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6.勢い任せの告白

「――首尾よく話はまとまった、ということでいいのかな?」


客間にアーロンと戻ると、ワイングラスを傾けながら父がにやりと唇を吊り上げた。

泣きはらした顔と、私の肩を抱くアーロンを見て全てを察したらしい。


隣にはいつの間にかハノーヴァー卿が来ていて、たぶん彼から全て聞いた上で両親はついて来てくれたのだろうと察せられた。

ここまでお膳立てしてくれたのもきっとハノーヴァー卿だろう。


「はい。私の勝手を許してくださり、ありがとうございました」


照れくささに俯く私をフォローするように、アーロンが一歩進み出て深々と頭を下げた。


「よせよせ。堅苦しいことはなしだ。未来の息子よ、共に祝杯を上げようではないか」

「二人の未来に幸多からんことを」


ハノーヴァー卿が上機嫌にグラスを持ち上げて父のあとに続く。

もうすっかり出来上がってしまっているようで、赤い顔がにこやかに緩んでいた。


「ほら二人とも。アメリア達が困っているでしょう。シャキッとしなさいな」


呆れたように母が言う。

父親二人は気にしたようすもなく、ケラケラと楽し気に酒を酌み交わすばかりだ。


「まったくお話にならないわね。いいわ。男たちは放っておきましょう。二人とも、こっちへいらっしゃい」


ハノーヴァー侯爵夫人が所在なく立ち尽くす私達を手招いた。

並んで母二人の前に立つと、彼女たちは嬉しそうに目を細めて笑った。


「まずはおめでとう。アメリア。あなたに苦労かけていたことも気付かず、申し訳ないことをしたわ。ミュスカーにはあとできつく言っておくから」

「……いいんです。彼が変わっていくのを止められなかった私にも非があるので」


夫人の労わるような表情に微笑んで見せる。


そう、ミュスカーだって最初のうちは優しかった。私への愛情を信じられるくらいには。


けれどリリィからの呼び出しが増えるにつれて、私への態度がぞんざいになっていったのだ。

気付いた時点でもっと話し合うべきだったのに、こんな私を貰ってくれるのだからと変に遠慮したせいで悪化の一途を辿ってしまった。


「私が至らないせいで、みんなを振り回してしまって申し訳ありませんでした」


ぺこりと頭を下げると、夫人は優しく笑って首を振ってくれた。


「正直、私と夫はあなたがアーロンを選ぶと思っていたから。落ち着くべきところに落ち着いたと思っているわ」

「そうね。私もアメリアとアーロンは両想いだとばっかり思ってたから、ミュスカーとって言い出した時はびっくりしたもの」

「お母様……それにはいろいろと事情があって……」


母が笑って言うのに口籠る。

私の羞恥と、ミュスカーの嘘と、アーロンの遠慮。

いろんな要因が重なり合っていて、上手く説明はできない。

だけど一番の原因は、やっぱり私なのだと思う。


「どうせロクに話し合いもせずに、誰か一方の話だけ信じて暴走したんでしょ」

「ええ……はい……さすがお母様です……」


全くもってその通りなので反論のしようもない。

母親というのは恐ろしいものだ。


深く反省する私をよそに、母はアーロンに視線を向けた。


「アーロン。至らないことばかりだけど、娘をよろしくね」

「あら、至らないのはうちの方よ。弟に負けて逃げ出すような男だもの」

「ひっどーい。謙虚で思慮深いのよねぇ?」

「いえ、全く返す言葉もありません……」


ハノーヴァー夫人の容赦ない言葉に、今度はアーロンが肩を落とす。

だけど彼は何も悪くない。私のせいでこんな風に思われてしまう申し訳なさに慌てて口を開いた。


「あの、違うんです! 私が逃げ回ってただけなんです! その、恥ずかしくて、恥ずかしいってつまり、アーロンが好きだって気付いちゃったらどうしていいのか分からなくて、前よりもっと素敵に見えてドキドキしちゃって、だからアーロンは全然何も悪くなくて、私の態度が良くなくて誤解させちゃって、さっきだってあんまり嬉しくてずっと好きだったのにそれも上手く言えなくてっ」

「アメリア、アメリア」

「だからアーロンはっ、……はい、なんでしょう」


必死の弁明に、侯爵夫人が苦笑しながら待ったをかける。


「息子が死にそうだから止めてあげて」

「え?」


侯爵夫人が指差す方に視線をやると、顔を真っ赤に染めたアーロンが、片手で口許を覆いながらそっぽを向いていた。

それで自分が何を言ってしまったかに気が付いて、つられるように赤くなる。


「……良かったわね。ちゃんと愛されてんじゃない」


ニヤニヤと笑いながら侯爵夫人が言う。

完全に楽しんでいる顔だった。


「……はい。ずっと好き、でした……。ミュスカーには申し訳ないことをしてしまいました」


死ぬほど恥ずかしかったけれど、さっきの時点でアーロンに告げたかった言葉だ。せっかく言えたのだから、もう誤魔化すような真似はしたくなかった。


「いいのよ。どうせあの子がズルしたんでしょ」

「アーロンへのあてつけかしらね?」

「でしょうね」

「まーそういう子よね。リリィが自分のものにならないからって」

「あたしあの子きらーい」

「あたしもー」

「てかあの家族デイジー以外きらーい」

「わかるー」


あまり顔には出ていないけれど、実は母親二人もだいぶ酔っているらしい。

淑女らしからぬ会話の応酬に戸惑ってしまう。


「……アメリア、行こうか」

「え、どこに」


促すように肩を抱かれて動揺する。

まだまだこの距離には慣れることが出来なさそうだ。


「どこか、二人になれる場所に」

「やだーやらしーい」

「母さんはもう黙ってて。飲みすぎだよ。協力してくれたことは感謝してるけど、アメリアを酒の肴にする気はないから」


ムッとした顔でアーロンが言う。

私の前では大人っぽい表情ばかりだったから、思わず見入ってしまう。

こんなふうに子供っぽく露骨に不機嫌な顔を見るのは初めてだ。

しかも私のために怒ってくれているのだとなれば、嬉しくて顔が緩んでしまうのを止められなかった。


「再会したばかりなんだから少しは浸らせてよ」

「わかったわ。ごめんね、嬉しくって。夕食でちゃんと話しましょ。それまでごゆっくり」


苦笑しながら侯爵夫人が手を振った。


ぺこりと会釈をすると、これ以上冷やかされては堪らないとアーロンが急かすように私の手を取った。

繋がれた手を見て、普段はしっかり分別のある両夫妻が茶化すように歓声を上げた。


思わずアーロンと顔を見合わせて苦笑する。


お酒って怖い。

飲める歳になったら気を付けよう。


そんな何気ないアイコンタクトが通じるのが、心から嬉しかった。

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