たった一つの主人公06:灰色の世界②
骸骨の説明はいわゆる一般的な説明の範疇で、僕でも知っていることしか含まれていなかった。
「今更って顔をするんじゃない。お前にとっての常識が、必ずしも世間の常識とは限らないだろう」
「そうだけど、ここには僕らしかいないじゃないか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな」
「って、違くて。あなただけが知る灰の悪魔の秘密とかはないのかなって思ったんだよ」
「うーん、正直に言えば俺もほとんど知らないんだよな。もちろん、今のお前よりは知っていることもあるが、正解だけを教えるってのも味がない」
「つまりは教える気がないってことでしょ。もういいから、本題に戻ろうよ。灰の悪魔に勝つための方法があるんだよね」
「そうだな。んじゃ、本題といこう。お前のご主人様はな。本当は魔法使いじゃないんだ」
あの白髪の少女が魔法使いじゃないだって? だけど、一体目の悪魔を消し去った時に魔方陣のようなものを浮かび上がらせた。あれが魔法じゃないというのなら何だっていうんだ。
「本当は──魔法少女──なんだ」
骸骨は魔法少女と、そう言った。だけど、僕はその言葉の意味を知らなかった。
彼女のような、まだ若い女性の魔法使いを魔法少女と呼ぶのだろうか。仮にそうであるならそれは言葉の定義の話であって、灰の悪魔の対抗策とどう繋がるのかが僕には見当もつかなかった。
「魔法少女……? なんだか気恥ずかしいような、そんな言葉の響きだね。魔法少女というのは、魔法使いと何が異なるというんだい」
「それを説明するのは難しいな。魔法使いは……なんていうか古臭い。根暗というか暗いイメージだ。そんで地味。一方で魔法少女は今風な感じで、キラキラと派手なイメージだな」
ますます意味が分からなかった。いや、おそらくこの骸骨は僕をおちょくっているのだろう。それだけは分かる。
「怒るなよ。違いを聞かれたから答えただけじゃないか。つまりは言葉の違いなんて重要じゃないんだ。今の力とは違う、もう一つの本当の力があるということなんだよ」
「もう一つの力……それを行使するのに僕が必要だっていうのかい」
「そうだ。魔法少女という力を使うために、お前とあいつで契約を交わせ」
骸骨が言うには、契約といっても仰々しい儀式めいたことをするわけではないらしい。物理的な距離を近づければいいという。それは同時に心の距離も近づくのだとか。
まあ、具体的に何をするのかというと、つまりは口づけをすればいいらしい。
「別の言い方をすればキッスだ!」
「ま、まあ……僕は別に……それぐらい何てことないよ」
「ほうほう、さては経験がないのかな?」
「うるさいな……何だっていいだろう」
「だけど、儀式はキスして終わりじゃないんだぜ。もっと恥ずかしいことをしなくちゃいけないのさ」
口づけよりも恥ずかしいことって、もしかしなくてもあれだよね。僕は口の中に溜まった唾を、喉を鳴らして飲み込んだ。
「最後にお前らでこう叫ぶのさ──」
予想とは大きく異なってホッとする。だけど、確かにそのセリフを叫ぶのは小っ恥ずかしくある。
やっぱり骸骨は僕をおちょくってるだけなんじゃないかと考えたが、儀式の失敗がそれ即ち僕らの死であることを盾にされれば、骸骨が説明した通りのことをする以外に選択肢はなかった。
魔法少女になる方法を教わった僕はあの森に戻りたいと心の中で念じて、この灰色の空間を後にする。
そういえば、僕の体は灰の悪魔の不意打ちで風穴を開けられてしまったわけだが、この空間で体に異常はなかった。このまま森に帰ってしまって大丈夫なのだろうかと疑問に思ったがそれももう遅い。