たった一つの色彩設計15:交換条件
ピーがミナさんに呼ばれている理由は既に聞いている。
魔法使いのミールさんに、街に常駐してほしいと頼み込む話をするためである。
だけど、この人はそういうことを聞き入れてくれる性格じゃないと聞き及んでいた。
ピーのワガママでしかないけど、一つだけやらなくちゃいけないと決めたことがある。それをするためにはミールさんの協力が必要だ。だから、失敗は許されない。
それなら、何て言えば受け入れてくれるのでしょうか。情に訴えればいいのでしょうか。
交渉事なんてやったことないし、ピーの性格から考えてきっと苦手分野のはずだ。
「ピトゥーラさん、いらっしゃいましたか。さっそくではありますが、あの話をしましょう」
「は、はい……えっと、ミールさん……」
「うん〜? 何かな〜」
「ピーは……ま、町の外に……出たいんです」
「あ〜、そういえばサキュバス族はそこら辺厳しいんだっけね。許可が必要なんだったかな」
「はい……ただ、それだけじゃなくて……ピーが町を出てしまうと……町に魔法使いがいなくなってしまいます。だ、だから来てほしいんです。……あっ! ピーはこれでも魔法使いなんですが」
「ふむふむ……治安のために魔法使いが一人は町に常駐してほしいわけだ。そして、その役割をピトゥーラ君に代わってウチにやってほしいと、そういうわけだね」
「あ、はい。説明が下手で、す、すみません」
「う〜ん、だけどウチの魔法は戦い向きではないし、それに研究があるからね〜」
「で、でも……どうしても、外に行きたいんでしゅ……。アスタロト様は別に、戦える必要はないって言ってましたし。それに、洞窟の奥にいるなら、町にいたって同じじゃないですか! けほっ、けほっ……あわわ、ごめんなさい」
普段はあまり使わない喉を酷使したせいで咳き込んでしまった。
それに、早口で色々と言ってしまって、とてもいけないことをした気分になる。
ミールさんの顔を見ることが怖くなって、視界を自分の足元に向ける。
「まあ確かに、洞窟も町も同じかもしれないね〜。そうだな……それじゃ、こういうのはどうだろう」
どんな条件を出されるのかは分からないけど一筋の希望に惹かれて再び顔を上げた。
ミールさんの表情は皮算用する時の嫌らしいものに見えて、途端に怖くなって涙が込み上げてくる。
「あわわ……」
「そんな怖がらなくてもいいんだよ〜。ただ単に、ミナ君たちにウチの実験に協力してもらいたくてね。それと、君たちの旅を観測させてほしいのさ〜」
実験というのが何か分からないけど、きっと魔法や悪魔に関することだと思う。
あと、旅を観測するって着いてくるということでしょうか。
でも、それだとピーのお願いと矛盾してしまう。ということは、ミールさんの魔法ならそれができるということなのかもしれない。
だけど、これはピーのワガママだから、関係ないミナさんたちに何かを強要させてしまうのは間違ってる気がした。
「でも……ミナさんたちは関係なくて。これはピーの問題なので」
「あ〜、それもそうか。しかしね〜、ウチは聖人ではないし、自分の欲望に忠実なのだよ。それは君も同じだろう? これ以上は譲歩できないかな〜」
「あわわ……ど、どうしよう……」
助け舟を求めてミナさんのことを見ようとするけど、それはダメだと思い留まる。
すると、ミナさんの何かを考える無表情がこちらを覗く。
「……実験や観測についてもう少し詳しく聞かせてくれませんか」
「いいとも。実験というのはだね〜。簡単に言えばウチの魔法で作った世界を探索してほしいのだよ。それと、ミナ君の魔法とウチの魔法を組み合わせれば色々と面白そうなことができそうだろう? それに協力してほしいのさ」
「……なるほど」
「それから観測というのはね。君たちが旅で得た新鮮な情報を知りたいのだよ。常に覗き見できればいいがそれはできないから、定期的に連絡をとる感じになるかな〜」
「分かりました。それであれば、わたしは協力しても構いませんよ」
「で、でも……これはピーのお願いなのに……」
ミナさん本人が構わないと言っているのだから好意に甘えていいのかもしれない。
ミールさんにお願いした時はどんな条件を出されても構わないと思っていた。だけど、現実にはピーのできることなんて限られている。
それなら、初めから好意にすがろうとしていたことと変わらないのではないでしょうか。
「気になるのでしたら交換条件としましょう。ピトゥーラさん、わたしに絵を描いてくれませんか?」
「絵……ですか?」
「ミナ、それじゃ町長から出されてる条件とほぼ変わらないじゃない」
「そうでした。それなら……」
「い、いえ……。大丈夫……です。絵、描きます」
絵を描く理由を思い出せた。そして、ずっと外に出たいと思っていた本当の理由が分かった気がするから。
だから、今なら一つの作品を完成させられる気がする。
ただ、問題が一つある。作品を完成させるのには時間がかかることだ。技術も何もかも未熟だから、ピーの筆の速度はとても遅い。
でも、旅をするミナさんたちを待たせるわけにはいかない。
「あの……ミールさん。えーと……時間の流れる速度が、違う世界はあります?」
「あ〜、理解したよ。それならあるが、気をつけないと一人だけお婆ちゃんになってしまうよ」
「い、いいえ。数日だけなので、大丈夫……です。そ、それとも、都合よくはできない……ですか?」
「いんや、都合よくできるから安心したまえ」
「よ、よかった……です」
「それじゃ、君たちを一度町に届けてあげるから準備をしてくるといい。いつまでも水着というわけにもいかないだろう。まあ、ウチ的には今のままでも構わないがね〜」
「お、おほん……いえ、準備してきます。ピトゥーラさんのお母様に外泊することを言わなければいけないでしょうし」
「はっ! そうでした。い、今は何時でしょうか。お母さんがご飯作って待ってるかもしれません」
「時間はまだ大丈夫だと思うよ〜」
魔法で作られた露天風呂が広がる空間を抜け出したピーたちはミールさんに町まで転移魔法で届けてもらった。
だけど、このまま解散するのが何だか名残惜しいと思ってしまう。
お母さんに絵を描くから何日か帰らないことを説明するのにみんながいてくれた方がいいし、何よりお母さんにみんなのことを紹介したかった。
「あ、あの……! ピーのお家でご飯、食べていきませんか?」
「逆に大丈夫なの? ミールさんはさっさと帰っちゃったけど、あたしたち三人も増えて」
「えっと……お母さんに頼んでみましゅ」
「そう。それじゃ、ピーちゃんママに許可もらえたらお邪魔しようかしら」