11.愚か者は退場させられる
「ちょっともう最悪なんだけど。どうするのよこれ」
「さすがに見過ごせんな。ジョシュア、二人をどこかに隔離しなさい」
ハノーヴァー夫妻がうんざりした顔で執事に告げる。
ジョシュアは「かしこまりました」と恭しく礼をして、一応屋敷の主の息子であるミュスカーを難なく羽交い絞めにした。
「なんだよ離せふざけるな!」
「ごめんなさいねアメリア。すぐに着替えを用意させるわ」
「いいんです。リリィに言い返せてスッキリしましたし」
「せっかくの祝いの席が台無しだ。明日あいつら抜きで仕切り直させてくれ」
心底申し訳なさそうな顔で言って、それからハノーヴァー夫妻は私の両親にも丁寧に謝罪をしてくれた。
「ああそうだミュスカー」
喚きながら引き摺られていく次男に声を掛けて、ハノーヴァー卿が目を細めた。
「今までは馬鹿でも可愛い息子と思って甘やかしておったがな。大間違いだった。こたびのアメリアへの仕打ちは許せん。もちろん二人を騙したこともな。我儘でも甘ったれでも構わんが卑怯な男を許すことは出来ん。相応のペナルティを覚悟しておけよ」
厳かな声にミュスカーが蒼褪めて大人しくなる。
申し訳ないけれど同情の余地はない。
リリィに唆されてさえいなければ結果は違っていたかもしれない。
けれどすぐに人の言うことに影響される芯のなさや、それを全部人のせいにする幼稚さを目の前にして、最後に残っていた微かな情さえもなくなってしまった。
続くように細身のメイド長が小柄なリリィを担ぎ上げる。惚れ惚れするくらいに力持ちだ。
「やだ! やめてよリリィまだあの女に言いたいことがあるんだから!」
「リリィ、君もだ。今までご両親との付き合いで見逃してきたが、さすがに目に余る」
抵抗しようとするリリィにハノーヴァー卿が言う。
「君が生まれてからアンダーソン卿はくだらん男に成り下がった。やつとの縁ごと君を断ち切ることに決めた。二度とこの屋敷に足を踏み入れるな」
威厳たっぷりの圧力を込めた宣告にリリィが震えあがる。
アンダーソン伯爵家はハノーヴァー家の腰巾着をしていたおかげで社交界でそれなりの立場にいられるのだと噂で聞いたことがある。
もし本当に縁を切られたら、少なからぬ影響が出るはずだ。
きっとハノーヴァー卿は包み隠さずそうなった経緯を聞かせるだろう。
原因が猫かわいがりし続けていたリリィなのだと知った時、アンダーソン家の両親はどんな反応をするか。
アンダーソン家とはほとんど付き合いのない私には分からなかった。
ハノーヴァー卿のリリィを見る目つきは厳しい。
さっきまで酔っぱらって私達を冷やかしていた、気のいいおじさん然とした雰囲気は綺麗に拭い去られていた。
「アメリア、大丈夫かい? 止められなくてごめん」
強制退場させられる二人に目もくれず、物凄く申し訳なさそうな顔で言うアーロンに小さく笑う。
「やだ、あれを止めるのは無理よ。気にしないで」
あんな幼稚な手に出るなんて、常識のある人間なら思わないだろう。
私だって予想していなかった。咄嗟に動けなくたって仕方のないことだ。
クスクス笑いながら言うと、アーロンが困ったような顔で眉尻を下げる。
自責の念に駆られているのだろうけど、彼に悪いところなんて何一つない。
こんなふうに拗れてしまったのは、誰にも言わずに全部抱え込んでしまった自分のせいだ。
もっと早くにハノーヴァー卿に打ち明けたり親に相談したりするべきだった。
それをしてこなかったのだから、この程度の仕打ちで済んで良かったと思うべきだろう。
アーロンは私の手から優しくタオルを奪って、まだ濡れたところを拭いてくれた。
「ありがとう、アーロン」
「……強くなったね、アメリア」
「ずっと二人に振り回されて腹が立ってたのよ……もしかして、嫌いになっちゃった……?」
急に不安になっておそるおそる聞くと、アーロンが嬉しそうに微笑んで首を振った。
「まさか。ますます好きになった」
そう言って汚れるのも構わず私を思い切り抱きしめた。
服に染み込んだ果実酒の甘ったるい匂いも相俟って、酔っぱらったようにクラクラと眩暈がする。
「……気持ちは分かるがそういうのは自分の部屋でやりなさい」
「はい、申し訳ありません」
複雑そうな父の言葉に、ちっとも反省していない顔でアーロンがぺこりと頭を下げた。
私はといえば、真っ赤な顔で俯いてしまって何も言うことが出来なかった。