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たった一つのまほろば -It's an only Magical World-  作者: 宙乃夢路
第六章 たった一つの時間旅行
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たった一つの時間旅行18:最終決戦

 私は誰ですか。君はミナ。アルミナ・アルファート。それなら、あなたは誰ですか? 僕はクーニャ。これは君に貰った大切な名前だよ。そう……でしたね。じゃあ私は今、何のために戦っているのですか。他人の命をおもちゃのようにもてあそぶ悪い悪魔を退治するためだよ。……なるほど。段々と思い出してきました。私が要らぬことをして、焚き付けたのでしたね。それは違う。君が何もしなければ、もっと酷い結果になっていたと僕は思うよ。どうしてそう言い切れるのですか。私は何もしない選択を試していません。別に言い切ったつもりはないけど、僕は君が選んだ今の選択が間違いだなんて思わない。そうですか。でも、私も間違っているとは思っていませんよ。ただ、それ以外が上手くいかなかったというだけです。……。

 ところで、今日は何日目ですか? 今日で七日目だよ。つまり、明日が決戦の日だ。また間に合わなかったのですね。それなら、もう一度初めからやり直しです。いいや、もう時を巻き戻すのは止めにしよう。一人じゃなくて、みんなと協力して戦おう。一人ではないと思っています。言い直すよ。僕らだけじゃなくて、みんなと協力して戦うんだ。僕の主観では七日間でしかない。だけど、君にとっては一体何日が経過した? いや、何日なんてものじゃない。何年? それとも何十年? もしかしたら何百年かもしれない。君はもうとっくに限界なんだよ。そうですか。……そうかもしれませんね。…………そうしましょう。いえ……もう……色々と疲れてしまいました。


 僕の意見に流されるがままミナは攻撃の手を止める。すると、今まで交戦していた魔法使いの悪魔(ファウスト)もまた動きを止めた。彼女に僕たちを殺す気がないわけではない。判断基準は本人にとって面白いかどうかなんだと思う。つまり、棒立ちするミナを仕留めるのは彼女にとって面白くないってことだ。


「休憩するのかな?」と悪魔が遊び足りない顔をする。

「………………いいえ。ただ、開戦の時までしばし待機しようという話になりまして」

「やっとですか。そもそも今日は何日目ですか? 記憶の引き継ぎは必要な時にしかしてないので回数は分かりませんが、何度も繰り返すものだから既に日付の感覚が狂ってしまいました」

「もうそろそろ七日経つそうです。約束は朝早くにしたので、あと数時間後ということになるかと」

「それは楽しみです。色々とやってみたいことがあるのですよ」

「それは良かったです」

「こうも反応が薄いと、話していて楽しくありませんね。そうだ。外を覗いてみましょう。いや、ちょっと待って。せっかく色々と準備をしてくれてるかもしれないのに、それを見るのはネタバレになってしまいますね」


 それからは特に会話をするでもなく沈黙が続いた。そして、ついにその時が訪れる。


「……時間になりました」とミナが告げる。何時何分というように正確な時間を口約束したわけではないから、ミナが森を平地に変えた時間は既に過ぎていた。外の様子を見ることができないから、まだ戦う準備が整っていないことを想定して余裕を持たせたのだと思う。

 ミナの合図でファウストは杖を掲げた。何かが光ったり浮かび上がったりすることはなかったけど、その動作の後に僕たちのいる内側と皆がいるはずの外側とを隔てていた結界が揺らいで少しずつ消えていった。これで外の様子を見ることができるようになった。

 僕たちのいる場所を取り囲むように小さな大砲がぐるりと並んでいる。その向こう側には武器を手にした人々が八方に分かれて待ち構えていた。一つの集団は大体三十人くらいで構成されていて、ただその内の一つだけは三人しかいなかった。言うまでもなく僕の仲間たちだ。そして、集団より更に後方にはいくつかの大きな砲台がこちらを向いている。

