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たった一つのまほろば -It's an only Magical World-  作者: 宙乃夢路
第三章 たった一つの異世界転生
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たった一つの異世界転生13:逃避と退避

 アリエは天井のある小屋の中で目を覚ます。

 平らに敷き詰められた荷物をベッド代わりにして寝ていたみたいだ。


 どのくらいの時間、寝ていたのだろう。眠気は全く感じないし、頭はいつもより冴えている気がする。

 だけど、起き上がる気にはなれなかった。


 仰向けのままウリが取り憑いている左腕を天井にかざして、改めてじっくりと眺めてみる。


「……もう許してよ。もう逃げたいよ。どうして逃げるのは……いけないことなの?」


 心象世界であったことを思い出して、笑顔でいることを忘れて弱音を吐いてしまう。


 別に誰かに答えを教えてもらいたかったわけではなかった。

 入り口の側に誰かがいることに気づいたのも独り言をこぼした後だった。


 途端に恥ずかしくなって、アリエは慌てて左腕を下ろす。


「アリエさん、目を覚ましたのですね。具合はいかがでしょうか」


 その誰かがこっちに近づいて来て、アリエのおでこに真っ白な手を当てた。


「あっ、うん……。アルミナお姉さん? でいーの」

「はい、申し遅れました。わたしはアルミナ・アルファートと申します。親しい者からはミナと呼ばれています」


 やっぱり、この人がアリエたちの探していた魔法使いなんだ。


「じゃあ、ミナお姉さんって呼ぶねー。あと、アリエの体は大丈夫だよー」


 熱もなければ、体だって異常はない。それを証明するために腕を大きく動かしてみる。


「それなら良かったです。お腹が空いているのであれば用意しますがどうしますか?」

「ううん、あんまり食欲ないからいいかなぁー」


 そう答えると、ミナお姉さんは少し困った顔をする。そこでアリエの言い方が悪かったと気づいた。

 体調が優れないから食欲がないわけではなくて、単純にお腹が空いていないのだと弁明する。


 理解してくれたミナお姉さんはそれならばと別の話を切り出した。


「……それなら少し話をしませんか?」

「うん」


 真剣な表情をするものだから思わず二つ返事で頷いてしまう。ただ、よく考えたところで首を横に振ることなんてきっとないのだけど。


「わたしの魔法でアリエさんの左腕に宿る悪魔を退治することは可能だと思います」


 本当に魔法使いならこの問題を終わらせることができるんだ。

 だけど、アリエは終わらせていいのか迷っている。それがガルガルにも話していない本心だった。


 そして、ミナお姉さんはアリエの心の内を知っているかのように、まさにそのことを訊ねてきた。


「アリエさんはそれを望まれますか?」

「それだけはダメ! ウリはいらない子じゃないんだよ」


 答えを出し渋る間に取り返しのつかないことになってしまうと思ってしまい、咄嗟に大きな声を出してしまった。

 その言葉は本心ではあるけど、ミナお姉さんの指摘に対する答えとも言い切れなかった。


「いらない子じゃないはずなのに……どうしたらいいか分からないよー」

「わたしで良ければ相談に乗りますよ」


 思いがけないことを言うミナお姉さんを、アリエは無意識にまじまじと見てしまった。


「えっ! ……いいのー?」


 アリエはウリのことや心象世界で見たこと、考えたことを話した。

 だけど、どうして初めましての人にこんな恥ずかしいことをすんなり打ち明けられたのだろうか。

 それを言ったら、どうしてミナお姉さんは見ず知らずのアリエにこんなにも親身になってくれるのだろうか。


「なるほど……それで先ほどの疑問にぶつかってしまったのですね」

「さっきって、何のことー?」

「たまたま客車に入った時に聞こえてしまったもので。すみません」

「ううん、全然問題ないよー」


 ミナお姉さんはお礼を言って、それから少し考えをまとめる時間を取った。


