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たった一つのまほろば -It's an only Magical World-  作者: 宙乃夢路
第四章 たった一つの色彩設計
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たった一つの色彩設計04:無理難題

 アスタロトさまとの面会を終えたピーは丘の上に古くからある祠までやってきた。


「ふぇ……ふぇ……もう限界ですー」


 祠と言っても何を祀っているのかも分からないため、実質ここは何もない場所である。だからこそ、訪れる者は滅多にいなくて、一人になりたい時にはうってつけの場所だった。

 でも、体力のないピーはここに来るだけでバテバテになってしまうのが玉に瑕というやつです。


「ふぅ……落ち着きますー」


 リュックから取り出した水筒のお茶を飲んで一息ついた。


 小さなスケッチブックを取り出して、風景画ではなく人物画の落書きを始める。何も飾らず、こだわりも持たずに伸び伸びと絵を描くのは気晴らしにちょうどいい。


「ふひひ、ミナさんもマイカさんも綺麗な人でしたなー」


 迷子のピーを助けてくれた親切な人たちの姿を思い浮かべ、妄想の中で服をはだけていく。絡み合う二人の姿をスケッチブックに描いていった。


「すごーい。絵、上手だねー」

「あわわわわ! み、見てはいけないです!」


 いつの間にかアリエさんがピーの背後からスケッチブックを覗き込んでいた。


「えー、上手なんだから隠す必要ないと思うけどなー。今のお姉様とマイカでしょー。でも、服って後から描くものなんだねー」


 よかった。アリエさんはこの絵がピーのよこしまな妄想だって理解していないみたいだった。


「絵の先生なんでしょー? ルキフェル先生……だと呼びにくいし、ルッキー先生って呼ぶね、ニヒヒー」

「は、はい。あ、いえ、ピーは先生ではありません。なぜか知りませんが画家のことを先生って呼ぶんです。……まあ、ピーが画家を名乗るなんて本物の方々に失礼ですが」

「ふーん、そうなんだー」


 アリエさんはピーの卑屈な言動を華麗にスルーしてすぐ隣に腰を下ろす。

 その時、隠し事をするように覆われた左腕が、服の隙間から覗いて見えた。普通でないことくらいは理解できる。だけど、ピーが頭の小さな角を帽子で隠すのと一緒で、わざわざ話を振ることでもない。


 隣にきた彼女は特に何を話すでもなく楽しそうに遠くを見詰めていた。


 気まずい。友達のいないピーはこういう時、何を話していいのか分からない。だからと言って、沈黙が続くのは耐えられる気がしなかった。


「あ、あわわ……お、お茶、飲みますか」

「……」


 無視されてしまった。何かを間違えてしまったのだろうか。いや、声が小さくて聞こえなかっただけかもしれない。


「あ、ごめん。何か言ったー?」

「いえ、何も言っていません」

「そう……? そういえばさー、町長から仕事を依頼されるなんてルッキー先生はスゴイねー。将来有望ってやつだー」

「あ……そ、それは違うんです。アスタロト様は訳あってわざとピーにはできないことを頼んでるんです」

「うん? どういう意味ー? 画家なんだから絵を描くことなんじゃないのー?」

「は、はい……絵を完成させることではあります」


 だけど、ただ完成させればいいというわけじゃない。こういった絵を描いてほしいという要望があるわけでもない。ただ一つこう言われただけである。


「先生の得意な風景画でも、そうでなくても構わない。君にとってのマスターピースを完成させるんだ」


 依頼の内容を話すとアリエさんは眉間にしわを寄せて低い声で唸る。


「マスターピースってなんなのー?」

「あ、すみません。要するに最高傑作のことです」

「にゃるほどー」とアリエさんは黒猫のクーニャさんを高く掲げる。そして、言葉を続けた。

「たしかに、それは無理だよー。だって、今描いた絵よりも未来で描いた絵の方が上手いかもしれないし」

「い、いえ。そういうことでは、な、ないと思います……」


 アスタロト様はもうこれ以上の作品は生み出せないと思うような、人生における最高傑作を完成させるように言ったわけではない。たぶんだけど。

 きっと、ピーが自分の作品に自信を持てればいいのだと思う。これは自信作だと、現時点での最高傑作だと、胸を張ってアスタロト様に納品できれば課題クリアなのだと思う。


 だけど、それができないからもう辞めにしたいんじゃないですか!


 人の前だというのに、思い出しただけでどうしても涙がこみ上げてくる。


 できることなら、本当はもう絵を描くことなんて辞めてしまいたかった。

 だけど、筆を握っていないとピーはダメになってしまう。怖いと、そう思ってしまうのだ。


 何に対する恐怖なのか漠然とだけど分かっている。恐怖と言い表すのは正しくなくて、でも的を射た表現なんて思いつかなかった。


 描くことを本当に辞めてしまったら何が残るんですか? これまでの自分を否定していいんですか? 本当に自分はこんなものしか生み出せないんですか? どうしてみんなは楽しそうに絵を描いて、有名になって、チヤホヤされているんですか?

 自分を卑下するだけじゃなくて、才能のある者たちを嫉妬してしまう自分の醜さが嫌で仕方ない。


 それだけじゃなくて、もっともっとたくさんの感情があって。

 たった一つではない一杯の感情が渦めいている底なし沼でピーは溺れていた。


「あぐ……ぐす……突然、泣いてしまって、す、すみません……」

「ダイジョーブー? どこか痛むの?」

「い、いいえ。な、なんでもないですので……」


 両目一杯に溜めた涙のせいでバレバレかもしれないけど、嘘をつくしかなかった。

 だって、アリエさんはこの町に何か用があって訪れただけなのだから。


 きっとすぐにいなくなってしまう彼女がピーの本当に求めているものをくれるはずないし、ピーもそれを求める性格ではなかった。


 だけど、もう一つの望みならどうだろう。絵を描くことをキッチリ辞めるための、ピーが思いつくたった一つの方法なら。

 今の自分を構成する全てのことをリセットして旅に出ること──それがピーのもう一つの望みだった。


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