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掌中小説 <雷太郎>

作者: 久米 弘

唐津の虹の松原海岸で、イタズラ雷太郎が‥‥

いまだ独身で女性に縁のない「私」一人語り

<雷太郎>

「海に行く時は必ず避雷服を着用するように」

 海辺には、しばしば落雷があった。本格的な人命を奪うような落雷でなくても、イタズラ小僧のような雷太郎が現れることがあった。

 それは黒くて小さな雷雲で、上空のどこかに大きな雷雲があるときに出現していた。雷太郎が必ず出るわけではない。出ると決まっていれば警戒もするが、宝くじに当たるほどのまれな現象で、人々はそれほど注意はしていなかった。

 あるとき、私は唐津の親戚たちと夏のキャンプに出かけた。その浜辺のキャンプ場に、噂の雷太郎が現れた。

 雷雲らしき黒雲が西の上空を覆っており、気を付けなければ雷雨になるかも、と思った。

 浜辺には一同のテントが張られていた。見ていると上空の暗雲は広がる様子もない。

「ま、大丈夫か」と安心した。

 そのうちに暗雲は小さくなりかけていた。

 それでも稲光が走っていた。その稲光は小さな黒雲と共に移動しだした。移動したその場所場所で地上へ向かって光る。

 一度放電すると納まるものかと思うと、そうではなかった。移動する端から次々に稲光を放出する。まるで生き物のようであった。

 生存している親戚の内で、今では長老格となっている秀留しげるさんが

「こりゃ、近づいて来るばい。逃げとくか」と小走りに私から離れて行った。

 すると、海辺で光っていた雷雲は一度林の奥へ消えて、それから再び戻ると、走る秀留さんを追って、瞬く間に覆い被さった。

「大変だ!」

 私は秀留さんの救出に駆け寄った。雷雲は立ち去り、後には太腿あたりの皮膚を一部焼けこがした秀留さんが立ちつくしていた。

「救急車を!」

 しかし、秀留さんは、

「大丈夫。たいしたことはない」と、救急車を断った。

「あとで痛くなりますよ」

「そのとき治療すればいい」と、気に留めていなかった。

「落雷で命を落とす人もいると言うし、軽くて良かったです」

「あれが雷太郎やったんばいね」

 その時、私ははじめて雷太郎と言うもの聞いたのである。小さな雷雲、イタズラ好きな雷雲の子供であった。

「近くに親雷雲があったやろ。親の雷雲から出る雷に打たれると大変なことばってん、雷太郎なら火傷程度ですむんや。大騒ぎをしていると調子に乗って、ますます暴れるから、平気平気と知らん顔をしているのが一番たい」

 たしかに、子供のような動きであった。走って逃げる秀留さんを追ったのも、イタズラをしたくて溜まらない子供の様子そのものであった。


 キャンプに来ている親族の他に、町内会からも親睦で数組参加していた。若い女性も数人いた。私は気まぐれにその内の二人と会話を持ち、親愛の情を示した。一人は韓国籍の女性だった。もう一人は……? 被差別部落民?


 前夜のことだが、私はツヤ子叔母さんと二人で就眠した。

 叔母さんは随分痩せていた。いつの間にか、私もツヤ子叔母さんと同年代になっている。

 女性に恋いこがれるものの、このようにやせ細った叔母では、色気もなにもない。

 もし、ふっくらとした体を維持していれば、二人っきりの寝室では、なにがどう間違うかわからないが、こうまでやせ細っていれば、間違いの発生する気遣いはない。

 すると叔母が私の肩をつついて言った。

「あんたは亜矢子にちょっかいを掛けたでしょう。それからマル子にも。マル子はやめなさい」

 情報が叔母の耳に入っているのに驚いた。マル子は被差別部落の女性という噂の子である。ちょっかいとは、なにか手を掛けた、という語感であるが、そんなことはない。ただ親愛の思いをもって会話をしたというだけである。

「亜矢子は日本国籍があるのだから、名前も日本名になれる。だから亜矢子と結婚しなさい。秀留さんもみんなも、その手筈を進めているから」

 え? あの若い亜矢子と結婚させる?

 私は嬉しいやら困惑するやら……

「そりゃ、無理ですよ。僕は自分の歳を隠している。見かけのようには若くない。実際の歳を告げると、必ず断りますよ」

「だめなら、話は進めない。亜矢子がその気になれば、それでいい」

 二十歳の亜矢子と結ばれる?

 そんなことが有るだろうか? これは夢に違いない。


 そして、翌日、雷太郎と遭遇したのであった。

 他の人々は全員テントであったのに、自分と叔母だけは近くの寺のお堂で一泊していたのであった。その叔母は、亡くなって既に十余年の歳月が経っていた。


「みなさん、大変ですよ。勝さんが恋に落ちていますよ。亜矢子さんとマルコさんに求愛していますよ。どうしましょう。みなさん、どうしたらいいですか?」

 それは私が二人への思いを観光パンフレットにメモしていたのを発見されて、伝言回覧に書かれていたのであった。そのあと、叔母が話していたように、亜矢子と見合いをすることになった。

 どうせ、断られるだけのことだが、それでも、無下に嘲い捨てるのではなくて、その思いを肯定的に受けてくれる親族の優しさに、私は感動を覚えたのであった。

 亜矢子は見合いの席に出て来なかった。

「可哀相に。随分困惑していることでしょう。こんな話は冗談でした、と言うことにして、亜矢子さんの気持ちを救ってあげて下さい」

 それでも、亜矢子が私と夫婦になるのを承諾してくれるのなら、と期待した。亜矢子を私は待っていた。

 ……残念ながら、そのあとのことは、分からない。宅配のチャイムに起こされたのであった。


 宅配の荷物は、TV通販で注文していた万能ノコギリであった。多くの不用な木材、鉄片を切り刻んで片付けてしまいたかった。整理していないことには、万一の時には、余りにも無様である。我が人生の後片づけのためでもあった。

 寝ぼけた頭で、準備した金は一万七千円。五千円と千円札で綴じた一万円と、六千余と聞いたと思ったので、千円札五枚に追加二枚で一万七千円である。ところが、一万六千円預かりましたという。そして代金は一万五千余円と。

「一万七千円有ったでしょう?」というと、一万円分は納して、端数の札を数える。

「六枚です」

「……?」

 手品に長けているのかな?

 自分で数えて渡さなかったので、抗弁はできない。

 室に戻ると、二千円抜き取ったあとの八千円が広がっていた。

 二枚追加したのは間違いない。すると、考えられるのは、五枚あるものと思っていた、五千円分が、実は四枚だけだった?

 釣り銭バックには、いつも一万円綴じと、一万円にならない端数の分は、必ず五千円分だけを置いている。

 残りの端数は、懐の買い物用の小財布に入れることにしており、その作業はいつもの習慣である。

 ……

 ときどき、人が信用できなくなる。


 独り身の者が、女性に恋をしても、人々は夢に見たような優しさは決して示さない。

 なぜか、恋する男はあざけてやるもの、と決まっている。

 人の恋心をわらう者は、雷に打たれて死ねばいい。

 いたずら雷太郎ではなくて、雷親の必殺落雷こそ、似つかわしい。


      (続編?無し)


着払いの支払いで、巧妙に余分を払わされて憤慨!

いたずら雷太郎ではなく、親雷を招こうとする?

 (話を展開することなく、終わる)

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