たった一つの主人公11:クーニャ
僕は立ち去ろうとする魔法使いたちの背中に呼びかけた。
「ねえ! 君たちの旅に、僕も同行させて欲しいんだ」
なんだか気恥ずかしくて言い出しずらかったことが、今ならすんなりと言うことができた。
魔法使いは立ち止まって僕の方を振り返る。
「わたしたちは灰の悪魔と戦い続けます。つまり、同行するということはそれだけ危険が付きまとうということです」
「もちろん理解してるよ。それに、僕は君の力になれる。君を魔法少女にしてあげられるんだ」
「確かにあの力はこの旅に必要なものだと思います。ですが、あなたは死にかけたのですよ。その力を理由に強要していいことではないと思っています」
僕は彼女との会話を思い出す。
「……僕でも……主人公になれるの?」
「可能かどうかではありません。何かを願ってしまった時点で、もうそれを叶えるしか道はないのです」
僕には主人公になるという願望がある。戦いの最中で悟ったことを説明するのであれば、それは僕の紡いだ一生を最後に振り返ってみて、“これなら僕はこの物語の主人公だった”と僕自身が納得のいく出来栄えにすることだ。そして、それを叶えるために彼女たちの行く先を一緒に進んでいきたいのだ。
「僕は僕が進みたいと思う道を見つけたんだ。だから、君たちの旅に同行するしかないと思っている」
「……分かりました。では、これからよろしくお願いしますね」
魔法使いの隣で僕たちの様子を眺めていた魔法剣士がじゃれるように僕を抱き上げた。
「なになに、この子も連れていくことにしたの?」
「ええ、そうです」
「というか、結構前から思ってたけど。ミナ、あんたいつからそんな芸当できるようになったのよ」
「そんな芸当というのは……?」
「決まってるじゃない。──猫と会話してることよ」
「そのことですか。わたしも猫と話ができるとは思いませんでした。だけど、この子が例外なのではないかと思います」
言われてみれば、初めからおかしな話だった。だけど、死と隣り合わせの状況でそれを気にするほどの余裕を僕は持ち合わせていなかった。
僕はただの黒猫で魔法使いは人間だ。意思疎通の手段が異なる僕らの間で会話が成立するのは本来ならあり得ない。
魔法剣士が話す言葉の意味を理解できないことから、魔法使いの言う通り僕にとっては魔法使いが、魔法使いにとっては僕が例外なのだろう。
「何にしろ、動物と会話できるのは羨ましいじゃない。あと、あの格好よ。ヒラヒラの可愛いやつ」
「魔法……少女ですね。ただ、あれはわたしの趣味ではなくてですね」
「魔法少女って。……あんたもう自分で少女と名乗る歳でもないでしょ」
「そ、そうではありません! 魔法少女という固有名詞なんです!」
「ハハッ、必死にならなくても分かってるわよ。あの変身はこの子の能力なの?」
「正直、正確なことは分かりませんが、誰でもできるというわけではないと思いますよ」
「なんだ〜。あたしも言いたかったのに。あの“オープン何とか”ってやつ」
「あれは!」
魔法使いは覚えていない誰かさんに騙されたのだと反論しようとするが、声が裏返って言葉を詰まらせる。真っ赤に染めた顔を誰にも見られないようそっぽに向けた。
「ちょっとからかい過ぎたわね。あっ、そうだ。あたしはマイカ・オトツキよ。あたしの言葉は通じてるのかしら」
魔法剣士は抱きかかえる僕に向けて名前を名乗る。
「そういえば、自己紹介をしていませんでしたね。わたしはアルミナ・アルファート──親しい者からはミナと呼ばれています。そして、こちらはマイカさん。一緒に旅をしていて、わたしの幼馴染でもあります」
「まあ、幼馴染でもありお姉ちゃんでもありって感じかしらね」
「いえ、姉だなんて思ったことはありません!」
「なんでよ。普段からあんなにお世話してんのに」
「えっと、魔法使いのミナに……魔法剣士のマイカ……。うん、覚えたよ」
「魔法剣士……? マイカさんは剣士ではありますが、魔法使いではありませんよ」
「そうなの? 最初に僕を助けてくれた時、確かに魔法を使っていたと思うんだ」
「それはわたしが作った魔法石ですね。誰でも即席で魔法を使えるようにしたものです」
「へ〜、そんな物まで作れるんだね。凄いや。それがあれば僕でも魔法を使えるってことだよね」
「もちろん、その通りです。あなたにあった魔法石を今度作ってみましょう。……それはそうと、今度はあなたの名前を教えていただけますか?」
「ああ、そうか。だけど、どうしよう。実は僕、名前がないんだ」
「……そうなのですね。ごめんなさい」
「いや、そんな気を使うような話じゃないんだ。人間には一人一人に固有の名前を付ける習慣があることは知ってたけど、この森で暮らす僕たちにそれと同じ習慣がないってだけなんだよ」
「なるほど。そのような文化の違いがあるのですね。差異は他にも沢山あると思われますので、気になることがあれば言ってくださいね」
「分かったよ。そ、それでなんだけど……も、もし良ければ僕の名前、ミナに付けてもらえると嬉しいなって」
「わ、分かりました。名付け親になるのは初めてなので緊張しますが考えてみます。えーっと、ミャー……ニャー……う〜ん」
「突然、猫の鳴き真似なんかして、どうしたのよ」とマイカが笑う。
「ち、違います。この子の名前を考えているだけです」
「そういうこと。でも、ミナはそういうセンスなさそうよね。そもそも、この子はどっちなのよ」
「どっちとは何のことでしょうか?」
「決まってるじゃない。オスかメスかよ。つまり、ここにあれが付いてるかどうかね」
マイカが僕を万歳させて股の間を覗き込む。
「な、何をしてるのですか! マイカさん、はしたないですよ」
「猫なんだし気にすることないじゃない。この子は女の子みたいね。可愛い感じの名前にしてあげたら」
「女の子……ですか? てっきり、男の子なのだとばかり思ってました」
「僕ってそんなにオスっぽいかな?」
「一人称が僕ですし、それに“主人公になりたい”と言うのが何だか男の子っぽいと思ったので。これはわたしの偏見でした。すみません」
「別に気にしてないし、謝るほどのことでもないよ」
「ありがとうございます。えっと、気を取り直して……名前をミャーの助にしようと思いましたが、女の子ですので……クーニャというのはどうでしょう」
「いや、待ちなさいよ。どうして、わざわざ猫の鳴き声を入れる縛りにしてるのよ」とマイカが口を挟んだ。
「やはり猫ですので、その方が可愛いと思います」
「そ、そう? まあ、そうかもしれないけど。本人……? が良いって言うなら異論はないわ」
「どうでしょうか? クーニャという名前は気に入っていただけたでしょうか」
「うん、気に入ったよ! ありがとう。これが人間の感覚的に素敵な名前なんだよね」
「そ、そうですね。わたしは可愛いと思って付けさせていただきました」
僕はクーニャという素敵な名前を授かった。心機一転、何だか生まれ変わったみたいだ。
正式に彼女たちの旅仲間になったところで、僕たちはひとまず戦いの疲れや傷を癒やすために近くの人里に向かうこととなった。