たった一つの色彩設計03:悪魔の王様
町長のいる領主館にたどり着いた私たちは訪ねた訳を受付に話すと、待たされることもなくすんなりと町長の元へ通される。
「わざわざ来てもらってすまないね。私がここの町長をやらせてもらっているアスタロトだ」
ゆっくりと落ち着いた声の持ち主は思ったよりずっと若い女性だった。
町を東西に分けるなど大きな改革を数々成し遂げ、町の皆から非常に尊敬される人物だと聞いていたためイメージとの差に驚きを隠しきれない。
「あはは、もしかして思ったよりも若くてビックリしたかな」
「はい、正直に言うと驚きました」
笑い方すら落ち着きがあって、目上に対する壁というものを感じさせない話しやすい人物だった。
「あれ、君たちの後ろに隠れているのはルキフェル先生じゃないか。連れて来てくれたんだね、ありがとう」
「あわわ、ご、ごめんなさい……道に迷ってしまって……」
「いや、別に構わないさ。君たち、すまないけど先生との用件を先に済ませてしまって構わないだろうか。定期連絡だからそんなに時間は取らせないよ」
「はい、構いません。しかし、そのルキフェル先生……というのは何なのですか?」
水色髪の少女は自分の名前をピトゥーラと名乗っていた。それとは別の名前で呼ばれるのはどういう理由があるのだろうか。
「別に大した話ではないさ。隠すことでもないと思うけど、どうだろうか?」
町長から突然話を振られてピトゥーラさんは驚いた顔でこくこくと首を縦にふる。
「あっ! だ、大丈夫……です」
「もったいぶる話でもなくて、先生は駆け出しの画家でね。そのペンネームがルキフェルなんだよ。君たちはこの名を知っているかい?」
「すみません、分かりません。マイカさんはご存知ですか」
旅に出る前のマイカさんは村の外の流行に敏感だったことを思い浮かべながら隣にいる彼女を見た。
「いや、あたしも知らないわね。あたしたち旅をしてる関係で流行みたいなものには疎くて」
「ああ、いや。先生を知っているかという意味ではなくて。言い方が悪かったよ。ルキフェルという名は私たちにとって有名でね。祖先とも言われる悪魔族の……いわば王様のような存在の名前なのさ」
「あわわ、そ、そんなことまで説明しなくて、い、いいです」
「そういうわけにはいかない。まあ、見ての通り気の弱い子だからね。せめて、名前だけでも強そうに見せたくて力の象徴ともされる王の名を借りたってわけさ」
「なるほど……その名を借りることで少しでも自信などに繋がるのであれば、とても理に適った名付け方だと思います」
「そうだね。私もそう思うよ。本人は少しばかり後悔しているみたいだけど」
町長の優しい目がピトゥーラさんに向けられる。
「それで、私からの依頼の方は順調なのかい?」
「あ、あの……全然……です」
「分かった。引き続きよろしく頼むよ。まあ、私としては進まない方がいいのだけどね」
「あぅ……」
依頼しておいて目的が達成されない方がいいというのはどういうことだろう。ピトゥーラさんは画家であると言っていたし、例えば依頼の内容が絵を描くことであるなら完成しない方がいいという意味になる。
用件は済んだことでもあり私たちとの話は聞かせられないからと、町長はピトゥーラさんに出ていくよう命じる。ピトゥーラさんの肩を落とす後ろ姿からはとても悲しげなオーラが見て取れた。
「クーニャさん、アリエさん。ピトゥーラさんをお願いできますか?」
「お姉様の頼みとあらばー」
敬礼するアリエさんを見て町長はくすりと小さく笑う。
「君たちはとてもお節介焼きなんだね。だけど、君たちより長く生きている者として言わせてもらうと、そういうのはほどほどにしておいた方がいいと思うよ。特に君たちのような人はね」
私たちのような人というのは何を示しての言葉だろう。それは分からないけど、町長の言い分がチクリと胸に刺さるのは同じようなことを自覚しているからなのだろう。
「そろそろ本題に入らせれもらうよ。私が君たちを呼んだのは他でもない、街道を塞いでいた悪魔を討伐してくれた件でね」
「そのようなことまで知っているのですね」
師匠が何かをやらかしたわけではなかったため少しホッとする。
「あの件に関しては私たちも非常に頭を悩ませられていたからね。それでだ。解決してくれたお礼に何か褒美をあげようと思うのだけど、私たちがあげられる範囲で何か欲しいものはないだろうか?」
「それであれば情報がほしいです。魔法使いや灰の悪魔に関する情報が」
「魔法使いや悪魔に関する情報……それは褒美にならないのではないかな。大した情報を持たないというのもそうだけど。君たちは魔法使いなのだろう? この世界で起きている厄災に関わる情報なら喜んで渡すに決まっているじゃないか」
「それは非常にありがたいですが……褒美がほしくて悪魔を倒したわけではありませんし……」
「お金でも何でも構わないよ。こんなことは君たちに言うべきじゃないことだけど、町を救ってくれた者に何もお礼をしなかったとなる方が問題あるからね」
「そうですか。マイカさん、どうしましょう」
「うーん、そうね。食料とか薬とかの消耗品とかでいいんじゃない? 最近、お金が減ってきてるのよね。アリエのお金はあの子のものだから別として」
「なるほど……君たちの旅の目的を聞かせてくれないだろうか。言えないことなら、無理に話す必要はないけど」
「いえ、大丈夫です。わたしたちは灰の悪魔の脅威を終わらせるために旅をしています。今のところ何をすれば解決できるのか分かっていませんので、情報を集めながら悪魔を退治して回っているだけですが」
「そういうことなら褒美はこうしよう。──君たちの旅のパトロンになろうじゃないか」
「資金援助していただける……ということでしょうか」
「つまりはそういうことだよ」
「実はけっこう切り詰めて頑張ってたけど、少しは楽できるようになるのね。ミナやったじゃない」
「……切り詰めていたのですね」
お金の管理はマイカさんに任せていたため全く知らなかった。もしも一人旅だったらとっくの昔にお金は尽きていたのかもしれないと考えれば、マイカさんには頭が上がらない。
悪魔に関することで金品を受け取るのはあまり気が進まないけど、私の自分勝手な価値観をマイカさんたちに押し付けるのは良くない。そう考えた私は町長の申し出を素直に受け入れることにした。
「それから情報だったね。まあ、灰の悪魔に関しては私たちサキュバス族もよく分からなくてね。申し訳ないけど力にはなれなさそうだ。だけど、魔法使いの情報なら持っているよ」
「それはなんでしょうか……」
「君たちのことを除いて、私は十二いると言われる魔法使いを二人知っているよ」
私は自分以外の魔法使いと会ったことが一度もない。他の方たちがどんな魔法を使うのかも気になるし、何より灰の悪魔だけでなく魔法に関する私の知らない情報を持っている可能性も大きいのではないだろうか。
正直に言って興奮を隠し切れないでいる私がいる。
「そ、その方たちに会うことは可能でしょうか?」
「そうだね。一人は簡単に会える。だけど、もう一人と会うには問題が一つあってね」
町長はまず一人目の魔法使いについて語り始める。その人物はやはり私の思っていた通りの方であった。