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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【少年期】魔法使いの卵たち
26/43

2-17 開花2

「アリエル様、おはよう」

「んみ……」

 今日もいつもと同じように、起きたら服を着替えてダイニングチェアに座っていた。

 目の前には美味しそうな朝食がある。


「いただきます」

 ようやく目が覚めてきて、アリエルはフォークを手にする。

 今日はとてもいい天気で、庭では洗濯物がはためいている。

「放課後、クリフと対戦する」

「わあ。久しぶりだね。応援するね」

「うん」


 違和感があった。

(アッシュと目が合わない。なんで……)

 そこで昨夜の出来事を思い出した。

(! ……夢じゃなかった。アッシュと、キス……)

 アリエルはアッシュの唇を見て、かあっと顔を赤らめた。


 ちゃんと説明しないと。

「アッシュ、昨日、服勝手に脱がせちゃってごめんね」

 あれ、でも僕も毎日脱がされているな。

 ううん。アッシュのは僕のためだもん。

「あれはその……えっち……な意味はなくて」

 しどろもどろで弁解する。

「あのね。唇は、恋人のキスだと思うんだから、しないんじゃないかなと思うんだ。……けど、アッシュがしたいなら」

「もうしないよ」

「え……」


 アッシュの目がまっすぐこちらを射抜いた。

「僕とアリエル様で恋愛なんてしない」

「――――」


 ぎゅっと胸が締めつけられる。

「そう……」

 とても、とても痛い。

「そっか」

 今頃になって自分の気持ちに気づいた。

(僕、アッシュのことが好きだったんだ)

 特別であることが当たり前で気づかなかった。

 気づいたとたん、アリエルの恋は終わりを告げた。






 放課後。

 クリフと向かい合ったアッシュ。

 その身からは、おどろおどろしい気迫が渦巻いていた。

「クリフ。今日の僕の機嫌は最悪だ……。全力でお前を叩き潰す!」

 悪役の台詞をのたまうアッシュ。

「よしっ、来い!」  

 クリフはいつも通り溌剌と挑戦を受けた。


 アリエルは二人に結界を張る。

「…………」

「アリエル、俺が審判やる」

「え、うん」

 ぼんやりしていたアリエルに代わり、フーシーが審判になった。



「始め!」


 アッシュのいきなりの大振りの薙ぎ払い。

 クリフは体勢を低くして避けつつ足払いをかける。

 アッシュは飛び跳ねて躱し、下方にいるクリフに剣を突き立てようとした。

 だがクリフは横に飛び退くワンアクションで立ち上がった。

 クリフの払った剣がアッシュの脇腹を捉える。

 だがアッシュはその剣の腹に手をついて側転して躱した。


 結界はレベル3仕様で、壊すには打撲や切創ができる程度の衝撃は必要だ。剣に触れただけでは壊れない。


 剣がアッシュの体の影に入り、クリフは身構えようとした。

 アッシュの着地と同時に来るはず。


 だがアッシュは着地を待たずに剣を投げた。

 クリフは反射的に弾いたが、構えを崩される。

 アッシュは着地と同時にクリフに向かってジャンプし、剣を握ると同時に斬り上げた。クリフは辛くも受け止める。



 見ているアリエルは息つく暇もない。

 隣でラティとランドもいつもと違うアッシュの気迫を感じていた。

「めちゃくちゃだ。今回は策がないんすかね」

「だが速い」

 策を捨てて……。

(違う)

