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ミスティツインズ 神秘の国の対の魔法使い  作者: レエ
【少年期】魔法使いの卵たち
25/43

2-16 開花

 秋。入学して半年が経った。


 中央棟の中庭は、いついかなる時も緑で覆われている。

「…………」

 噴水の端に一人腰掛けるアッシュは溜息をついた。




(まだかなー)

 中央棟の回廊。

 中庭への出入り口の前で、アリエルはアッシュを出待ちしていた。


 今日二人は図書館で調べ物をしていた。

 しばらくして、お手洗いに行くと断ったアッシュ。

 お手洗いの後のアッシュの気配が、ここで切れたのだ。

 この中庭はクーの空間魔法で、多重の次元に分岐する。

 今からアリエルが足を踏み入れても、アッシュとは別の次元の中庭に出てしまうだろう。


 じっと待つアリエルに、通りすがりの事務員が話しかける。

「アリエル君、大会頑張ってね」

「はい。頑張ります」

 アリエルは冬の魔法バトルの大会に申し込んでいた。

 学年不問なので一年生が勝ち上がるのは難しいが、キラキラ校章を手に入れるチャンスだ。


(でも、アッシュは申し込めなかった)

 アッシュはまだ魔法ができないし、クリフにも勝てていない。

 一本は取ったことがあるが、その後二本先取されて負けてしまった。



 向こうで大人の声が聞こえる。

 厳しい口調だ。

「貴方のボスはどこです。会わせてください。いい加減、万能適性を放っては置けません」

 詰め寄っているのは、スラッと背の高い男性。フォーマルな服装が知的だ。

 詰め寄られているのはがっしりした体格の不動の男性。いかにも護衛という感じだ。

(万能適性の話? 僕以外にも万能適性の人がいるのかな。あと、あの話しかけている方の人……どこかで見覚えがある)

 アリエルは思い出せなかったが、

(学園関係者なら見掛けることもあるか)

 と納得した。


(アッシュ、遅いなあ……。そうだ。アッシュが僕のこと考えていたら会えるかも)

 この中庭はどういう原理か知らないが、待ち合わせができるようになっている。

 会えなかったらすぐに出てくればいい。

「えいっ」

 アリエルは足を踏み入れた。



 緑の香りがそよ風にのってアリエルを包んだ。

(この魔力)

