが、渋々納得してくれた。

(アッシュって結構怖がりだな)

 アリエル一押しの絵本『霧の精の物語』を読むのはまだ早いかもしれない。






 寒い冬は備え付けの暖炉の中に発熱の魔法道具を置いて、その近くでぬくぬくと過ごす。

 今日の遊びはお絵描きだ。


「アリエル様、見て」

「わあっ、可愛い」

 アッシュが紙を立てて絵を見せてくれる。

 書かれていたのは、茶色い肌の子。髪は灰色を、目は紫色を薄く塗っている。

 アッシュ自身の姿だろう。

 この家に来て初めて触ったという色固筆を、見事に使いこなしている。


「あるところに、アッシュという男の子がいました」

 アッシュが語りだした。

(紙芝居! アッシュが主人公の)

 アリエルはわくわくと続きを待つ。


「そこへ天使アリエル様が現れましたっ!」

「!?」

 二枚目には、背に羽を生やした焦げ茶色の髪の子が描かれていた。

 周りにはきらきらと色とりどりの星や花が散っている。

 一枚目より格段に豪華だ。

(天使……? 僕こんなにきらきらしていないけど……)

 戸惑っているうちに、また紙がめくられて三枚目へ。


「アッシュとアリエル様は仲良くなって、ずっと一緒に暮らしました」

「!」

 描かれていたのは、手を繋いだ笑顔の二人だった。


 話を終えたアッシュは、ほんのり得意げな顔をしている。

「すごーい! 面白ーい!」

 アリエルは満面の笑みで拍手した。

 こんなにも心震わせる物語を描けるなんて、アッシュは希代の芸術家になるかもしれない。

(アッシュ、僕と仲良くなって、ずっと一緒に暮らしたいんだあ)

 緩んだ頬がぽかぽかする。

「仲良しだね」

「うん」

 絵に描かれた二人を眺めながら、アッシュとぴったり寄り添った。






「魔法……できない」

 夜、風呂を終えて髪を拭いていると、アッシュが拗ねたように言った。

「魔力生成や魔力操作は上手だよ!」

「それ分かんない」

「……そっか」

 魔法使いは珍しいから、比べる相手といえばアリエルとセーネしかいない。

 自分の力が分からなくても仕方ない。

 街を歩いていれば魔力持ちは見掛ける。

 けれど魔法を使っている時といない時では、魔力の扱い方や量が変わってくるので、比べられないのだろう。


(何か達成感がほしいよね。魔法の授業も楽しく過ごせたらいいな)

 どうにかできないだろうか。


(魔法なしで魔力を利用する方法……)

 魔法道具は魔法が使えなくとも魔力を流すことができれば使える。

 だが魔力量が少なくてすむものしか家にはないので、アッシュの魔力量の恩恵にはあずかれない。


「とっても魔力を使う魔法道具でも買いにいこうかな。そういえばアッシュの魔力量の限界ってどのくらいなんだろう」

 それによってどの魔法道具を選ぶかが変わってくる。

「さあ……」

「測ってみようか」


 二人はソファに乗りあげて、向かい合って座る。

「魔法使おうとしてみて」

「うん」

 アッシュが集中すると、吹き出た魔力が部屋を覆い尽くす。

「アッシュは体の外側でも魔力を作れて珍しいね」

「珍しい?」

「うん。僕もセーネさんもおじい様も体の内側……魔力回路ってところでしか作れないけど、アッシュは魔法を使うとき、内側の他に外側でも魔力を作っているよ」

「何が違うの?」

「すごいパワーを使えそうなの。魔力回路の許容量よりいっぱいの魔力を使えるから」

「パワー!」

「そう!」

「むむむむ」

「あ、そんなに力入れちゃだめ。急に魔力が増えると、僕が止められなくなるから危ないよ」

「むうぅ……」

「そう。いい感じ」

 アリエルの指示にうまく従っている。

(すごい。お話ししていても魔力回路の流れが安定している)

 魔法習得前に、これだけの魔力操作ができるなんて天才だ。


 部屋の魔力がじわじわと濃くなっていく。

(そろそろ限界にならないのかな。僕ならとっくになんだけど)

