たった一つの主人公07:魔法少女
主人公らしいものが僕の中にもあったということなのだろうか。
魔法使いと契約を交わすことで魔法使いは魔法少女となる。それは僕にしかできない僕の使命だ。つまり、僕は知らなかっただけで、主人公の資質というものを持っていたことになる。
でも……嬉しいはずなのに、浮かれていてもおかしくないはずなのに、わだかまりを覚えずにはいられなかった。
主人公へと近づく上で使命という道しるべは大いに役立つ。なぜなら、物語の主人公の多くは何かしらの大きな使命を背負っているからだ。物語の主人公は使命に流されるように進み、やがて憧れる何かを手にするものなのだ。
だけど、僕自身はそれで納得できるのか。使命を果たすことが主人公になる条件であるなら、もしもこの使命がなければ僕は主人公になれないということになるのではないか。
何も持たない僕が、それでも願望という呪いを良い形で解いてやるんだと決意したはずなのに、その決意をなかったことにしているように思えてならない。
何という贅沢な悩みなんだ。
僕は思考を放棄する。少なくとも、今考えるべきことではないのだから。
僕の体は無事なのか? 魔法使いと魔法剣士の状況は? 新たに現れた悪魔は今どこで何をしている? 優先すべきは現状把握だ。
僕は次なる灰の悪魔を視界に入れる。二足歩行ではあるが腕がなく、その代わりに背中から尻尾のような触手が無数に生えていた。
背中の触手は一本一本が意思を持つように別々の動きを見せる。それも目で何とかギリギリ追えるかというくらいには素早いのが厄介だ。目で追えるだけというのはつまり、この猛攻に体が付いていけるわけではないという意味なのだから。
「マイカさん! わたしが囮になりますので、先にここを退いてください」と、これは魔法使いの声だ。
「そしたら、ミナが危ないでしょうが。幸いあたしを積極的に狙う気がないみたいだから援護するわよ。ていうか、なんでこんなに強いわけ!」
「分かりません。今まで戦ってきた悪魔がたまたま弱かっただけなのかもしれません」
魔法使いと魔法剣士が必死に灰の悪魔と戦っている。いや、魔法使いは僕を抱きかかえながら悪魔の攻撃に対処しているだけで、魔法剣士だって離れた所から手助けしているに過ぎない。
つまりは防戦一方という感じで、とてもじゃないが戦えているとは言えない状況だった。
そして、僕の熱を帯びた体は少しも動かせる気配がない。やっぱり、現実の世界では致命傷を負ったままというわけだ。
「あの……魔法使い……さん」
「目を覚ましてしまいましたか。だけど、今は何も喋らない方がいいです。絶対にあなたを助けますので、だからどうか逃げ延びるまで持ちこたえてください」
「いや……僕と契約……しよう。魔法少女に……なってほしいんだ」
「魔法少女……?」
「うん。そしたら……君も僕も……まだ戦える。……灰の悪魔と渡り合えるんだよ!」
魔法少女というものが何であるのか彼女には、もちろん僕にだって分からない。もしかしたら、その得体の知れない力はとても危険なものである可能性だって考えられるのだ。
だけど、一瞬のためらいが死に直結するこの状況で悩んでいられる贅沢な時間なんてものは存在しなかった。
「……何も分かりませんが、それをすれば勝てますか?」
「もちろんだよ」
勝てるかなんて分からない。だけど、勝ちたいと望むのだから、何がなんでも勝つしかないのだ。
僕は彼女に儀式の手順を伝える。
魔法使いは僕の小さな体を顔の前に持っていき、吸い込まれそうなほど澄んだ真紅の瞳を真っ直ぐ僕に向けた。
「魔法少女……何だか気恥ずかしい言葉の響きですね」
魔法使いは僕と同じ感想を小さく口にして、唇同士をそっと触れさせた。そして、彼女はこの森になる甘く熟したリンゴのように赤面しながら、僕と一緒にこう叫ぶのだ。
「「オープンハート──合言葉はまほろば」」
そこには光があった。世界を創造したとされる希望に満ちた光がそこには確かに存在したのだ。
果実の香りに満ちた樹海に純白の花嫁が舞い降りる。第一印象は魔法使いの時の格好とそう大差ない。
純白の長髪に真紅の瞳。透き通るような白い肌。そして、鈍器にも見える大きな杖を構える。しかし、衣装には決定的な相違があった。
骸骨は言っていた。
「魔法使いは……なんていうか古臭い。根暗というか暗いイメージだ。そんで地味。一方で魔法少女は今風な感じで、キラキラと派手なイメージだな」
言いたいことは何となく分かる気がする。装飾が多く施された衣装はまるでお人形さんが着ているドレスのようで、少女というに相応しいものであった。
「さあ、一緒に戦おう。僕は君の杖となるよ」
「はい、よろしくお願いしますね」と魔法使いは、いや魔法少女は答えた。
僕たちはもう逃げ回るだけじゃない。今なら戦えるんだ。目の前の悪魔と今度こそ対峙する。