たった一つのまほろば:エピローグ
灰の魔王は十二の魔法使いによって見事倒された。しかし、魔王の強大な力を沈める代償に、魔法使いはその力を失ってしまう。
魔王を滅ぼしても灰の悪魔がこの世界から消えるわけではなかった。そこで魔法使いは最後の力を振り絞り、魔法の力を開花させる魔法石を生み出す。そして、十二の魔法使いはこの世から姿を消してしまった。
武を極めた者が魔法石に触れると魔法の才能が開花する。十二の魔法使いはいなくなってしまったが、世界全土を合わせれば三百にも及ぶ魔法使いが新たに誕生したのだった。
これは全て真っ赤な嘘である。世界の理を書き換える上で、その変化に対する必然性が必要だ。
魔法の力を開花させる者の出現が必然であるかのように演出するための、ミナが考えたあらすじだった。
そして、魔法の世界で数十年が過ぎ、その世界に生きる全ての人が魔法を使えるようになっていた。
十二の魔法使い以外でも誰もが魔法を使えるようになる──ミナが世界の理の改変に成功したことを意味した。
ミナは世界を救うことができなかった。だけど、それは決して彼女が無力だったからじゃない。彼女が一人で世界を救う必要はなかった。ただそれだけのことである。
この世界は優しさに満ちあふれている。確かにそれは理想なのかもしれない。だけど、優しさだけがあればいいのだろうか。困難を前にして悩み、時には傷つくことも等しく、優しい大人になるためには必要なのではないだろうか。
魔法の世界には灰の悪魔の問題が依然として残っていた。
悪魔は元々、別の世界で生きていた人間だ。決して、その全てが害をなすわけではない。そう提唱したのは悪魔族の最後の生き残りであるリリアだった。
彼女は理想を掲げて戦った。その理想は叶うことなく、彼女は天寿を全うすることとなる。だけど、彼女のしてきたことは意味がなかったわけでは決してない。彼女の名とその意志はこの世界に長く生き続けた。
ミナたちの師匠──ガルド・フォン・ガルディアスは開花した魔法と相棒の灰の悪魔と共に、彼の寿命が尽きる前日まで戦い続けたという。そして、彼らの名は英雄として後世まで語り継がれることとなった。
ミールはミナから教わった科学の知識を足がかりに、この世界の科学技術を爆発的に発展させた。ミナはこのくらいなら教えても差し支えないだろうという魂胆であったが、その事実はミナの予想を悪い意味で裏切るかたちとなった。だからといって、今更この世界に干渉する気もミナにはなかった。
ミナたちが世界の観測者になってから、魔法の世界では一万年を超える歳月が経過した。
この世界の科学技術は元の世界の水準の先を行っていた。先駆者としてミールの名は未だに語り継がれている。その時代には既に灰の悪魔は脅威でなくなっていた。そして、ある日を境に悪魔は現れなくなった。
この世界はついに救われたのだろうか。いや、そうはならなかった。ミナたち十二人の魔法少女がなくした戦争という概念は既に復活していた。
魔法の世界で更に数え切れないくらいの歳月が経過する。人類は滅んでいた。それが科学技術の発展し過ぎた人類のサガなのか、魔法の世界はこの人類にとって狭すぎたのか。原因を挙げれば切りはないが、既にミナたちの理解が及ぶ境地を脱していたため深く考えることはしなかった。
魔法の世界にはこれまで灰の悪魔だけでなくあまたの問題が発生してきた。世界は何度滅びかけただろう。だけど、それはまた別の物語である。
世界の救済という名の呪縛に囚われ永遠を生きることになってしまった少女──その救済こそが本筋なのだから。
ミナたちが魔法の世界に干渉することは一度としてなかった。それは彼女たちが幸せだったからに他ならない。
元の世界の文明水準における人間の寿命である百歳前後まで、彼女たちはたった一つの理想郷で幸せに暮らしましたとさ。