たった一つの異世界転生03:悪魔の反撃
あれ? アリエは何がしたかったんだっけ。どうして戦おうと思ったんだっけ。
本当は逃げ出したいだけなのに。でも、何から?
巨大な灰の悪魔から逃げたいわけじゃなくて、決して死にたいわけでもない。
それならアリエはどこから逃げ出せばいいのだろう。それが分からなかった。
「どりゃああああ!!!!」
獣のように野太い声が鼓膜を震撼させた。
ガルガルが自身よりも大きな大剣を頭上から振るい、飛んできた大きな岩を真っ二つに叩き切った。
「気を抜くんじゃねぇ! そのクソバカが!」
「ごめんなさい……ニヒヒー」
「いいか! 弱ぇやつが出しゃばるんじゃねぇ。俺様はお前を守るように雇われた傭兵だ。そのお前が自分から死にに行くような真似をしたらどうなる! 最悪、お前も俺様も死んでたかもしれねぇんだぞ」
「……」
「まあ、いい。とにかく今はここから離れるぞ。こんなデカブツに近距離で挑むのはどうしたって分が悪い」
アリエは悪魔を見上げる。先ほど殴った所には大きなヒビが入っていた。
(嫌い……痛いよ……)
男の人の声がする。誰の声だろうか。まるで誰かが頭に直接話しかけてくるみたいだった。
アリエの中の羊子が話しかけているのかな。でも、アリエの想像する羊子の声とは違う。
(せっかく良い場所を見つけたのに、やっぱりここもダメなんだ)
「誰かいるの……?」
「あっ? 誰もいねぇよ。反撃が来る前にズラかるって言ってんだろうが!」
「う、うん……今行く」
ボアアアアァァァァ!!!!
大岩の悪魔が音の悪いホラ貝笛のような咆哮を響かせた。
「おいおいおい! これじゃ大岩の雨じゃねぇか。アリエ! テメェを担ぐから振り落とされないように捕まってろ」
ガルガルは荷物を脇で抱えるようにアリエのことを軽々と持ち上げる。
無作為に降り注ぐ大量の岩をガルガルは大きな体には似合わない俊敏な動きでかわしていった。
「こんな大量の岩、どっから出てきてんだよ! あのデカブツが生み出してるんだとしたらキリねぇぞ」
「じゃあ、どうするの……?」
「あー、まずはお荷物のお前を逃す。いいか、よく聞け。テメェを後ろにぶん投げるから、そこからは自分の足で真っ直ぐ逃げろ。そこだけは岩がいかねぇようにするからよ」
「でも……そしたらガルガルはどうするの……」
「あ? 世界最強の俺様がこんな所でくたばるとでも思ってんのかよ、心外だな。んじゃ、テメェをぶん投げるぞ!」
アリエの体が宙に浮いたかと思えば、放物線を描くように落ちていく。
地面を引きずってできた傷がとても痛むけど、ここからはガルガルの言う通り自分の足で逃げるしかない。
立ち上がりながら後方のガルガルを視界に映す。
ガルガルは背中に携える大剣を分解して取り出した棒状のパーツを構えた。──あれは弓だ。
状況に合わせて大剣を別の武器に変形させて戦うスタイルは、ありとあらゆる武術を習得するガルガルだからこそできる芸当だった。
ガルガルが射た火薬の付いた矢が、簡単には砕けない大岩をまるで砂の塊であるかのように容易く破壊する。どんなカラクリがあるのか、アリエの頭では見当もつかなかった。
余計なことを考えていると、すぐ近くに大岩が落ちてくるものだから心臓が音を立てて跳ね上がる。
「今はとにかく逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ!」
大岩の雨はそこかしこに降り注ぐけど、綺麗にアリエのいる場所にだけは落ちてこなかった。
これなら何も難しいことはない。
だけど、まるで水中にいるみたいに体が前に進まない。時間もどれだけ経過したのかが分からない。
気づけば大地を叩く音は止んでいた。アリエはガルガルが何か仕掛けたのかと思って後ろを振り返る。
だけど、仕掛けようとしていたのは大岩の悪魔の方だった。
悪魔は魔法のように生み出される大岩を自身の体に吸収していって、見る見るその大きさを膨らませていく。一つの村を覆うほどの超巨大な岩が支柱によって高く持ち上げられ、そして大地に叩きつけられる。
その先は囮になったガルガルがいる場所だった。
砂を巻き上げるほどの衝撃がアリエのいるここまで伝わってくる。
「あぁ……ああぁぁぁ……ハハ……ハハッ」
アリエはいつだって笑顔じゃなくちゃいけないのに、どうしても上手く笑うことができなかった。
そして、アリエは逃げ出した。だけど、何かがどこまでも付きまとうせいで逃げ切ることができなかった。
アリエのせいだ。初めから全部全部、アリエが余計なことをしたせいなんだ。
「自分なんていなければよかったんだよ、ニヒヒ……。だから、もうゴールしてもいいよね……ウリ……」
ウリ──それはアリエの友達の名前である。
逃げた先で純白の魔法使いと、羊子のいた日本という世界の古い時代を彷彿とさせる恰好の、二人のお姉さんがいた。