 結界が完全に消えるまで、律儀にファウストは動かなかった。こうして、この国の民とたった一人の大悪魔との戦いが始まったのだった。


「何を悠長に構えているのですか。私を視界に入れた瞬間、一斉攻撃をしなくちゃダメじゃないです」


 ファウストは余裕をかまして動かなかった。一方でミナもまた動かない。


 ミナ、何をボーッとしてるんだい。きっと僕たちがいるせいで皆が攻撃できないでいるんだ。あ、すみません。その通りですね。


 ミナは魔法で空に舞い上がった。この高さならば砲弾の爆風に巻き込まれることはないだろう。だけど、宙にいるということはファウストとの距離を開けるということでもある。透かさず攻撃を仕掛けたのは悪魔の方だった。それから少し遅れて大砲が一斉に発射され、ファウストを爆心とした爆風が土埃を巻き上げる。


「イタタ、砲弾に魔法が仕込まれていますね。もしかして、ミナさん。あなたの作った魔法石ですか? でも、いつの間にそれだけの数を作り、供給したのでしょう」

「……」


 ミナはファウストと一騎打ちをした七日間においても魔法石を作りながら戦っていた。転移先を僕たちの拠点に設置するしかなかったけど、それを見つけたマイカが意図を汲んでこの戦いに持ち込んでくれていたのだと思う。魔法石製造は僕たちの生存を伝える意味もあった。もちろん、敵に種明かしをする必要はない。だけど、ミナがだんまりを決め込んでいたのには別の理由があった。単純に話を聞いていなかったのだ。ミナの瞳が映すのはファウストを中心として対角線上にいた集団の姿だった。


「……だから足手まといを戦いに加えるのは嫌だったんです」


 まるで見えない大岩が真上から押し付けられたかのようだった。人だった肉片がその原型すら分からないほどに潰されている。もはやいくつと数えることはできない。だけど、数秒前の光景を思い出せば、先ほどまでそこに三十ほどの命があって、それら全てが一瞬の内に失われたんだということは想像に難くなかった。


「数秒前にやり直しましょう……」ミナのその言葉を最後に、僕やミナを除くみんなの意識がどうなったのかは分からない。






 まさに今、この国の民とたった一人の大悪魔との戦いが始まった。


 周囲に配置された大砲の射線から逃れるためにミナは空へと跳躍した。それを引き金にして大砲が一斉に火を吹く。


 ミナは今、胸を締め付けられるような光景を心の中で思い浮かべていた。魔法少女として一つになっても、何を考えているのかまでは分からない。だけど、その痛みだけはひしひしと伝わってくる。自傷するかのように、ミナは着弾してすぐの大きな爆発の中へ身を投じた。

 熱いなんてものじゃないし、気を抜けば吹き飛ばされそうになるけど、それでも突き進めるのは魔法による逆の力で打ち消しているからだった。七日前のミナにこんな芸当はできただろうか。いや、ファウストと一騎打ちをした七日間はミナにとって果てしなく長い時間であった。実戦の中で身につけたのだろう。


「今度は接近戦に持ち込むことで、周りを蹴散らすスキを与えない作戦ですか」


 長杖同士がぶつかり合い、拮抗した魔法力が弾け飛ぶ。一斉射撃によって巻き上がった土埃が一瞬にして晴れてしまった。取り囲むように並んでいた大砲は壊れている物もあれば、飛ばされてあらぬ方を向く物もあって、どれも使い物にならなくなっていた。


「その策はあなた一人じゃ力不足なのは散々戦って理解しているのではありませんか」


 ファウストはご覧くださいといわんばかりに左を示す。その先の地面にはジャムを塗りたくったようなモノが広がっていた。あれはなんだろうと思った矢先、ミナの強い感情が流れ込んできた。


「もう諦めたらどうです。記憶を持ち越せるのは何もあなただけではないのです。いくらやり直しても結果は変わりませんし、変える気もありません。……そうですね。とっておきの秘策も二度は通用しないと思ってくださいよ。くだらないことで策を浪費しないよう忠告です」


 ははっ! はぁ……だから他人を巻き込むのは嫌だったんです。いくら時間を巻き戻しても、必ず犠牲者は出てしまうのですから。赤いあれは……じゃあ。ご想像の通りです。もしかして、君はもう既に何度か同じ結果を繰り返しているのかい。……思ったよりは悲しくないのですよ。それどころか笑えてしまいます。命を落とした人たちと面識がないから、どこか他人事のように感じるのでしょうか。


