さっき助けた爺さんが面接受ける会社の社長だったんだが
俺は焦っていた。
内定が出ない。
大学四年生になってはや数ヶ月、書類落ちを繰り返し、面接も一次突破が精一杯。周りはどんどん内定を取り、大学最後の思い出作りをしている。
俺は皆より劣ってるのか。社会から必要とされてないのか。
こんなことばかり考えてるから、表情も姿勢も暗くなっていき、フレッシュな就活生というには程遠い容姿になっていく。これでいい結果が出るわけがない。
まさに悪循環だった。
……
そんなある日、俺はリクルートスーツ姿で、ある会社に向かっていた。面接を受けるためだ。
どうせ受かるとは思ってないから、企業研究もろくにしていない。さらっとホームページを見ると業績は好調で、明るい雰囲気の会社らしい。
こんな会社に入れたら幸せだろうなぁ、どうせ受からないけど。
就職活動というより宝くじを買うようなモチベーションだった。
電車を乗り継ぎ、会社の最寄り駅に到着する。
俺が歩いてると、
「う、ううっ……!」
グレーのスーツ姿の爺さんが胸を押さえて苦しんでいた。
周囲には誰もいない。放っておけば、死んでしまうかもしれない。
まだ面接までには時間がある。俺は心の中で舌打ちしつつも、爺さんを助けることにした。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……たまに起こるんだが……」
「水を飲みますか?」
「ありがたい……」
未開封のミネラルウォーターを持っていたので、爺さんに飲ませる。何口か飲むと、爺さんの容態は落ち着いた。俺はほっとする。
「救急車を呼びましょうか?」
「いや、それには及ばん。本当にありがとう」
「……では僕はこれで」
「ワシもこれから用があるのでな。達者でな」
歩いていく爺さんが大丈夫そうなのを確認すると、俺は面接会場に急いだ。
これがフィクションだったらあの爺さんが後々恩返ししたりしてくれるんだが、現実でそんなことはまず起こらない。
下らない妄想を振り切り、俺は早歩きする。
……
ハプニングはあったものの、俺は面接会場に時間通りに到着した。
小会議室で待機させられ、いよいよ俺の番。
どうせ受かるわけないと思ってるのに、面接はやはり緊張する。心のどこかで受かることを期待している心の表れだろうか。
ノックをして、面接が行われる部屋に入る。
「失礼いたします」
挨拶した直後、俺は驚いた。
「あっ!」
面接官は三人。その中央にいたのは、先ほど助けた爺さんだったのだ。
「君は……!」
「社長、お知り合いですか?」
「うむ、ちょっとな……」
さっき助けた爺さんがまさか面接受ける会社の社長だったとは。
こんな漫画みたいな偶然があるとは。
途端に俺の中でやる気が湧き上がってくるのが分かる。
だって、爺さんにとって俺は大恩人だ。しかも社長ときた。これはもう「さっきはありがとう。君を採用しよう」と言われるためのシチュエーションじゃないか。
現金なもので、受かる見込みがあると分かると俺の調子は上がっていった。
「私の志望動機は……」
「強みといたしましては……」
「大学時代、力を入れたことは……」
ハキハキとよどみなく答えていく。
明らかに今までで一番の受け答えができた。
別に俺が爺さんの恩人でなくても内定取れるんじゃないかという手ごたえを感じた。
ところが、面接も締めに入ろうかという時、それは起こった。
「君は不採用だ」
……ん?
爺さんこと社長の言葉だった。
他の面接官も驚いている。普通、面接の場で不採用を言い渡すなんてありえない。
「はい?」
「君の心根は見え透いている。君は自分がワシの恩人だからって、面接で手心を加えてもらえると思っただろう? 残念だったな」
見透かされていた。
爺さんは俺の下心を読み取っていた。だから冷酷に不採用を宣告したのだ。
「もう出ていっていいぞ。お疲れ様でした」
「は、はい……」
俺は頭を下げて退室した。
……
会社を出た俺は、道路をふらふらと歩いていた。
下心を見透かされ、恒例のお祈りすらなく不採用にされ、叩きのめされた気分だった。
やっぱり俺は社会に必要ないんだ……とうなだれた。
「待ちたまえ」
声がした。振り返ると、さっきの社長――爺さんがいた。
は……? なんでここに……? 一瞬不採用のショックで幻覚が見えたのかと思ったが本物だった。
「どうしても君と二人きりで話したくてな」
「はぁ、なんでしょう?」
面接の場でこき下ろしておいて、まだ説教する気か。怒鳴りつけたい衝動にすら駆られる。
「さっきワシが君を不採用にした本当の理由を教えよう」
本当の理由? 聞き返す暇もなく、爺さんは言った。
「うちの会社なんて……絶対入ってはいかんからだ」
「ど、どういうことです?」
「一言でいうと、うちの会社はろくでもない会社だ。今でいうブラック企業というやつなんだ」
「なんですって……!?」
爺さんは愚痴るような口調で語り出した。
どうやら俺が受けた会社は、今や副社長が牛耳っており、パワハラは日常茶飯事で、社員は牛馬のように働かされてるとのこと。爺さんはお飾り社長に過ぎない。
業績も好調に見えるが、不正が多く、いつメスが入ってもおかしくないという。
詳しく調べれば、この会社の悪評にはたどり着けるのだが、焦りと諦めで企業研究をおろそかにした俺は当然そこまで行けなかった。
「もうワシになんの権限もないが、恩のある君をうちに入れたくなくてな。さっさと不採用にさせてもらった」
「そうだったんですか……」
「君に忠告しておこう」
「はい……?」
「君の境遇はなんとなく察しがつく。おそらくいくつ会社を受けても結果が出ず、焦ってろくに調べずうちの会社を受けてしまったのだろう」
図星だった。
「だが、焦るな」
「……え」
「焦らずじっくりやれば、必ず君と相性のよい企業に巡り合える」
「しかし、僕にはなんの取り柄も……」
「そんなことはない。先ほどの面接、見事だったぞ。それにワシを助けてくれた時のような優しい心も持っているではないか。世の中には、君のような人材を欲しがってる会社はいくらでもある」
買い被りすぎだし、お世辞も混じっているだろう。なのに嬉しかった。こんな風に自分を肯定してもらえるのは本当に久しぶりだった。
自分は社会から必要とされている、と言ってもらえた気がした。
「ありがとうございます……」
「頑張れよ、若いの」
俺に向かって拳を向けると、爺さんは去っていった。
……
俺は焦らなくなった。
俺を評価してくれた人がいた、というのがある種の自信になり、自分を安売りするのをやめたのだ。
やがて、俺は自分と相性がいい会社に就職できた。事業規模は大きくないが、仕事はやりがいがあり、満足している。
あの出会いがなかったら、おそらく俺は就職活動を失敗していただろう。
これはさっき助けた爺さんが面接を受ける会社の社長だったおかげで、俺が就職活動を成功させた物語である。
完
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