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1、「僕に愛のお仕置きをしてほしい!」

周りに人がいないことを確認してから、お読みいただけましたら幸いです。


「黄金の赤薔薇よ。いや、―――女王様!この僕を、その鞭で叩いておくれ!」


 四つん這いの状態で縋るように懇願されて、レヴィローズはまさかの展開に「近寄りがたい鉄面皮」と称される表情を微かに歪めた。


 淡い紺色の絨毯に映し出された自分の影が、僅かにたじろぐ。


「え、っと、大変申し訳ございません。あまりのことに、いえ、あの、大変恐れ入りますが殿下とお会いしていささか緊張していたようです。大変申し上げにくいのですが、もう一度お聞かせいただいてもよろしゅうゴザイマスカ?」


 白い手袋を嵌めた手のひらを片頬に当てて、親友の所作を思い出しながらおっとりと小首を傾げてみる。


 平静を装うことや感情をコントロールする能力には長けていると自負していたのだが、脳の処理が追い付いていないようだ。やや上ずった語尾を不審がられてはいないだろうかと、レヴィローズは「彼」に視線を注ぐ。


 すれば、この国の第二王位継承者は柱横に設置された蓄音機の横に控えている侍従に、何事かを指示した後、もう一度はっきりとこう述べた。


「麗しき黄金の赤薔薇の君よ!お願いだ、僕を鞭で叩いておくれ!」


 ああああああ、聞き間違いっていうことにして流そうと思っていたのに―!


 黒髪の下でやや気恥ずかし気に、そして興奮気味に揺れる紫色の瞳を認めて、レヴィローズは全意識を集中させて口角を何とか上げたままの状態を保持しぴしりと固まった。


 お父様―!


 お兄様、おじい様ー!!


 このような時はどのように対処すればよいのですかー!!


 これは墓場まで持っていく案件ですかー!!!


「ティアーノ!」


 侍従の名前を叫ぶように呼べば、タイミングを計っていたように壁脇で控えていた老年の男性が白目をむきそうな遠い目をしながらあるものを差し出してきた。


「アッシェンバッハ嬢、こちらを」


 うひぃ。


 如何なる不測の事態でも表情を表に出してはならない、とは「王の剣」を担う我が家の家訓だ。それをあっさり乗り越えてくる難事に若干十七で直面するなんて、経験値が乏しすぎて筋肉至上主義の父を恨みたい気持ちになる。


「さあ早く!それは君のために特別に作らせた最新型の道具だよ!今までの憎しみと共に、僕を鋭く穿ってくれないかい!?」


 うわぁ。無理無理無理もう無理ぃ。


 王族に対して不敬でない範囲の笑顔を張り付けながら、理性を総動員して喉奥までせり上がってきた罵声を必死で押しとどめる。


 ここで墓穴を掘って死刑に繋がるような道筋を自分で作ってはならないのよ、レヴィローズ。


「その美しい白魚のような手で鞭を握り、いつぞや僕たちを暗殺者から守ってくれた華麗で鋭い太刀筋で僕に愛のお仕置きをしてほしい!」


 全身が粟立つのを感じながらレヴィローズは心の中で盛大に悲鳴を上げた。


「さあ!」


 ティアーノが恭しく差し出す黒光りする鞭を顔を引きつらせながら一瞥し、レヴィローズは意を決す。


 こういうのは見なかったフリをして、一刻も早くこの場を立ち去るのが最善だ。


 相手にとっても自分にとっても、この場にいる全員にとってもそれが一番いい。


 それに、兄も言っていたはずだ。


 どうしても対処できない敵と遭遇した場合は、一目散に逃げるのも勝利の鉄則だと。


 逃げるが勝ち。


 そうだ、私は、ナニモ、ミナカッタ。


「ありがたいお役目かとは存じますが、わたくしには荷が勝ちすぎるようです。丁重にご遠慮申し上げます。では」


 自分なんてとてもとても役目を担えるとは思わないから、王族からの直接のご指名には感謝はしているけど辞退します!


 もっと他に適役の人がいるよ!


 なんて微塵も思ってはいないが、この場を納めるには最善の言い回しのはずだ。


 淡々と明確にはっきりと。


 反駁を許すような隙を与えてはならない。


 なんなのだ。


 これはいったい何なのだ。


 どういう罰なのだ。


 いや、どういう策謀なのか。


 王族を鞭で打てと、不敬罪を通り越して極刑レベルの罠なのではないか。


 さっさと踵を返して、背後の白い扉から廊下に出ようとすれば、二人の護衛騎士が扉前に立ち塞がり行く手を阻む。


 むっと眉根を寄せて黄金の瞳を眇めれば、二人の青年はばつが悪そうに視線を逸らして棒読みに近いセリフを口にする。


「オマチクダサイ」


「殿下がまだお許しになっておりません」


 なんだそりゃ。


 レヴィローズは緋色の髪の毛を肩の上でひと払いすると盛大にため息を吐いて、構わずにずいずいと歩を進める。


「わたくしは退出を願い出ているのです。ここを開けてくださいませんこと?」


 できるだけ丁寧に威圧を含めた声でにこりと微笑めば、護衛騎士たちがわずかにたじろぐ。先日学院の催し物の騎士候補生を集めた模擬戦で、女だからとレヴィローズを侮った挙句手も足も出ずけちょんけちょんにされたことを思い出したのだろう。


「いや、あの、でも、殿下が」


「開けてくださいませんこと?」


 見上げる形で間合いを詰めれば、顔を真っ赤にした護衛騎士がごにょごにょと何かつぶやいている。小さすぎて全ては聞き取れないが、なんだこいつ、僕も貴女に鞭打って欲しいとか言っているのは聞き間違いだろうか。


「お通り下さい」


 胸の前で指先をちょんちょんし始めた護衛騎士を押し抜けるようにして、これまで黙って扉の横の壁に控えていた三人目の護衛騎士が片手で扉を開ける。


「ニーグランド殿!」


 扉を守る騎士のまだ正気を保っていた方がハッとした顔で抗議するも、ニーグランドはどこ吹く風で薄い緑色の瞳を鋭く細めた。


「もうすぐ午後の講義が始まる時間です。殿下の我儘を理由に彼女を引き留めては、彼女の評判に関わります」


「なっ」


「―――、それにアッシェンバッハ嬢は殿下のご婚約者殿のご学友でもあられます。ウェルドライク嬢にあらぬ疑念を抱かれるようなことは控えた方がよろしいかと」


 あらぬ疑念というか。


 この空間自体がもうすでに禁忌案件だよ。


 胸中で盛大にため息をつきながらも、ニーグランドの助け舟は心底ありがたい。


 第二王子がダメダメなことは既にクリステアも知っていることだが、これ以上精神的にダメージを与えたくないのが本音だ。


「殿下、貴重なお時間を頂きまして誠にありがとうございました。午後の講義の時間が迫っておりますので、失礼いたします」


「あ、僕の薔薇姫!!」


 だーれが薔薇姫じゃい!


「よい午後のひと時をお過ごしくださいませ」


 別の人にお役目を与えてくださいね!


 念を押すように優雅に一礼をし、レヴィローズは緋色の髪を翻しニーグランドが開いてくれた扉の隙間からさっさと部屋を後にした。



なんだろう。

そういう気は全くもってないのですが、ダメな人を書くほど筆が乗るのはやばいですよね。

ヤバイヤバイ。

ヤバイ人しか出ない、そんなお話です。

全て書き終わっているので、読みやすいように数話に分けて明日、更新させていただきます。

楽しんでいただけましたら幸いです。

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