 その間、指をクルクル回しながら小さな魔法陣を生み出していた。考えている時の手癖だろうか。

 アリエも真似してみるけど、魔法使いではないから魔法陣は出てこなかった。


「……そうですね。アリエさんはまず、してはいけない──そのマインドブロックを壊す必要があるのではないでしょうか」


 やってはいけないことをするって、そんなの他人の迷惑を顧みず好き勝手にするってことじゃないのかな。


「ウリから逃げたらきっと後悔すると思うし、罪から逃げるのもやっぱりダメだよー。でも……パパとママにも会いたいかもしれない」

「わたしはそれらを逃げだとは思いません。いいえ、逃げる方法なんてないのです」


 ただし、自ら命を絶つことを除いて──そう付け加えられた。


「アリエさんも後悔すると言った通り、何かを諦めてもその選択の結果が未来を形作るだけで、決して抱えていた問題がなかったことにはならないのです」


 なかったことにはできない。それは言い換えると逃げることはできないということなのだと言う。


「それなら諦めることもダメで、逃げることも出来なくて、ずっと辛いことを耐え続けなくちゃいけないのー?」

「いいえ、どうせ逃げられないのなら、一度距離を取るという選択も良いと思いますよ。それで解決するわけではありませんが、案外事態が好転することもあったりするものです」


 だけど、得手してそういった選択は自分が作ったルールによって除外してしまう。それを破るのがマインドブロックを壊すということらしい。

 ワガママに生きるという意味じゃなかったのだ。本当は近道かもしれないのに自分ルールによって塞いだ道があって、その道を選んでみてもいいじゃないかってことだ。


「アリエさんはどうしたいですか? どこへ向かいますか?」


 そう言って、ミナお姉さんはアリエに手を差し伸べる。その細くて綺麗な手に触れてみるとヒンヤリして気持ちよかった。


「アリエは……」


 アリエは何がしたかったのだろうか。欲張りだから選べないのか、それとも深く考えてないから選べないのかな。


「たった一つの逃げる方法──それを選んでしまったら……?」


 アリエは自分の記憶に混ざった羊子という存在のことを思い浮かべていた。


「それが正しいのか間違っているのかを定めることはできません。ですが、もしもアリエさんがそれを選ぶというのなら、わたしは違う選択肢を一緒に探すでしょう」


 親身になって相談に乗ってくれるだけなら単純に優しいだけかもしれない。だけど、優しいだけでそこまで言えるのだろうか。

 理由があるなら知りたいと思ってしまうけど、それを訊ねるほどアリエは野暮じゃない。


「ううん、大丈夫だよー。アリエはそれを選ばないよー」


 そう、アリエは選ばない。だけど、羊子はこことは違う世界で最後、それを選んでしまった。


 ウリと羊子の姿を重ねてしまう。心象世界でウリが羊子の声で言葉を発したからだろうか。

 もしもアリエがウリを諦めてしまったら、たった一つの逃げる方法をウリに強要していることになるのではないだろうか。


 もう一度、羊子にそれをさせてしまうことになるのではないだろうか。


 それだけはダメだと思う。


 アリエの犯した罪の数々は一旦置いてしまってもいいじゃないか。パパもママもごめんね。


「……アリエもウリと一緒に違う選択肢を探したい。ウリを消さなくて済む方法を見つけたいよ! ニヒヒー」

「そうですか。それで良いと思いますよ。では、アリエさんの左腕に魔法力を流し込むのは終わりですね」

「魔法力……」


 心象世界でアリエを導いてくれた優しい光のことだろうか。結局、アリエはあの世界では立ち止まってしまったけど、あれがあったから分かったこともあった。


 ミナお姉さんは立ち上がって、外に出て行こうとする。だけど、その途中で力が抜け落ちるように倒れてしまった。


「ダイジョーブー!?」

「あっ、はい……。つまずいただけですので平気ですよ」


 そうは言うけど、ミナお姉さんは自力で立ち上がることもままならなかった。

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