4.皇后にされてしまった
陛下に見せた未完の新作は、出版禁止を言い渡されてしまった。
理由は教えて貰えなかったが、登場人物が陛下の妃嬪の誰かにそっくりだったのだろうか?
描き直しても良いのだけれど。
「ところで、何故、犯人の性別を変えようと思ったのだ?」
「それは、執筆中何度も書き間違えたからです。男と書く筈が女と書いてしまったり、彼と書くつもりが彼女と書いてしまったり。ですので、こんなに間違うなら、いっその事、性別の設定を変えてしまおうと」
体が男で心が女と言う事に。
「そうか」
そう言えば、後宮医師の一人が処刑されたと言う噂を聞いたけれど、まさかね。
「まあ、それは、もうどうでも良い。『ブラウローゼ』シリーズの新作の構想は、出来ているのか?」
「ヴォルフガングとアルミンの弟達、それから、ブルーノとクリスティアンの部下達で考えておりましたが、実在人物とほぼ同じになってしまうのであれば、気が引けます」
「朕が許す。早く読ませてくれ!」
皇帝陛下には逆らえない。
彼等の目に入らないと良いけれど。
「実は、ブルーノとアルミンの組み合わせも良いと思うのだが、ヴォルフガングとクリスティアンの心情を考えると、悩ましい所だな」
「では、違う運命を辿った別の世界であると言う設定で書きましょうか?」
「そのような手法が! 其方、天才ではないか!?」
「大袈裟ですわ。陛下」
流石に、女体化とか獣人化とかは、止めておいた方が良いだろう。
その後、私以外にも男性同性愛物を書く人が増えたり、女性同性愛物を書く人が現れたりした。
それによって同性愛者が増えると懸念した人々が、禁書や焚書にしようと陛下に働きかけたが、逆に怒りを買って、逮捕されたり・左遷されたりした。
私は、皇后となった。
陛下が腐男子になってしまったのは私の所為だと、命を狙われたりもしたけれど、まさか、その所為で陛下が私を皇后にすると言い出すとは思わなかった。
あ、勿論、逆鱗に触れた犯人は処刑されました。
「デリア。お父様の50歳のお祝いに、お父様とお母様の思い出話を基にした恋愛小説を書いたの。送ってくれる?」
私は、侍女のデリアにそう言って、原稿を渡した。
お母様を生き返らせることは出来ないけれど、思い出を書いて残す事は出来る。
とは言っても、二十年位前に聞いた話なので、ちゃんと全部覚えていた訳では無い。
大体の所はあっていると思うが。
「やっぱり、止めましょうか。私の小説で、お母様との思い出を上書きしてしまうかもしれないわ」
私は、思い出を書き残すとしたら、お父様本人が書くべきだと思い直した。
「ローザリンデ様がお書きになられたのですから、実際の出来事と同じなのではないでしょうか?」
「そんな保証は、ありません」
架空の人物として書いた『ブラウローゼ』シリーズは、家族構成や過去の出来事など一部が実在の人物と一致していた事は、本人達から聞いている。
けれど、他の小説は、実在の人物や出来事とどれだけ同じなのか、殆ど確認出来ていない。
「それもそうですね。……ですが、同じかどうかは公爵様にお読み頂かないと判りませんし、お渡ししてみては如何でしょうか?」
「確かにねえ」
直接届けてくれたデリアは、お父様が大層喜んでいたと教えてくれた。
良かった。
「お母様。新しいお話を書いてください」
娘のエルネスティーネが、本を抱えておねだりをしてきた。
我が国最古の小説を子供にも解り易くした本を、去年の誕生日プレゼントとして作ったのだ。
気に入ったようで、何度も読んでいた。
「どんなお話が良いの?」
「えっと。このお話のゲラルト(主人公)とヘルマン(助手)がお付き合いしているみたいなので、二人が恋人になっているお話を書いてください」
「流石は、朕と其方の娘だな」
「ええ」
BL小説は娘の目に触れさせていないし、腐った会話も聞かせていない筈なのだが、腐ィルター搭載されている。
「ゲラルトとヘルマンが恋人になっているお話ね。解ったわ」
「あ。でも、男の人同士だと結婚できないので、ヘルマンを女の人にしてください」
「ふふ。良いわね。筆が乗りそう。早速、書いてみるわね」
「ありがとうございます。楽しみ」
私は其々の自室に向かう二人を見送って、構想を練り始めた。