*アルティメットゲーマーズ
たしか、ミサコって名前だったかな。漢字は忘れた。
十歳の女の子だ。
バスケットゴールを前に、ボールを持ったままただ泣くだけで、全くシュートする気を感じない。
「遅っせえな! 早くしろよ!」
俺は怒鳴った。
「落ち着けよフォックス」
隣に座るラビットが言った。
ここでは俺ら二人は狐と兎のお面で顔を隠し、それぞれフォックスとラビットと名乗っている。
「お前の方がリードしてっから焦っちまった」
「まあな。たぶんこの賭けは俺の勝ちだな」
そう言ってラビットがにやりと笑った。
お面は口元だけは見える。
「でもお前ずるいよな。お前のチーム、十四歳と十六歳だろ?」
「ああ。その方が良いかなと思って選んだんだよ」
「俺んとこは、十歳と十二歳だからな」
「でもその分、フォックスの方は親が若いだろう。俺んとこのは五十代だから、その点は不利かも」
「たしかにそれは言えているか」
ラビットと話をしていたら、会場がから「うおー!」と歓声が上がった。
ミサコがシュートをし入ったようだ。
「よし、次だ。ミワコに代われ」
俺はマイクを使って会場に指示を出した。
俺らの席は特等席。
なんせ、このゲーム会場は俺らが作ったのだから。
俺らはコンクリートと荒々しいフェンスでできた地下賭博場“アルティメットゲーマーズ”の首謀、フォックス&ラビットだ。
「これでやっと、並んだな」
「そうだな」
「でもよくこんなゲーム考えたよな」
ラビットはアイデアマンだ。今までも多くのゲームを考えてきた。
しかし今回は特別面白い。会場はいつになく会場が盛り上がり、賭け金額も倍以上だ。
「ああ。なんか、羊の死体を使うスポーツがあるって聞いてそこからインスピレーションを受けた」
「それは俺も聞いたことがある。でも、それをバスケに応用しようっていう発想にはならないだろう」
「そうか?」
今回のゲームは家族対抗フリースロー対決。
二人姉妹のいる四人家族を用意し、どっちの家族が先に勝つか、だたそれだけの賭け。
勝負がシンプルなので、盛り上がっているのだろう。
またしてもここで会場から歓声が上がった。
ラビットのチームの長女がシュートを決めたらしい。
「よくやった。それじゃあ最後はお母さん、頑張ってくれ。入れたら解放だ」
泣きわめきながらボールを手にする、ラビットチームのお母さん。
「どんな気分なんだろうな? 旦那の頭でバスケをするって」
「さあ?」
今回は掛け金を全部持っていかれそうだ。
まあ親の金だしどうでもいいけど。
そんなことを考えていたら、この日一番の地鳴りに近い、歓声や怒号が飛び交った。
ラビットチームのお母さんが一発で決めたらしい。
「よっしゃ。俺の勝ちだな」
「そうだな」
どうでもいいと思っていたが、やはり負けると悔しい。
金なんてどうでもいい。勝ちたくなってきた。
「ラビット。リベンジさせてくれ」
「いつでもどうぞ」
余裕綽々なラビット。
「それじゃあ今すぐ」
「受けて立とう」
そう言うとラビットはマイクに向かって話し出した。
「ゲームセット。お疲れさまでした。ラビットチームの勝利でーす」
スクリーンが表示され、俺らが映しだされる。ゲームマスターの登場だ。
ラビットチームに賭けていた者たちはかなり興奮状態にある。金が増える喜びもそうだが、やはりこの背徳感にハマっているのだろう。
「しかーし。これだけではありませーん。延長戦に突入でーす」
なかなかにエンターテインメントなラビットだ。アイデアマンなだけあってマイクパフォーマンスも面白い。
「解放してくれるって言ったじゃない!」
俺のチームのお母さんが怒鳴るように言った。
活躍もしないで何を抜かしているんだ。
「気が変ったのでありまーす。準備がありますので、お待ちを」
スクリーン映えを意識して、両手を広げて大げさにラビットが言った。
そしてマイクと映像を切った。
両家族とも「嘘つき」だとか「早く出して」だとか泣きわめいているが、逆にそれが観客を湧き立てている。
「準備なんて必要か?」
「まあな。俺の方が有利だけど、王者の特権で許せ」
ラビットがそう言うと、スタッフに指示を出した。
「どういうことだ?」
「見てればわかる」
ラビットに言われた通り、競技場を見下ろす。
黒服を来た数名のスタッフが、競技場に入ってきた。
それを見た女六人は怯えながら逃げまわり始めた。
しかしフェンスに囲まれた競技場には出口はない。
スタッフに二人の女が捕まる。
どちらもお母さんだ。
そして、一人のスタッフがチェーンソーで二人の頭を切り落とした。
それだけ終えると、黒服のスタッフは会場を後にした。
再び俺らが映し出された。
「さあて、今度は姉妹対決でありまーす。どちらが勝つか、それではベットタイムでーす」
モニターが切れる。
「おもしれーじゃん」
「だろ?」
会場の賭け金額が俺らのタブレットに表示される。
やはりさっきの結果からかラビットの方が賭け金額が大きい。
しかしその分、見返りは少ない。
俺の方はリスクはあるが、勝ったら何倍にもなる。
安定を求めるか。勝負に出るか。
まあでもそんなものはささやかなことだ。
それよりも、この誰もやったことのない、今まで見たこともないゲームそのものに意味がある。
だからそこ、アルティメットゲーマーズは楽しいのだ。