たった一つの姉妹06:過去①
まだ私が灰の悪魔との戦いから遠ざけられていた頃、私は自分が足手まといなんじゃないかという劣等感を抱えていた。
足手まといだという不安の裏を返せば、それは対等な関係じゃないということ。つまりは自分が不必要な存在であり、それをミナ本人から突きつけられるのを恐れていた。
そうならないためには灰の悪魔と渡り合える力があればいい。
そう考えた私はミナの魔法石をこっそり盗んで、刀に魔法をまとわせる練習を始めたのだった。
寝つきの良いミナであるから、寝静まった時間をつけばバレずに盗むことも一人で訓練することも容易なのだ。
そんな秘密を抱えたまま二十ばかりの日をまたいで、訓練の成果が出始めた頃のことである。
「マイカさん、何だかここ最近とても眠そうにしていますが、体調が悪いのではないでしょうか?」
手に持った朝食のサンドイッチを膝に落とす私を見て、ミナは心配そうに訊ねた。
どうやら、ほんの一瞬だけまぶたが落ちてしまったみたいだ。
今にも寝てしまいそうなのが真夜中の密かな特訓のせいなのは言うまでもなかった。
「あ、いや。体調は全然問題ないから、気にしなくて大丈夫よ」
「本当ですか? 少しでも異常があれば言ってくださいね。近くの町に戻ろうと思いますので」
この日は悪魔から被害を受けたといういくつかの証言を元に、街道から大きく外れた丘を訪れていた。
被害といっても、物を盗まれたとか壊されたとか怪我を負わされたという報告もあるけど、幸いにも死者はいないらしい。
だけど、それは今のところそうだという話で、放置していい理由にはならない。
深呼吸で気持ちのいい空気を頭に送って少しでも眠気を和らげようとしながら、私は辺りをぐるっと見渡した。
手付かずの草花が自由気ままに生い茂る、なだらかな大地が悠々と続いている。
悪魔さえいなければ、この大自然のど真ん中で優雅にキャンプを楽しむことができただろうに。
話によれば、悪魔は背の高い草を隠れ蓑にして移動し、その姿を突然表しては消えるのだという。
朝食を済ませて後片付けを終えた私たちは再び歩みを再開した。
遠方に見える山々を頼りに方角を定めながら灰の悪魔を探すこと数時間が経った頃、私はいきなり足の力が抜けて倒れ込んでしまう。
視界が白で覆われていき、血の気が引いて体が冷たくなっていく感覚を味わいながら意識が遠のいていく。
灰の悪魔の術中にはまってしまったのだろうか。
客観的に見ればまず疑うであろう、その間違った考察さえする余裕もこの時の私にはなかった。
…………………………
それからどのくらいの時間が経っただろうか。
意識を取り戻した私は頬から伝わる地面のひんやりとした感触を根拠に、倒れた場所から少しも移動していないことを推測する。
そして、少し離れた所から聞こえるミナの息づかいは悪魔との戦闘がすでに始まっていることを意味していた。
「ごめん、ミナ! あたし気失ってたみたい」
「大丈夫ですか? 倒れたのは相手の能力なのでしょうか?」
「とりあえず、あたしは大丈夫。それから……たぶんだけど悪魔は関係ないと思う」
「そうですか」
ミナはそれだけで全てを察したかのように頷いた。
結論から述べれば、私が倒れたのは寝不足が原因だった。
体に休息を与えなかったことによる貧血。それから、酸欠も関係するかもしれない。
周りの山々ほどではないけど、この丘も奥へ進めば進むほど標高が高くなっているからだ。
私は腰の刀に手を添えながら立ち上がり、ミナの置かれている状況を確認する。
鳥のようなクチバシを持つ四足歩行の怪物。複数の動物を繋ぎ合わせたような奇妙な造形の灰色の獣が草むらから飛び出し、それからミナがその悪魔目掛けて杖を振り小さな爆発が魔法によって巻き起こされる。
しかし、その時にはすでに悪魔の姿は消えていた。
今のところミナに致命傷はない。だけど、切り傷をいくつも付けられて出血が酷かった。
このままではミナもまた倒れてしまう。
だけど、相手の動きは野生の獣のように速く、加えてどこから現れるのかも分からないため、ミナの反射神経では捉えることができない。
まるで瞬間的に移動でもしているかのような、縦横無尽な攻撃が続いていた。
「だけど、あたしなら……」
ミナよりも私の方がそういった能力は長けている。
ただ、刀を振り回すだけじゃ悪魔にダメージを負わせることはできない。魔法が必要なのだ。
つまり、魔法石を使った抜刀術さえ使いこなせればいいわけだけど、秘密の特訓はまだ形になってきたばかりで未完成だった。
まだ不完全な状態なのに、魔法石を盗んで特訓していることがバレれば確実に止められる。
「だけど、そんなこと言ってる場合じゃないわよね。それに成功させれば問題ないわけだし」
ミナを助けるためにこの旅に同行しているのだから、今動かないで何になるというのか。
私は水のように澄んだ色の魔法石を取り出して抜刀の構えを取った。
ミナが杖でよろめく体を支えるのを見計らったかのように、ミナの背後から悪魔が姿を現す。
だけど、刀の柄を握る私の片腕は姿を捉えるよりも前に動き始めていた。