たった一つの異世界転生17:二つの入り口
荒れ果てた平野を進んだ先にある悪魔の住む町の前にアリエたちは到着した。大きな岩山の中に広い洞窟があって、そこに町が広がっているらしい。
洞窟に入るには重そうな石の門を通るしかないのだが、町の西側と東側それぞれに繋がるニ種類の門があるとガルガルは言う。
だけど、西側には年齢制限があってガルガル以外は入ることも許されないらしい。
「悪魔の住む町と言ってもよ。その悪魔は世間を騒がせてる灰の悪魔のことじゃねぇんだ」
「そういえば昔、悪魔族って種族がいる話をミナに聞かされたわね。それのこと?」
「よく知ってるじゃねぇか。まあ、半分正解ってところだな。悪魔族はもういないってのが今の通説だ」
とはいえ、どの種族よりも強い存在だったという。だから、絶滅したとも滅ぼされたとも考えにくい。誰にも知られていない場所で密かに暮らしている可能性も否定できないらしい。
付け加えると、灰の悪魔という名前について。本当かは誰にも分からないけど、その名は同じく絶対的な力を持つとされる存在として象徴的に悪魔族の名から取ったのだとか。
「それなら、半分正解っていうのは何なのよ」
「その悪魔族の血が残っている種族がいくつかあってなぁ。ここは男のロマン──サキュバス族の住む町なのさ、ガハハッ」
アリエは知っていた。正確にはこの世界に存在することは知らなかったけど、サキュバスという種族がどんなものなのかを知っていた。
言うまでもなく羊子の記憶の中にある知識だった。
だけど、冷静になって考えてみればこの世界のサキュバスがアリエの記憶にあるものと同じとも限らないわけだった。
「サキュバス……種族の話は聞いたことあるけど、ミナそんなこと言ってたかしら。知らないわね」
お姉さまはそういうエッチな話が苦手だと聞いていた。だから、きっと知ってはいてもマイカに説明できなかったのかな。
そう考えると、アリエはお姉さまの可愛さに思わずニヤけてしまった。
「ニヒヒー」
「どうしたんだぁ? アリエ」
「う、ううん。何でもないー」
「そうか? まあ、大人だけが知ってりゃいいことだから。知らねぇなら知らねぇで問題ねぇよ。テメェらは東側にしか入れねぇからな。そっちは人間族の町と何ら違いがあるわけじゃねぇからよ」
そう言って、ガルガルは居ても立ってもいられないという感じで西側の門に向かって歩き出す。しかし、何かを言い忘れたのか直ぐに戻ってきた。
「アリエ、まだ故郷に戻らないと決めたって昨晩言ってたよな。戻るならそこまでは護衛するが、そうじゃねぇなら依頼はここで終わりだ。これからは好きに生きな」
「うん……アリエはお姉さまと一緒に行きたい」
「あたしは構わないけど、とりあえず町で薬を貰ってミナが回復したら聞いてみなさいよ」
「分かったー」
「決まりだな。ほらよ。これはアリエのカネだ。持っていけ」
ガルガルは護衛の依頼として受け取ったなめし革の巾着袋をアリエの足元に投げる。中のお金はほとんどが残ったままだった。
「依頼料なのにいいのー」
「依頼は失敗だからなぁ、カネは受け取れねぇよ。テメェのその左腕は変わっちゃいねぇだろ」
「そうかもしれないけど……あれ、でもこの前より減ってる!」
「あ? そりゃ、そうだろ。サキュバスの町といえば最高の店があるからなぁ。そこの最上級のサービスを堪能するくらいならバチは当たらねぇだろ、ガハハ」
ガルガルは傭兵としての矜持みたいなことを格好良く言っておいて、二言目には下世話なことを豪快に笑いながら言ってのけた。これだから男ってやつはって感じだ。
「サキュバス族のこと、何となく理解できたわ。こういうところが腐れ師匠なのよ」
「腐れガルガルー」
「はっ、テメェらみたいなガキに興味ねぇから安心しな」
そして、今度こそガルガルは本当にこの場を去っていった。
その時だった。
(あの男は要注意人物ですね。あの魔法使いと手を組まれると非常に厄介ではありませんか)
脳内で知らない誰かの声が響いた。また悪魔の声? だけど、何となく雰囲気というか喋り方が違う気がした。
「……あれ? また声が聞こえるー」
「声? あたしには何も聞こえなかったけど誰の声よ」
「分かんない。知らない女の人……の声かなー」
「知らない人なら気にしなくていいじゃない。ミナのことが心配だし、さっさと町に行って薬貰ってくるわよ」
この時のアリエたちはその声の主が誰なのか知る由もなかった。お姉さまと同じ武器種である長杖を持ち、その背後には禍々しいオーラが広がっているその人物がアリエたちを遠い所から見下ろしていたことも。
お姉さまとアリエ、それからマイカとクーニャはサキュバス族が暮らす洞穴の中に作られた町を訪ねるのだった。




