たった一つの姉妹03:紫色の石
「ミナ〜。もういい加減、起きなさいってば〜」
宿のお世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドで、ミナは安らかな表情で眠っていた。
普段の仏頂面からは考えられないその寝顔はありきたりで安直な例えではあるが天使のようで、女の私でも目が離せなくなる。
魔法をかけられたんじゃないかと疑いたくなるほど自然に、私の視線は彼女の唇へと吸い込まれていた。
その時、背後に誰かの視線を感じて振り向けば、部屋の片隅で丸くなる黒猫のクーニャが私を見ていた。
「ニャ〜……フンッ」とクーニャが何か言いたげに鼻を鳴らした。
「クー、これは違うのよ。そういうんじゃないから」
言葉が通じるわけでもないが、あらぬ誤解を慌てて否定する。
「ほら、ミナ。今日はクーの買い物に行くんでしょう」
「……おはようございます。昨日は夜更かししてしまったので……お昼まで寝させてください……」
「あんたは覚えてないんでしょうけど、これは二度目のやり取りなの。今はもうお昼よ」
「では……諦めてください……。どうにも眠いんです……」
「今日は一段と寝坊助さんね。いったい、何時まで起きてたのよ」
机の上には透明な紫色の石が置いてあった。おそらく、夜更かしの原因はこれだろう。手に取って太陽に透かすと、中には黒色の穴のようなものが見えた。
この石をミナは魔法石と呼んでいる。唱えた魔法を水晶の中に閉じ込めることで、面倒な詠唱を省略していつでも誰でも魔法を使えるようにしたミナ特製の優れ物だ。
私の場合は刀に魔法をまとわせることで、水の刃を飛ばすとかの普通の人間にはできない様々な剣技に応用している。
この紫色の石にも何かしらの魔法が刻まれていると予測できるけど、見覚えがないため具体的な効果は分からなかった。
「起きないなら置いていくからね。あたしとクーの二人だけで買い物するわよ」
「お願いします……。クーニャさんにお似合いのを選んであげてください……」
「なによ、まったくもう。行くわよ、クー」
クーニャはスッと起き上がると、私の言葉に従って即座に腕の中へと飛び込んできた。
この子は人の言葉を理解できているわけではないようだけど、どうしてかミナとだけは意思疎通できるらしい。
そのおかげで単語の音と意味の紐づけを教えられて、今では簡単な単語なら理解できるようになったそうだ。