 覚えのある魔力を感じる。

 アリエルは噴水のある場所へと進んだ。


「こんにちは」

「――……」

 アリエルの出現に、相手は目を丸くしていた。

 二十代くらいの大人の男性が、噴水の縁に腰掛けている。

 覚えのある魔力だけど知らない人。


 彼は額を押さえて笑いだした。

「ははは……面倒な相手から逃げていたら、まさか俺を悩ませている張本人に会うとは」

 彼の声は笑いを含み、聞き取りづらい。

 そして彼はアリエルに向き直り、今度ははっきり言った。

「はじめまして。私はゴーリー」

 アリエルはハッとする。

 本やニュースで見た名前。

「リリアンクの防衛システムの管理者だ」


 十賢ゴーリー。

 ハニアスタが調べようとしてお縄になった防衛システムは、この人が中心となって造りあげた。

 他の魔法使いはパートごとの担当で、全容を把握しているのはこの人だけらしい。

 つまりハニアスタの被害者でもあり、撃退したリーダーとも言える。


 しかし、リリアンクの中枢の一人にしてはとても若く見える。

 アリエルはじっとゴーリーの顔を見る。

「ああ。見た目は気にしないでくれ。若返りっていうのはそう難しいことでもない」

「そうなんですか」

 本当だろうか。


 名乗ってもらったのだ。こちらも名乗らなくては。

「はじめまして、アリエルです。でも魔力ははじめましてじゃないですよね」

「おや?」

「僕達の家、引っ越したばかりの頃、いろんな人に覗かれていました。でもある時から誰も覗けなくなったんです。――ただ一人を残して」

 この魔力、間違いない。

 アリエル達の家を結界で囲んでいる魔法使いだ。

 アリエルはいまだにその結界を解除できず、再現もできない。

「そうだね。私だよ」

「やっぱり。ありがとうございます! いい人なんですね」

 いろんな人に覗かれて困っていたのだ。

 だがこの人は多分、他の視線を弾いただけで、中を覗こうとはしていない。


 ゴーリーはまた目を丸くし、そして笑った。

「そうだよ。私はとてもいい人だ」

「はいっ」

「ねえ、アリエル。いい人である私と、友達になってくれるかい?」

「もちろんです!」

 またすごい魔法使いと知り合えた。

 魔法学園ってすごい場所だ。

「それにしてもどうしてゴーリーさんに会えたんでしょう。クーさんが導いてくれたんですかね」

 ゴーリーは不意をつかれた表情をして、すぐにまた笑みを浮かべる。


「そうかもしれないね。法則を凌駕した才能ってのはなんでもありだな。天才が緻密な計算を重ねてようやく知った答えに、一瞬でたどり着く。化け物だ」

「化け物……あの、クーさんもしかしたら聞いているんじゃ」

「気にすることはない。この程度で怒るようなら、私はとっくに幽閉されている」

「ええっ」

 ゴーリーは国を守る大事な魔法使いだ。

 悪いことするとは思えないが……。

 もしかしてもっと悪口を言っているのかな。


「そういえば、祖父がご迷惑を掛けました」

「え? ああ、全然構わないよ。俺としてはスリリングなイベントでしかなかったし」

「じっ、十賢がそんな」

「秘密だよ」

 ゴーリーは口の前で人差し指を立てる仕草をした。


(ゴーリーさんって何を考えているか分かりにくい。でもすごい魔法使いには違いない。特に防御については国一番のエキスパートなはず)

 隷属魔法の防御システムも、この人のやり方を知れば紐解けるのではないだろうか。

 隷属魔法について直接相談はできないから、さりげなく教えてもらおう。

「あの、おじい様……祖父は防衛システムを解析しようとして捕らえられたんですよね。解析魔法に対してどういう対策をしていたんですか」

「何? 私の弟子にでもなりたい?」

「え、あ、まだ決めていないですが」

「解析魔法かに関わらず、まずは弾くようにしているよ。ツルンと爪を掛ける余地もない感じに」

「ツルン……」

「その後は警報と攻撃。足を切断するつもりで攻撃魔法を仕込んでいたんだけど、ハニアスタはそれは避けたね」

「ひぃい」

「あ、子供が興味で触っちゃった時は治癒魔法使いが駆けつけるだろうから、運が良ければ助かるよ」

「絶対、絶対しないようにします!」

「そう? 遊びたくなったらぜひチャレンジしてね」

 防衛システム、恐い。


「私も訊きたいことがあるんだ」

「なんでしょう」

「なぜ君は黙っているんだい」

 ゴーリーの目がじっとアリエルを捉えている。

 黙っている……?