 動きは激しいが、ちゃんとクリフの攻撃を躱せるタイミングで動いている。

 今までの策や経験の積み重ねを頭に入れて、考える前に繰り出しているのだ。

 アッシュの反射速度にのった攻撃は、凄まじい速さになっている。


「クリフさんも、ノアバートさんと戦っている時、あそこまで速いか?」

 二人はお互いの殺気を察知できる。それによって高次元の剣戟が生まれていた。


「――!」

 アッシュの剣が止められ、一瞬硬直した。クリフのカウンターでさらに崩される。

「ッ、どうして……」

 アッシュをスピードにのせないよう立ち回るクリフに、アッシュは押されていく。

「どうして届かないッ……!」

 涙が滲みかけた、感情を乱した声。

 一瞬できた隙をクリフは素早く刈る。


 アッシュの結界が一枚割れた。


 クリフの一本に沸く観衆。

 アリエルはアッシュを応援するが、一人の声では周りに飲み込まれてしまう。


「何を考えているか知らないけど、試合に集中していない奴に負ける気はしない」

「――ッ」

 クリフが隙のない構えでアッシュの前に立ちはだかる。その殺気は無数の可能性を擁していて、アッシュの意識を防御に押し込む。


「アッシュ!」

 アリエルの悲痛な声が、アッシュの耳に突き刺さった。


 ――アッシュの体は自然と前に進んだ。

 絶望の間合い。

 だが活路もそこにしかない。


 二人の剣が交差し、クリフの結界が割れた。

 だがアリエルの表情は絶望に染まった。

 アッシュの剣が空高く弾き飛ばされたのだ。


「倒す、倒す……倒すッ!!」

 それでもアッシュの目には闘志がほとばしっている。

 クリフは終わりにするために、剣を突き出す。

 アッシュは残された全てを拳に込めて、雄叫びをあげて殴りかかった。


 その拳は、輝いて膨れあがる。


「――――!」

 輝きはクリフを飲み込んで突き抜けた。

 砕かれた結界が、きらきらと宙を舞った。


 クリフは後ろに倒れ、地面に手をついた。

 結界がクリフを守ったが、その外側、クリフの左右と背後の地面が大きく削れている。

 観戦者は皆、唖然とした。

 その視線の中心にいるアッシュさえも、手を突き出したまま固まっている。


 驚きから最初に立ち戻ったのはフーシーだった。

「魔法の使用により、アッシュの反則負け」

 審判として無慈悲に告げる。

 だがその声色にはほんの少し、優しさが滲んでいた。


 呆然としていたクリフの顔に、歓喜が広がる。

「アッシュ、今」

 だがそれをもう一つの声が掻き消した。


「アッシュー!」

 駆け寄るアリエルの声に振り向くアッシュ。

 アリエルは正面から飛びついた。

「アリエル様っ?」

「アッシュっ、アッシュ、魔法! 魔法使えたっ。すごい!!」

 ぎゅうぎゅうに抱きついて喜ぶアリエル。

 アッシュは目を丸くして、やがて柔らかく緩ませた。

「ありがとー。……――っ」

 アッシュはアリエルを抱きしめ返して、初めての魔法の喜びを嚙みしめた。






 学園中央棟よりやや東にある魔法解析所。

 そこの一室にノアバートがいた。

 重厚な魔法学園の他の内装に比べて、繊細で可憐な印象の部屋だ。

「今日は調子が悪いのか。春からそういうことが増えたな」

 ノアバートが話しかける。

 その先のソファに、『美少女』が横たわっていた。

 初等部のローブタイプの制服。

 プリズムホワイトの学年色は、五年制初等部の四年生のもの。

 細い体。透き通るような白い肌。

 先にいくほど桃色を帯びるプラチナブロンドを、腰のあたりまで届く二つの三つ編みにしている。

 その豊かなウェーブを背に、長い睫毛を伏せた姿は、物語に出てくるお姫様のようだった。


「余計な気配が流れ込んでくる……」

「休ませてもらってもいいんだぞ。ジュジュ」

 ノアバートはソファの空いている場所に座り、ジュジュの髪を手で梳いた。


 予知魔法使いジュジュ。

 リリアンクを魔物から守る要だ。


「平気だよ。ノア兄」

 部屋の外には予知を待つ通信兵が立っている。

 そして部屋にはジュジュの集中を乱さない者――最も信頼する兄代わりのノアバートだけがいる。

「何か俺にできることはあるか」

 いたわるノアバートの声。

 彼の手に優しく頬を撫でられながら『美少女』は、

「クリフ、ぶん殴ってきて」

 と桃色の目に怒りを込めて言った。






 アリエルとアッシュは幸せそうな顔で頬擦りしている。

「そういえばクリフ先輩、怪我はない?」

 立ち上がって土埃を払っているクリフ。

 アリエルにもようやく彼が目に入った。

「ああ、全く。アリエルの結界のおかげだ」

 ランド達も集まってきた。

「木剣を想定した結界とは思えないな。あの威力の魔法を、軽い衝撃を受けただけで打ち消した」

「木剣を想定……? 一撃ならなんでも防げるようにしていたよ。レベル3クラスの先生にどんな結界を作っているか聞いたんだけど、攻撃を受けた側の体勢を多少は崩して、先手を取った方にアドバンテージを持たせるようにしているんだって。だから完全防御もできるけど少しだけ通しているの」

「わー……。天然超スペック……」

 フーシーが呆れた顔をしている。


 アッシュとアリエル二人で深々と頭を下げて、反則行為を謝る。

 クリフは大らかに許してくれた。


「アリエル様! 魔法の練習付き合って!」

「まだ元気あるの?」

「元気!」


 その後、見事に魔法を再現し、アッシュは閃光の攻撃魔法を覚えた。






 秋の夜長。

 今日は市内中が賑やかに飾られるお祭だ。


 アリエルとアッシュは庭のテーブルにたくさんの御馳走を並べた。

「いらっしゃーいっ」

「ようこそ!」

 打倒クリフ隊の皆が集まる。

 パーティーの始まりだ。

「猫耳してる」

 アリエルとアッシュの頭の上には、大きな三角耳がのっていた。


 リリアンクには、この時期に大きい葉を落とす木がある。

 その葉に色水を吸わせて色づけて、三角に折って留める。

 これで猫耳の完成だ。


 祭りが近づいた頃、近所のおば様達が「広場で葉っぱと色水を分けているから行っておいで」と教えてくれた。

 アリエルは橙色の葉に黒を吸わせて、自身のダークブラウンの髪に合わせた。

 アッシュは白の葉を先っぽだけ薄紫にして、銀髪に載せている。


「どうして皆はしていないの?」

「道見なよ」

 ちょうど五歳くらいの猫耳のグループが大人に付き添われて歩いている。

「もっと小さい子しかしていないでしょう」

「あ」

 勧められたから疑問も持たずつけてしまった。

「まあ、近所の人達、アリエルとアッシュがつけているところ見たかったんだろうね。顔が良いと大変だな」

「うー」

 アリエルが外そうとすると、

「だめ」

 アッシュが手を抑えて止めた。

「可愛いから外さないで」

「僕には……可愛すぎない?」

「アリエル様は似合ってる。僕は……外そうかな」

「だめっ! アッシュは一番似合ってる!」

「じゃあ一緒につけよう」

「……分かった」

 というわけで、そのままベンチに並んで座った。


「残念。事前に知っておけばランド様に勧められたのに」

 ラティがぼそっと言った。

「つけないぞ」

 素っ気なく返すランド。

 視線は道の向こう、坂の下に広がる街の灯りに向けたままだ。

「こういう微笑ましい土産話を旦那様や奥様にすると、お小遣いもらえるんですよね」

「つけない」


「あ、始まった」

 市内上空に光の線が描かれて、大輪の花のように弾けていく。

 流麗で華やかな光のショーを、大事な友人達とともに楽しんだ。

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