たった一つの姉妹13:左腕の脅威②
「いいのよ、スーちゃん。そうも言ってられない状況なのだから、ここはお姉ちゃんに任せなさい」
スールの声色がまるで別人のように変化して、驚いた私は悪魔の攻撃を警戒しつつ彼女の表情を視界に入れる。
震えは嘘だったかのようになくなって、顔つきもどことなく大人びてるような気がした。
「え? な、何がどうなってるの?」
「あの、マイカさん。事情は後で話しますので、ご指示をください。わたしはどう動けばいいでしょうか?」
「そ、そうね。この場からできるだけ遠くに逃げてちょうだい。あたしと悪魔をなるべく視界に入れながらよ。ただ森は見通しが悪いから、見えなくなったらあんたとあたしの直線上に悪魔が来るように位置取りを意識すること」
「分かりました」
「それとクー。あんたも彼女に付き添ってあげて」
「ニャー」
何が起きたのか分からないけど、守りながらでなくなれば勝機はまだある。
「さあ! ここからが本番よ」
次なる光の砲撃を弾くと同時に風で土煙を上げる。
それを隠れ蓑にして横に移動しながら、水の刃を左腕の関節に何度だって打ち込んだ。
「こうも攻撃されちゃ、ご自慢のそれも撃てないでしょ」
間合いを一気に詰めていく。すると、悪魔は左腕を地面へ向けた。
これ以上は近づいちゃいけないと勘が告げるけどけど咄嗟には止まれない。
私がすすけた色の魔法石を鞘で突いて土壁を生み出した直後、悪魔は己すら飲み込む爆発を巻き起こした。
「あっぶないわねー、まったく」
壁で防いでなんとか難を逃れた私は一度距離を取って体勢を立て直す。
悪魔は威嚇するように不協和音を奏でて銃口を再びこちらへ向ける。
「なんか今までと違う!」
発射される直前の光り方が今までと違うことに気づいたはいいけど、その警戒も虚しく放射状に放たれた小さな光の群れから逃れられる猶予はなかった。
咄嗟の判断で右前へ跳躍するけど、いくつかの砲撃を体に受けてしまう。
「いったいじゃないのよ!」
私は叫ぶように声を出して痛みを一時的に忘れる。落とした鞘には目もくれずに悪魔との距離を更に詰めていった。
銃身の内側に入り込んだときの自爆のような攻撃はもう許さない。
赤色の魔法石を刀文に沿うようにかざせば魔法で生み出された炎が刀にまとい、そして私は炎と戯れるかの如く舞う。
見るものを魅了する美しさを残しつつ、それでいて対峙するものには反撃の隙を与えない猛攻を浴びせた。
「ハァァアアアア!」
左腕の銃口は地面に向けさせないように弾く。こうなればもう、ご自慢の左腕はただの鈍器でしかなかった。
それを振り回して空間をえぐり取ろうとしたところで炎の舞は止められない。その時には既に悪魔の貧弱な右腕に回り込んで続きを披露するだけである。
攻撃と回避そして美しさの三つを兼ね備えた三位一体の剣技を前に、灰の悪魔はなす術もない。
崩れ落ちて戦意喪失する悪魔を前に、私もまた先ほど一度だけ受けたダメージを思い出して動けなくなる。
「ああ、結構痛い。よくこんな状態で動けてたわね、あたし。こんなんで街まで帰れるのかな」
ミナの治癒魔法が今すぐにでも欲しい状態だった。
戦いが終わって安堵したその時だった。
「きゃぁぁぁぁぁ」
スールを逃した方角から悲鳴が届く。
「今のはスールの声よね! もう一体いたってこと? もう動けないっての。どうすればいいのよ」
刀を支えにして立ち上がるけど、走るどころか歩くこともままならない。それでも全身に広がる痛みを我慢して、今は無事を祈ってスールの元へ急ぐしかなかった。
思えば左右が丸っ切り非対称というのはいくら灰の悪魔であっても不自然すぎる姿だった。
最初から二体で一つだというヒントはちゃんとあったわけだ。
関係ないことだけど、私は何となく初めて戦った悪魔もまた二体で連携を取っていたことを思い出した。