たった一つの主人公09:本当の戦い方
悪魔が灰色の炎を吐き出す予備動作に入る。次の瞬間には辺り一面が火の海に包まれるのだろう。
どうする? どうすればいい? 僕だって一緒に戦っているんだ。主人公になると決めたんだ。彼女が勝ち筋を常に考えていたように、僕も何か時間を稼ぐ手立てを考えろ。彼女を守る手段を考えろ。
「そもそもどうして僕を必要とするんだ?」
魔法の力は魔法使いである彼女にのみ与えられたものであり、僕はその才能を何一つ持たない。
「なら、僕には魔法以外の役割があるんじゃないか?」
魔法少女とは灰の悪魔に魔法で対抗するための力。戦うための手段だ。
「悪魔の常識外れた攻撃を一度でもまともに受ければ人間の体は持たない」
触手の強烈な攻撃をお腹に受けた時、僕だけがダメージを負ったことを思いだす。あれは、僕が全てのダメージを肩代わりしたからだと考えられる。
「そうだよ……僕の役割は防御なんだ。魔法少女を守る盾なんだ」
僕は答えを導き出した。
「まだ時間切れじゃないよ。僕が時間を稼ぐから、君は思いついた対抗策を実行してほしいんだ」
「ですが! それだとあなたが!」
「頭のいい君なら分かるだろう。もう僕たちはあの炎から逃れられない。だけど、その時に僕は君の意思に関係なく君を守る。なら、せめてその後の状況が僕たちに有利な状態であってほしいんだ」
「……分かりました。だけど、必ず生きてください」
その言葉に僕は返事をすることができなかった。
魔法少女は目をつぶる。耳を塞ぐ。五感の全てを魔法に向ける。そして、雲を囲うほどの魔方陣を空に描いた。
「一つ──全にたゆたう塵あくたよ。今が使命を果たすとき。昇れよ昇れ、天まで昇れ」
空に広がる雲の層が見る見るうちに濃く厚く変わっていく。そして、今にも落ちてしまいそうな雲の化け物を生み出した。
僕はやっぱり特別なものなんて何も持ってない。だけど、主人公になりたいと望んでしまった。僕は呪われてしまったんだ。
その時、灰の悪魔が咆哮を上げる。空気中に散布する灰色の粉が赤く染まり熱を持ち始めた。
灰色の炎が悪魔の口から微細な粉を伝って燃え広がる。
「うわぁぁああああぁぁあぁあぁ」
呪われてしまったのなら、望みを叶えるしか呪縛から解放される術はない。だけど、“特別”を持たない僕にとって、この呪いは手に負えない代物だ。
「あああぁぁあぁああぁぁあああああ」
普通でしかない僕が過ぎたるものを望んでしまったのなら、自分という存在の全てを、それこそ命だって捧げる覚悟でなきゃ叶えられるはずがないんだ。
この世界はきっと優しくできていて、だけど、優しいだけじゃ何も手に入らないのだろう。
だから、僕は自分の命を張ってでも君を守る。君が受ける全ての痛みを僕が貰うんだ。これが特別なものを持たない僕の唯一の戦い方であり、呪いを解くための最初の一歩なんだ。
「ああぁぁああああぁぁあぁあぁ……」
魔法少女は灰色の炎に包まれながら、それでも冷静に詠唱を続ける。
「二つ──雫は昇り姿を授かる。けれども、それは仮初の夢。天へと昇り地へと降りるは幾星霜。夢はうたかた雫は恵む」
微かな衝撃がポツンと一つ、続けざまにもう一つ。気づけば、雨粒が視界の上から下へ落ちてきた。そして、炎もまた地に集まるように勢いが失われていく。もう灰色の炎を恐れる必要はない。
そして、これは魔法少女も計算していたわけではなかったが、都合の良いことに悪魔の動きが完全に止まる。
この好機を逃さない手はない。魔法少女は更に詠唱を続けた。
「三つ──怒れる神の雷鎚よ、さあ落ちて下さい」
「これで終わりだぁぁぁぁああああああああ!」
僕は叫んだ。
一瞬とも永遠とも思えた時間が終わりを迎える。僕は君を最後まで守り抜くことができたんだ。
魔法が紡ぐ雷雲の中心に一筋の光が差し込む。その光は悪魔の心臓を穿ち、数秒遅れで勝利の雄叫びをあげた。
灰の悪魔は初めからこの世界に存在などしていなかったかのように、一片の姿形も残さずに消えていた。
この時、僕は僕にとっての主人公というものが何なのかを理解する。結局は魔法少女が言っていた通りだったのだ。