 その反応が答えだった。そして、僕の意識は未だ続いている。それはつまり、時間を巻き戻していないということだ。


 ミナはマイカたちの元へ駆け寄る。


「周りの方々は何ができますか」

「えっ……あー、そうね」とマイカは数日ぶりに再会したミナの雰囲気が違うことに驚く。「ここに集めたのはみんな、少なくとも遠距離の魔法剣はできるわ」

「……それなら基本はわたしたち四人として、隙間隙間で間髪いれず攻撃し続けるようお願いします」

「分かったわ。任せて」


 それからはこの場にいる全員による猛攻が続いた。もちろん攻撃の主体はミナであるけど、百を超える兵士たちの拙い魔法も数が集まれば十分な牽制となる。そして、師匠の元で修行した四人の連携もまた強力な武器となった。そういえば、師匠は今どこにいるのだろう。この国に渡る途中、襲ってきた鬼の悪魔の集団を倒して鰻の悪魔に食べられてしまったっきり行方知れずだった。

 当たり前だけど、全てが思い通りに行っているわけではなかった。マイカもアリエもピトゥーラも、ミナがかばわなければ命を失っていたかもしれない場面がいくつかあった。僕の主観では分からないけど、もしかしたらそれは本当に一度命を奪われていたのかもしれない。そして、いくら休む間もなく攻撃を続けるからといって、ファウストの脅威的な魔法の向く先が必ずしも僕たちだけとはならなかった。周りにいる味方たちの数は着実に減っていく。僕の覚えている範囲で、ミナもまた無理をしてまで救おうとはしなくなった。


 ミナは心に蓋をして感情を殺すフリをしている。フリと言っているのは、心の内側から湧いてしまう感情を湧かないように殺すことはできないからである。だから、代わりにその感情を見て見ぬフリをして、考えないようにしていた。ミナの心はもう限界なんだと思う。

 時間を巻き戻せば命を救えるかもしれない。それはつまり、再挑戦を十回して上手く行かなかったとしても、十一回目には上手くいくかもしれないということだ。だけど、現実には何度繰り返しても上手くいかない。たまたま一つが上手くいったとしても、すぐにまた別の命が失われようとする。それでは切りがない。だから、どこかで妥協する。でも、そうすると救えたかもしれないのに、自分で救わないことを選んだことになってしまう。言い方を変えれば見殺したということだ。

 僕自身はそうは思わない。ミナが責任を負う必要は一切ないと断言できる。だけど、不可能を可能にしてしまう究極的な魔法の力はミナの優しすぎる心にはきっと収めることができないのだ。


 ファウストはいやらしい目つきでニヤッと笑った。この時も僕たち四人は手を休めることなく猛攻を続けていた。ファウストが周りの兵士たちにかまける余裕はなかったはずだ。それなのに、ヤツは自らスキを生んでまでして十数人の命をもてあそんだのだった。時間を巻き戻せば救えるかもしれない。そう思えるような殺し方をする。これは明らかにミナを挑発する目的だ。これで何回目だろう。やり直した時間も含めれば数え切れないのかな。もちろん、僕の主観ではそもそも数えることはできない。


 ミナは命をもてあそぶその様子に見て見ぬフリをした。救えたかもしれない。だけど、見殺しにしたのだ。

 挑発で生じたスキをついてファウストを突き飛ばす。予想外の直撃を受けたヤツのその笑い顔を見たのは初めてかもしれない。記憶を引き継げるというのに、その表情の中に驚きが混ざっていたのだ。それはつまり、今この時刻において一巡目であることを意味していた。時間を巻き戻せば救えるかもしれない命を救おうと試みてすらいなかった。


「ピトゥーラさん、協力してください!」


 ミナは杖を引きずるように持ち替えて走り出す。すると、地面に落ちている鉱石の数々が杖に引き寄せられていった。それらから逃げるように跳躍する。鉱石もまた水の魔法で包み込んで操作することで宙に集められた。二人の魔法によって人の体の数百倍はある大きな岩槌が完成し、それをファウスト目がけて振り下ろす。


