たった一つの色彩設計19:マスターピース③
ピトゥーラさんが時の流れの異なる空間に引きこもって一日以上が過ぎていた。
つまり、ミールさんが作った白い空間の中では二日以上の時間が経過したことになる。
マイカさんはやっぱり居ても立ってもいられない様子で、先ほどからずっと同じ場所をぐるぐると歩いている。
一方でピトゥーラさんのお母様は落ち着いた様子で何かの雑誌を読んでいた。
とはいえ、ミールさんの研究室がある洞窟の最深部まで着いていくとお母様本人が言い出したのだから、心配であることに違いはないのだと思う。
いや、もしかしたらルキフェル先生の新作を一番に見たいという愛好者的な欲求なのかもしれない。
「あれー、ルッキー先生帰って来たんじゃないのー」
アリエさんの言葉に釣られて、魔法で生み出された空間に繋がる穴に視線を移す。境界面が波を立てるように揺れ始めていた。
そして、ピトゥーラさんが姿を現した。
せっかくのお召し物が至るところ絵の具まみれになっていて、顔もやつれていて力ないものだった。
だけど、表情には自信とか満足感とかそういった感情もある気がして、きっと作品は完成したのだと思った。
覚束ない足取りで整備されていない地面を踏み外すピトゥーラさんを、慌ててかけ寄るマイカさんが支える。
「あ、ありがとう……ございます」
「いや、いいのよ。お疲れさま」
「あらあら、先生ったら。いつも以上にお洋服、汚していますね」
「あわわ、お母さんも。ごめんなさい……」
「いいのですよ。お母さん、シミ抜きは得意ですから」
「……作品は完成しましたか」
私はそう尋ねた。
「はい……しました……」
「お疲れさまです。先に自宅へ戻って休みましょう」
「えっと……いいえ。大丈夫、です。ピーの作品を今すぐ、見てほしい……です」
ピトゥーラさんの意思を尊重して、私たちは彼女の作品を見るために魔法で生み出された空間へと足を踏み入れる。
その瞬間、私の視界にピトゥーラさんの魔法が広がった。
そこは私の知っている白い空間ではなかったのである。
小さな箱庭に広がる壮大な世界。
空が行き渡り、海が続いている。山が連なり、森が広がっている。人の営みが至る所で発展している。
つまりは空間全てがキャンバスになっていた。
そして、部屋の奥にたたずむイーゼル。そこには何も描かれていないまっさらなキャンバスが立てかけられている。
「凄すぎでしょ……」
「うん! とってもきれーで凄いよー」
「やっぱり先生は……ウチの子は天才です」
「……」
私は言葉を発することができなかった。
頬の上を温かいものがスーッと流れる感触がある。手で触れるとそこは濡れていた。涙だったのです。
確かに少女の魔法が私の心を突き動かしたのです。
視線を感じて確かめてみると、それはピトゥーラさんのものだった。
「こ、これで……依頼は達成、しましたか?」
「……はい」
私の返答を聞いたピトゥーラさんは満面の笑みを浮かべて、そして力尽きて気を失った。




