たった一つの異世界転生08:罪④
「死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇえええええー」
動かなくなるまでではなく、動かなくなっても殴ることを止めない。腕が疲れることは決してない。気が済むことも断じてなかった。
ならば、殴ることをやめたのはどうしてなのか。それは次のターゲットを見つけたからだった。
「醜い悪魔が……たくさん……」
逃げる悪魔もいれば、何かを叫ぶ悪魔もいる。そして、近づいてくる悪魔もいて、それは容赦なく両腕でかき分けるようにはたいていった。
「おいおい、こりゃどういうことだ? 人の姿をした悪魔なのかぁ。それとも、悪魔が憑依でもしてるっていうのかよ」
最後に残った一際大きな悪魔を何度も殴ろうとするけど、その全てが大きな剣で防がれてしまう。
「思ったよかぁ、弱ぇーじゃねぇか。そのデケェ腕はカッケーがよ、殴り方があまりにも大振りすぎるってんだ。つまんねぇからもうお仕舞いでいいかぁ」
そして、アリエはあっという間に沈められてしまうのだった。
ガルガルの手によって。
…………………………
「ここは……村の外……だよね」
アリエはどうしてこんな所で倒れているのだろう。
「えーと、ヒグマみたいなのを倒したけど……いっぱい悪魔が出てきて負けちゃったんだっけー、ニヒヒー」
「何を言ってんだぁ、オメェよ」
「だ、誰?」
上半身を剥き出しにした大きな男に話しかけられる。もしかしたら村長よりも年上な気もするけど、決して老けているわけではない。とりあえず、村の人でないのは間違いなかった。
「俺様かぁ? 俺様はガルド・フォン・ガルディアス様だぁ」
「ガルド……? うーん、長いからガルガル!」
「なんだ、そのダセェの。ガルド様とかガルディアス様とか、もっとカッコいい呼び方にしてくれ」
「うん。分かったよ、ガルガル!」
「あー、たく。それで、テメェのその左腕はなんだぁ?」
「アリエはテメーじゃなくてアリエだよ」
「分かった分かった。アリエな。そんで、そいつは?」
「これは灰の悪魔に憑りつかれちゃってこうなったみたいなんだー」
「ほー。だから、アリエは悪魔が出没するとその得体の知れねぇ力で戦わされてるのかぁ?」
「ううん、今回が初めて。だって、今までこんなことなかったからねー」
「なるほどな。他の奴らの反応と合わせて、お前の村での扱いは何となく理解した」
ガルガルは豪快に頭を搔きむしる。
「お前……平気なのか?」
「うんー? 何がー? ニヒヒー」
「まあ、そう言うならいいけどよ。それより、ションベンたれはさっさと体を洗った方がいいんじゃねぇか」
「えー? あっ! ムゥ、なんで早く言わないのさー」
顔がまたたく間に熱くなっていく。アリエは慌ててこの場を後にして、誰にも見られないことを祈りながら走っておウチへと帰った。
「はぁ……何か気に食わねぇなぁ。ちょっくら村長と話でもしてくるか」
この時のアリエは重い罪をまた一つ重ねていたことに気づいていなかった。そして、きっとその罪がこの村から追い出させる最後のきっかけとなることも。
…………………………
道中で村の小さな教会の前を通る。
アリエの日常の半分を構成する場所だったけど、もうここに通うことはないのだろう。
友達と一緒に勉強して、一緒に遊んで。そんな当たり前があの日を境に失われてしまった。
教会には珍しく多くの大人たちが集まっていて、アリエはいつも通り誰とも目を合わせないようにこの場を過ぎようとする。
だけど、アリエを引き止めたのは金切り声の後に残る枯れた泣き声だった。
「ねえ、返してよ! 返せ、この悪魔が! あんたがさっさと消えてればよかったのよ! あぁぁぁああああ〜〜〜」
大人の女性がアリエを見て泣いている。その目つきには憎しみが込められていた。
話したことは少なくとも記憶の範囲では一度もない。だけど、村で見かけたことは何度かあった。たしか、旦那さんと仲睦まじそうに歩いていた気がする。
ちょうど、その女性の後ろで静か過ぎるくらいに寝ている人がそうだ。
「もしかして……アリエが……」
寝ているのではないことくらいアリエにだって察しがつく。
震える左腕を服の中に隠して、この時もアリエは嫌な現実から逃げ出した。
背中から飛んでくる罵詈雑言の数々に耳を塞いで、もう何も視界に入れないように全速力で現実を振り払った。