「追撃をお願いします!」


 マイカの地水火風四つの魔法石を同時使用した複合魔法剣が怯むファウストに追撃を与える。続いて、アリエの全身を具現化させた悪魔がファウストを圧倒的な物理で追い詰めていく。ミナが魔法力を杖に集中させる間、遠方で構えていた砲台から大量の魔法石を積んだ砲弾が打ち上がり、放物線を描いてファウストに着弾した。先程のとは比べ物にならない爆発の中にミナは再び身を投げて、爆心にいるファウストに超圧縮した魔法力を打ち込む。最後にピトゥーラの深海を生み出す魔法がファウストの遥か上空から落とされた。


 皆が悪魔の生死を静かに見守った。体感的には数分にも及ぶ、でも実際にはたった数十秒の時が過ぎた。


「多少の犠牲もいとわなければ……ここまでのことができるのですね。それでこそ、遊び甲斐があるというものです」


 沈黙を打ち破ったのはファウストだった。僕たち全員の力を合わせた攻撃も大悪魔を打ち破るまでには至らなかったのだ。全くの無傷というわけでは決してない。それでも、まだ余力を残していることは明らかで、一方で僕たちはどうだろう。まだ戦うことはできるけど、このまま戦いを続ければ勝てるという見通しは少しも立たなかった。

 マイカの率いる兵士たちの士気は絶望的なほどに下がっていた。開戦直後の絶対に勝ってやるんだという思いが伝わるほどの気迫が嘘であったかのようだ。きっとこの場にいる多くが、勝てるわけがないと諦めてしまっている。

 それでも……今のところ見通しが立たなくたって僕だけは最後まで諦めない。それが僕にとっての主人公像だから。いや、僕だけというのは傲慢かもしれない。だって、マイカもアリエもピトゥーラもまだちゃんと戦う意志が残っている。ねえ、ミナ……僕たちはまだ戦えるよ。……ねえ。


 ミナの顔から生気が感じられない。空っぽの目をしていた。だけど、頭の中だけはきっと誰よりも感情が渦巻いているのだろう。内に秘めたその感情の一端が僕の頭にまで荒波のように押し寄せてきて頭痛を促しているのが証拠だ。これらの感情の意味を僕はミナ本人じゃないから分からない。でも、これだけは分かる。ミナもまた抗うことを決して諦めてはいないってことだ。


 リセット──ミナは一つになっている僕にだけ聞こえる声でそう言った。


 予想外の直撃を受けて突き飛ばされたファウストのその笑い顔を見たのは初めてかもしれない。記憶を引き継げるというのに、その表情の中に驚きが混ざっていたのだ。それはつまり、今この時刻において一巡目であることを意味していた。時間を巻き戻せば救えるかもしれない命を救おうと試みてすらいなかった。


「みなさん、協力してください!」


 上空に浮かび上がったミナは地面に突き出した片手の先に紋様の刻まれた環状の魔法を生み出す。もう一方の手に持った杖を掲げて、その先端に魔法力を溜め始めた。この場にいる仲間たち皆に何をするべきかは既に伝えてある。そして、ためらいを覚える兵士たちもいる中、その先人を切ったのはマイカだった。


「あんたのこと信じるから、裏切るんじゃないわよ」


 マイカは四つの魔法石を使った最大奥義をファウストではなくミナに向ける。それに続いて、アリエやピトゥーラ、生き残っている兵士たち、遠方で構える砲台と、全員が自身の持てる限りの攻撃をミナに向けた。


「全吸収──魔法回帰」


 ミナの生み出した魔法陣に皆の攻撃が吸収されていく。気の抜けない制御が必要になるようだ。もしも制御を失敗すれば、皆から受けた力はその全てがミナに牙を向くこととなる。しかし、成功すれば魔法陣を通った魔法力は増大して杖の先端に集めた魔法の塊へと集められていく。最終的にその大きさはもしかしたら一つの都を覆うほどにまで膨れ上がったのではないだろうか。魔法力の塊が空を覆いつくしたかと思うと、それは一瞬の内に一点に集められる。全員の力を合わせた合体魔法が解き放たれた。ファウストは直撃する直前、魔法で生み出した黒い鉱石を打ち出したかのように見えた。だけど、そんなちゃちな反撃は合体魔法の前で意味はない。直視できないほどの強烈な閃光がファウストを包み込む。