「何のことですか」

「いや……」

 ゴーリーは視線を外し、

「なんでもない」

 蔦が縁取っている中庭の遠く狭い空を見上げた。






 アッシュは中庭を出て、図書館に戻っていた。

 だがアリエルがどこにもいない。

 探していると、ちょうど図書館にいたマッドに会った。

「アリエルならアッシュを探しにいったよ」

「じゃあ僕も」

「待って。アリエルが一通り探したら戻ってくるって言っていたから、ここで待っていよう」


 それでも落ち着かないアッシュは図書館を出た場所で待つ。マッドも付き合った。

「マッド、荷物多いね」

「半分はクリフの荷物。あいつが友達と遊びにいくところだったから、荷物預かってあげたんだ」

「優しいね」

「近所だからだよ」

 マッドとクリフは春よりだいぶ仲が良くなった。

「マッドはクリフの味方?」

「心配しなくても俺は打倒クリフ隊だよ。クリフなんて負けてしまって、俺に泣きつきに来いって思ってる」

「意味分かんない」

 アッシュは下を向いて足をぶらぶらと振った。

「でも僕も意味分かんない……。魔法は使えるようになりたいし、クリフにも勝ちたい。でも次の手が何も思いつかなくて……。戦わないと勝つ可能性はゼロなのに」

「アッシュ……」

「アリエル様がいっぱい励ましてくれるのに、僕、何も返せない……」


 落ち込むアッシュをマッドは柔らかい目で見る。

「辛いよね」

 マッドはぽんっとアッシュの頭を撫でる。

 アッシュは素直に撫でられる。

 マッドは似た悩みを持っていて、アッシュに協力してくれる人。

「立ち止まる時があってもいいんじゃない?」

「……アリエル様に、格好いいって思われたい……」

「分かるよ。でもアリエルと距離を取りたくなるくらい溜めこまないで」

「距離……」

 そうか。

 足が自然と中庭に向いたけど、そういうことだったんだ。


「アッシュが素直に気持ちを言えば、アリエルは受け入れてくれる。アッシュを中心に回っているんだから。避けた方が可哀想だよ」

「アリエル様、そんなに僕のこと好き?」

「どう見ても一番の特別だ」

 アッシュは頬を緩ませた。

 少し元気が出たみたいだ。


「マッド! 後でクリフに会うんでしょ。明日の予定空けとけって言っといて!」

「だいぶ元気になったね」

「うんっ。あ、アリエル様!」




 アリエルは図書館の前にいるアッシュとマッドを見つけた。

「おかえりー。アリエル様、僕のこと探しにいってたんだってね」

 アッシュにそう言われて、アリエルはハッとした。

「僕が探しにいったの、アッシュがトイレを出てからだから! トイレで出待ちとかしてないからッ!」

 アリエルは顔を真っ赤にして身の潔白を主張する。

「分かってるよー」

「……アリエルにも恥ずかしいことがあるんだ」

 というか友達のトイレ待つことくらいたまにはあるよね、とマッドは訝しんだ。


「じゃあ、調べ物の続きしようか」

「うん」

「二人は何調べにきたの?」

「ぎし……昔の魔法」

「儀式魔法? そういう歴史も興味あるんだ」

「うん……」

 ぼかしたのに。マッドは頭が良すぎる。


「アリエル様、この本いっぱい載ってた」

「ありがとう。アッシュ」

 ぴったりと寄り添う仲良し二人組。

 マッドは二人の姿を、優しい目で見ていた。

「アリエルはアッシュにどうなってほしいの? 魔法使いや魔法研究者になってほしい?」

「? ううん。好きなことをすればいいよ。好きなことしているアッシュが好き」

 アッシュは緩みそうになった口をぎゅっと結ぶ。

「ただ……」

 隷属魔法から解き放たれてほしいと思っている。

 でもマッドの前でそんなこと言えない。

(他に……あ)

 アリエルの心に灯る温かい気持ちを見つけた。

「健やかに育ってほしい」

 手を合わせて穏やかな祈りを言葉にすると、

「子どもかな」

 とマッドが思わず呟く。

 アッシュは口にさらに力を入れて、むうっとした。

「でもアリエル様、僕、同じ齢だよ。子どもでも弟でもないよ」

「そ、そんな。アッシュ」

 アリエルは心細そうな表情をした。

「一人立ちしたいの?」

「違う。ずっとアリエル様の隣だよ。でもそれは大人としてなの」

「どういう意味?」

「それは……」

 アッシュの顔が火照る。肌色が濃いから、分かるくらい赤くなるの、珍しい。

「ひ、秘密!」

「ええっ」

 頑なに口を閉ざすアッシュ。

 マッドに訊いても、微笑むだけで教えてくれなかった。






 自宅に帰り、夕食を作りながら仕入れた情報を共有する。

「十賢のゴーリーさんに会って、解析魔法から魔法を守るコツを聞いてきたよっ」

「いつの間に! そのコツの裏をかいて突破するんだね」

「そうっ」

「それでそのコツは!」

「コツは――ツルン!」

「ツルン……?」

 アッシュはゆで卵を手にしながら復唱した。

「ツルンとした魔法で寄せつけないんだって」

「具体的にどんな魔法?」

「それは、話してなかった」

「アリエル様、適当にあしらわれたんじゃないの?」

「!?」




 夜遅く。

「ツルン……ツルン……」

 アリエルは友人のゴーリーを信じて、彼の言葉の意味を考えていた。

(分からない……。呪印を観察すれば何かひらめいたりしないかな)

 アリエルは寝室に向かう。


 ベッドではアッシュが先に眠っていた。

 アリエルはベッドに乗りあげて、アッシュの上に膝立ちになる。

 二人で選んだ寝間着の前を開いた。

「ツルン」

 目の前にはアッシュの褐色肌の平らな胸がある。

 いや、アリエルに比べてやや厚い筋肉だ。

 暗い場所では暗い色の呪印は見にくい。

 アリエルは両手をベッドについて、もっと近くで見ようとする。


 アッシュの目がパチッと開いた。

「あ」

 アッシュは自分の胸元が脱がされていることに気づき、アリエルを見つめた。

 その表情は切なそうで、嬉しそうで。

 アリエルは目が離せなかった。

「アリエル様……」

 うなじにアッシュの手が添えられた感触。

 引き寄せられて、大好きな薄紫色が近づいてくる。

 その目が閉じた時――唇と唇が、触れた。


「…………」

 何が起こったのだろう。

 近すぎてぼやけるアッシュ。アリエルは目を開いたまま動かない。

「!?」

 ようやくキスしていることを理解し、一気に体が熱くなる。

(もしかして僕がアッシュにえっちなことしようとしたって思われた!?)

 アリエルは起きあがる。

「ち、違うよっ」

 焦った。

 可愛いアッシュ。大事なアッシュ。……好き。好きだけど……。

 波のように押し寄せてくる知らない感情。

 アリエルはそれにもがき、どうすればいいか分からない。

 目を固く閉じて、

「僕とアッシュで恋愛なんかしない!」

 と叫んだ。

 握った手が、熱い。


「僕まだ調べることあるから!」

 アリエルは寝室から逃亡して、書斎机の影で縮こまって頭を抱えた。

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