たった一つの異世界転生01:転生者
第三章 たった一つの異世界転生
私──アリエ・ペリヤは異世界転生者なのかもしれない、たぶんだけどね。
だって、アリエの頭の中には美浜羊子という人物の一生がいつの間にか記憶されているのだった。
一生といっても、今のアリエより数年長く生きたくらいで閉じられている。
そうなった原因は転生ではお決まりの交通事故──ではなくて自殺だった。
「異世界に転生するってどんな気持ちなのー?」
アリエは自分の中にいるもう一人の私に尋ねる。
「何でも思い通りになる都合の良い世界なら楽しいんじゃない。でも、そうじゃないならまた嫌なことが続くのかって絶望するんじゃないの、別に知らないけど」
羊子は興味ないというのもあるけど、分からないから適当なことしか言えないという様子だった。
なんて、会話をするけど本当は人格が二つあるわけじゃないのだ。
羊子の記憶から想像した空想上の友達、それを難しい言葉でイマジナリーフレンドと呼ぶらしい。
村のみんなから避けられているアリエのたった一つの話し相手である。
そもそも、アリエはアリエなのか羊子なのかどっちなのだろう。なんて、難しいことは考えない。それがアリエの性格なのだ。
「この旅ももうそろそろ終わりかー」
「結局、君は魔法使いに呪いを解いてもらうわけ?」
「そんなのその時になってから考えればいいよ、ニヒヒー」
「そう。なら、聞き方を変えるけど、この旅が終わったらどうするわけ」
「えー、村に帰るんじゃないのー」
「少しは頭を使いなさいよ。帰って居場所なんてあるわけ? そもそも、君自身は彼らを恨んでないわけ」
「そうやって意地悪言っちゃいけないんだよー」
「意地悪じゃなくて事実でしょ。みんなから怖がられて、挙げ句の果てに親から捨てられたわけだし」
「呪いがあったんだから仕方なかったんだよ、ニヒヒー」
「困ったら笑うのやめてくれないかな」
アリエは異世界転生者じゃないかもしれない。だって、アリエと羊子はこんなにも性格が違うのだから。
…………………………
スールさんたちに見送られながら港街を後にした私たちは今なお悪魔の住む町を目指して旅を続けていた。
枯れ果てた大地に残るのは砂と岩ばかりで、初めこそこの景色の力強さに圧倒されたものの、今では喉の渇きに伴って心まで渇いていく始末である。
私たちは旅に慣れてきたという慢心をことごとく打ち砕かれてしまったわけだ。
「あぁぁ、もうホント無理! お風呂入りたい。シャワー浴びたい。ベッドでゆっくり休みたい〜」
普段はどちらかと言えば私の勝手な行動に小言を並べるマイカさんが珍しく弱音を吐く。
「シャワーに関しては魔法でどうにかしているじゃないですか」
「そうなんだけど、そうじゃないのよ。何というか、女子としての何かが失われていってる気がするのよ。あんたも分かるでしょ」
「……いいえ、分かりません。ですが、お風呂に入りたい気持ちは同意します」
私たちは断崖絶壁に囲まれる乾き切った平野を何日も休みなく歩き続けていた。
本来ならこの平野を行き来する馬車が出ているのだけど、現在は運休しているのだという。
原因は何台もの馬車が行ったきりで帰ってこないことにあるらしい。
この問題に灰の悪魔が関わっていると考えた私たちは馬車の再開を待たずに徒歩で移動することにした。
「悪いことは言わねぇ。客車が復旧するまで待った方がいい。嬢ちゃんたちにあっこを歩くんはキツイだろうよ」
この平野の玄関口に位置する町ではそう言われた。実際、魔法がなければとっくに引き返していたというのが正直なところだった。
「ねえ、ミナ……あれって馬車よね」
マイカさんが示した先には壊れた馬車が放置されていた。
「本当ですね。何か分かるかもしれませんし、中を覗いてみましょう」
「分かったわ」
マイカさんが刀に手を添えながら客車の中の気配を探る。
「お邪魔しまーす……誰もいないみたいね」
「乗客の荷物でしょうか。いくつかバッグが放置されています。山賊の仕業ではないようですね」
「山賊って……そんなの現実にいないでしょ」
「そうかもしれませんが可能性を一つずつ潰していくのは大事ですから。中身は……キャ!」
「可愛い声上げてどうしたのよ?」
「い、いえ……。虫のような生き物が荷物の下に潜んでいたみたいでして、少し噛まれてしまいました」
「毒持ってたらマズいんじゃないの?」
「特に違和感はありませんが、仮に毒があっても魔法でどうにかできると思いますので大丈夫です。それよりバッグの中身、入ってますね。状態からして、ここ最近といった印象を受けます」
「じゃあ、やっぱりこの馬車は行ったきり帰ってこないやつってことよね」
「はい、わたしも同意見です」
破棄された馬車の周辺を探索してみると、原型を留めていないけど馬車の残骸と思われるものがいくつも見つかった。
警戒を忘れずに先へ進むと、道を塞ぐようにそびえ立つ巨大な岩に突き当たってしまう。
「何この大きな岩……変なの」
マイカさんの言う通り、自然にできた岩にはどうしても見えなかった。
その大きさもさることながら、丸みを帯びた形がこの平野を見渡した景色にどうしても溶け込まず浮いてしまうのだ。
「確かに不自然ですが、刀で攻撃しないでくださいよ。迂回して進みましょう」
「なによー、ミナも言うようになったわね……って、あんた難しい顔してどうしたのよ」
「……どうしてでしょう。わたし、頭が揺れている気がします。熱中症とはこのように突然くるものなのですね」
「あー……いや。揺れてるのは地面……かな。何となくそんな気はしてたけど……今は逃げるわよ!」
マイカさんの手に引かれて走り出した直後、地面が音を立てながら大きく揺れ始める。
足元をすくわれながらも私たちは懸命に巨岩から距離を取った。
「デカすぎ……じゃない? あれを倒すのはいくら何でも無理でしょ。そもそもあれも灰の悪魔なの?」
先ほどまでいた場所から随分引き返したところで私は首が痛くなるくらい空を見上げた。その先で手足のある巨岩が私たちを鋭い目つきで睨みつけていた。