 本来これほどの魔力を生成すれば、体内の魔力回路がヒートして体が重くなったり不調をきたす。

 だがアッシュはこれだけ魔力生成しても表情に辛さはない。ぽやんとした顔が可愛い。


 しかし……。

「アッシュ、ごめん。一旦止めて」

 アッシュは魔力生成を止めた。

「これ以上周りの魔力を濃くしたら、何が起こるか分からないから」

 アリエルの想定外のことが起こって、アッシュに怪我させては困る。

 辺りにはまだ魔力が漂っている。

 だがそのうち魔素へと還り安定するだろう。


「アッシュがすごいってことは分かったけど、限界は分からなかったよ……」

「分かったっ」

「?」

 アッシュの機嫌が良くなっている。

 ちゃんと限界を測れなかったのに。

「アリエル様と手、繋ぐの好き。アリエル様と一緒ならもっと修行する」

「!」

 そうか。

 セーネの授業では能力に合わせて別の修行をしている。

 今はアリエルがずっとアッシュのことを見ていたから。

「じゃあ他にも色々試してみる?」

「うん!」


 後日行った魔法道具屋にはいいものがなかった。

 その代わり、家でのアッシュとの魔法研究は続くこととなった。






 春がきて、公園に花々が咲きはじめた。

 原っぱの一画、シロツメクサの群生地で花環を作る。

「どうぞ、アッシュ」

 白銀の髪に、白い花の冠をのせる。

「似合うよ」

 可愛らしくてぽーっと見惚れていると、

「僕も作った」

「わあぁ」

 アッシュは指輪を作ってくれた。

「えっと、冠は時間が掛かって……」

 アリエルに渡しながら、もじもじと言い添える。

「アッシュ、丁寧に作っていたもんね。すごく上手っ」

「……ありがと」

「見てー」

 さっそく指に嵌めてみる。

「――……」

 アッシュがアリエルの顔と指を交互に見て、しばらくじっと動かなくなった。

 肌色が濃いから分かりにくいけど、耳がちょっと赤くなっている気がする。

 褒められて嬉しかったのかな。

「ありがとう、アッシュ」

「……うん」

 はにかんだ微笑みが可愛らしくて、アリエルの頬も火照った。






 春の盛り。

 アッシュと過ごす初めての誕生日がきた。


 使用人のメグは帰ってしまったが、イチゴタルトを買ってきてくれていた。

 夕食の後、ソファに座って食べる。

「アリエル様、誕生日おめでとう」

「ありがとう。アッシュもおめでとう」

「えへへ」

 今日で二人とも六歳になる。

 アッシュが誕生日を覚えていないというので、アリエルと同じ日にしたのだ。


 去年はメグが結婚で忙しくなった頃だった。

 夜はくまのぬいぐるみのメイプルと一人と一匹。

 明日公園で何をしようか。

 今度買う本はどんなものがいいか。

 いっぱい話した。


 今日はアッシュと肩を並べてのお祝いだ。


「美味しいね。アリエル様」

「ん……」

 甘酸っぱくて美味しい。なんだか胸がいっぱいで、飲み込むのが辛い。

「……アリエル様?」

 いつも笑顔のアリエルは、とても悲しそうな顔をしていた。

「どうしたの? 悲しいの?」

 アッシュが心配そうに覗き込んでくる。

 近い距離。まっすぐ見る瞳……。

「んーん……。嬉しいのに、……なんか……」

 休み休みタルトを食べた。

 どうしたのだろう。

 嬉しい日なのに。

「アッシュが温かくてね……安心するの……」

「うん」

「そしたらなんかね。胸がいっぱいなの……」



 公園ですれ違う家族連れや友人達。

 笑顔を交わすのが羨ましくて、にこにこ顔の真似をしてみた。

 アリエルには相手がいないけれど、真似をしてみた。

 そしたら誰かが気づいて、笑顔を分けてくれた。

 分けられる分を、少しだけ。

 いい子でいれば、少しだけ分けてもらえる。


 ……いい子じゃなくなったら、もらえる笑顔は、また途絶えるのだろうか……。



「じゃあゆっくり食べよう。遅くなっても、ずっと隣にいるからね」

「……――っ」

 アッシュがアリエルを抱き寄せる。アッシュの胸に頭を抱き込まれて、とても温かい。

「今日のアリエル様、あまえんぼ」

 声も温かい。

 アッシュはそれ以上何も訊かずに、たまに歌なんて歌って、ずっと体温を分け与えてくれていた。

 ずっとずっと、全身をくっつけて。



 ベッドに入り、眠る直前にお願いした。

「アッシュ……」

「なあに?」

「……ずっと一緒にいてね」

「うん!」

 抱きしめる手にぎゅっと力が込められて嬉しかった。

 アッシュの声が、体温が……、ずっと僕のものであればいい。

(霧の精になりたいな)

 霧の迷宮の主に。

 そうしたら……。

「アッシュ……」


 いつもよりさらにくっついて、二人は眠りに落ちた。






「アリエル様、これ着てっ」

 夏も近いのでクローゼットの整理だ。

 去年の服を手に、アッシュはアリエルに迫る。

「ちょっと小さいんじゃないかな」

「着てーっ」

「わ、分かった」

 きついけどどうにか着られた。

「可愛い!」

「もうっ。次はアッシュの番だよ!」


 半年前はアリエルの笑い声だけが響いていた家。

 だがもう、それは二人分の声になった。

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