「わたしはとうとう……ヒトの命を使い捨てにしてしまったのですね……」


 ミナは光を見つめながら、散っていった命に対して小さく呟いた。


 光が晴れると、ファウストは倒れていた。腕や脚の一部が消滅している。全身の肌もただれていて、見るに堪えない様子だった。これではもう、普通の人であるならば生きてはいない。だけど、こいつは灰の悪魔だ。

 ドクッ──ファウストの体は電気が走るように動いた。ドクッ──もう一度跳ねる。そして、何度か繰り返された。やんだかと思えば、今度は損傷した体の部位が鉱石のようなもので埋められていく。ただれた肌に霜が入り、肌を覆うように薄い氷が広がっていった。ファウストは宙に浮くようにして立ち上がり、遠くまで飛んでいった傷一つない長杖を手元に引き寄せた。


「はあ……はあ……流石に今のは……堪えますね。でも……まずは一人」


 ファウストが指をさした方を見ると、そこにはピトゥーラが倒れていた。いや、一目見て分かる。彼女は既に死んでいた。頭の半分がえぐられたように失っていた。小さい角を隠すためにかぶっている帽子も見当たらない。


 ファウストは歪な形をした黒い鉱石を手元に生み出す。その鉱石には見覚えがあった。ピトゥーラの倒れる少し先に落ちている物によく似ている。そして、もう一つ。合体魔法を撃った時に見たやつだった。灰の悪魔と僕ら生物の決定的な違いを改めて思い出す。別に魔法じみた攻撃じゃなくても、僕らの命は簡単に奪えることができてしまうのだ。


「何を悲しんでいるのですか? だって、時間を巻き戻せば、その魔法使いは救えるでしょう」


 ヤツの言う通り、時間を巻き戻せばピトゥーラのことは救えるのだろう。だけど、手の内を一つ明かすことに繋がる。それどころか、自らスキを生むような挑発はもうやってくれないかもしれない。ファウストはミナの心を壊そうとしている。時間を巻き戻される以上は負けもないが勝ちもない。だから、その力を使おうとする意志を折ることがファウストにとっての勝利条件となる。そして、時間を巻き戻せば体の損傷はなかったことにできるけど、心の損傷は記憶を引き継ぐ関係で蓄積されたままになってしまう。つまり、ファウストにとってもリスクを犯してまで同じことをする意味はないのだ。


「それは……できません……。ピトゥーラさん……本当に申し訳ありません」

「なるほど、なるほど。あなたは仲間の命を見捨てる選択をするのですねぇ」

「マイカ! はやく、はやくルッキー先生を助けてよー!」


 マイカは取り乱すアリエの頭を撫でる。


「任せて……。ちょっと、あんた。その気持ち悪い笑い方するのやめてもらえない」

「これは失礼しました。ですが、魔法使いの心が壊れていく様が愉快で愉快で」

「だから、なに勝ち誇ってるのよって言ってんの! ミナ、安心しなさい。時間を戻すとか見捨てるとかはよく分からないけど、ピーちゃんはあたしが救うわ」


 あたしだって魔法使いになれたんだから。マイカはそう言うと、腰の刀を鞘ごと手に取る。次の瞬間、刀は狐の姿に変わってしまった。


「コン!」と狐は鳴いた。「コンちゃん、あたしたちの力を見せつけるわよ」


 マイカは腕に抱く狐──コンちゃんと共に光を授かった。


 ふとマイカと始めて会った時のことを思い出す。僕の前に現れた時、桜が舞ったように見えたんだ。そして今、再び桜が舞い散る。マイカは普段から羽織っている桜柄の羽織とよく似た和装を身にまとっていた。だけど、この国の着物にはない特徴がところどころに見られる。最も大きな違いはミニスカートのように膝が出ていることだった。そして、背中に束ねられた帯が蝶のように可愛らしく広がっている。本来の着物にはあまり見られないひらひらとした布地やリボンなどの装飾が至る所に施されていた。さらに、もったい付けたかのように頭には狐の耳が生えているのだった。


 この国には狐の嫁入りという言葉があるらしい。だから、僕はマイカのその姿を狐嫁の魔法少女と名付けた。

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