3.問題解決
「ところで、新作は、何時頃になりそうだ?」
一頻り感想などを話した後、陛下はそんな事を尋ねた。
「それなのですが、実は、今、恋愛小説でも官能小説でもない物を執筆中でして……」
「どのような話なのだ?」
「はい。架空の帝国の後宮が舞台で、皇帝に恋慕したある女が、皇帝の御子や妃を殺害する話で……」
陛下の顔色が変わったので、口を噤む。
陛下が子や妃嬪を喪っている可能性は十分あるのに、浅はかだったかな?
「原稿はあるのだな?」
「まだ途中ですが」
「良いから見せてくれ! 挿絵もあるか?!」
陛下の剣幕に、私は急いで原稿を渡した。
「此方ですが、まだ修正前でして……」
「修正?」
聞き返しながら原稿を捲った陛下は、驚いた様子で手を止めた。
「失礼致します」
原稿を覗き込めば、陛下が目にしたのは、『設定資料』と書いた登場人物全身図(名前入り)だった。
「これは、ですね」
「それより、犯人は、どうなる?」
陛下は、ネタバレ平気なのだろうか?
「それが、陛下に見つかって捕まるか・自殺するかで迷っていまして。どちらも、なんとなく筆が乗らないんですよね」
◇
後宮医師エルマーは、今年誕生した皇子の為に薬を煎じていた。
遅効性の毒を入れる手つきも、慣れたものだ。
愛する人の血を引く子供と言えども、愛しく思う気持ちなど微塵も無い。
己以外の女の子など、生まれて来る事すら許せない。
愛する男と恋仲ですらないと言うのに、エルマーは、不遜にもそんな身勝手な理由で彼の妻子の命を奪っていた。
相手は皇帝。その妻子の命を奪うなど、一族郎党処刑されて当然の罪であったが、エルマーは、己の罪が発覚するだなんて微塵も心配していなかった。
実際、エルマーを疑っている者は一人もいない。
そう。数時間前までは。
「何を入れた?」
「へ、陛下?!」
突然、背後から愛しい男の声が聞こえ、エルマーは驚きと喜びで振り向いた。
「どうなさったのですか? 突然……」
毒薬を作る時は着飾って化粧しているので、何時もと違う自分の姿に惚れないかと僅かに期待する。
「何を入れたと聞いている!」
「……ただの薬の材料です」
自分は陛下の好みに合わないと解っていたが、エルマーは落胆しながらそう答える。
「そうか。ならば、お前が毒見せよ」
「私をお疑いなのですか!?」
愛する人に疑われ、エルマーは傷付いた。
「貴方様に疑われては、生きていけません」
同時に、自分が彼の妻子の命を奪っていた事に気付いた陛下に、感服の気持ちが沸き起こっていた。
悲しみと喜びを胸に、エルマーは即効性の毒を取り出し、呷ろうとした。
「逃げる事は許さん!」
腕を掴んで阻止し、皇帝フリードリヒ・ブルーメは、近衛に命じた。
「この男を捕えよ!」