たった一つの異世界転生07:罪③
アリエは村のみんなに恐れられ、挙句の果てに厄介者を傭兵に押し付けるという形で家族から捨てられてしまう。
それはアリエが引き起こした騒動から二年以上が経ったある日のことだった。
「大変だー。近くに悪魔が現れたぞー」と、警告が村中に伝達される。
あの騒動からこれまで、この村はアリエの左腕を除いて灰の悪魔とは無縁の生活が続いていた。
この村にとって悪魔は当たり前に存在するものでは決してなかった。
だから、数年足らずで悪魔が再び現れたとなれば、その原因がアリエにあるとされてしまうのは当然の帰結だった。
「報復のためにお前が仲間を呼んだのではないか」
それが村の総意である。
「もしそうではないと異を唱えるというなら、お前が悪魔を追い払ってみせよ」
左腕に悪魔が取り憑いているからといって、アリエは強いわけじゃない。戦い方なんて何一つ知らないのだ。
だけど、アリエに拒否権があるはずもなかった。
たくさんの家畜が伸び伸びと暮らす牧草地の端へと連れてこられた。
はらわたを抉られて死んでいる家畜が近くに二三いて、思わずアリエは口を抑えた。
逃げたい。だけど、遠くからアリエを見張る人たちがいるせいで逃げ出すこともできやしなかった。
「こ、こんなの……倒せるわけないよ……」
アリエは、そこで灰の悪魔と対峙させられる。
大きなヒグマのような骨格を持ち、長い腕からは蒸気機関みたいに煙が立ち上る。果たしてこの悪魔は生き物なのか機械なのか。
アリエに取り憑くウリとは大きさがまるで異なり、それだけで何もしなければ確実に殺されてしまうと分かる。
全身が恐怖で縛られていった。
ヒグマの悪魔が様子をうかがいながらゆっくりと近づいてくる。
「ど、ど、ど……どうしよう……」
内股になった太ももを温かい感触が伝っていく。服にシミが広がっていった。だけど、恥ずかしいと思う余裕は微塵もなかった。
「嫌だ……嫌だ! 来ないで! これ以上、近づかないで!」
だけど、ヒグマの悪魔がアリエの制止に従うはずもない。
煙を巻き上げて、鋭い爪を立てた腕が襲ってきた。
その時、誰かがアリエの背中をそっと押した気がして、それを境にアリエは自分が自分でなくなる感覚に陥った。
アリエの背後からもっとずっと大きな灰色の腕が現れて、ヒグマの悪魔の腕を鷲掴みする。
そして、ヒグマの悪魔は軽々と投げ飛ばされたのであった。
「な、なんなの……これ」
恐る恐る後ろを振り向くと、何もない所から二本の腕が伸びていた。
心臓の鼓動が大きくなっていき、それに伴って息も荒くなっていく。
意識が薄らいでいって、増々自分がアリエであるという認識が曖昧になっていった。
「死ねぇええええ」
立ち上がろうとするヒグマの悪魔を背中から伸びた剛腕で捻り潰す。決して動かなくなるまで何度も何度も殴りつけた。
「死ね死ね死ね死ねぇぇぇぇえええええー」
動かなくなるまでではなく、動かなくなっても殴ることを止めない。腕が疲れることは決してない。気が済むことも断じてなかった。
ならば、殴ることをやめたのはどうしてなのか。それは次のターゲットを見つけたからだった。