軽い気持ちで嘘告でバズろうとした神仙さんのお話
放課後の屋上で男女二人が長い距離を置いて向かい合っている。
不審者のようにキョドキョドしてる二宮とまるで太陽のように貯水タンクの上で仁王立ちする高嶺だ。……なんだこの距離感、絶対告白する距離感じゃねえ。
「じつは二宮くんのことが好きなの。お試しで一週間だけでいいから付き合ってください!」
「拙者は三次元には興味ないでござる」
「え……」
「ごめん!」
二宮が走り去っていく。告白失敗した高嶺は呆然。あたしも呆然だ。何が起きたかマジで理解できない。
高慢稚気高嶺は美少女だ。名前は爆笑ものだけど美少女だ。どっかのアイドルグループに放り込んだらセンターもぎとってくるレベルの美少女で金持ちのお嬢だ。満点だよ満点女子だよ。フるか普通? 二宮目ん玉ついてないだろ……?
あたしの戸惑いも知らずにお隣ではヒカリが笑っている。腹を押さえて笑っている。正直に言おう、なんだこいつって感じだ。
あたしの気分を例えるなら「高嶺が敗れたか、だが奴は四天王最強」だ。マジでビビってる。だってこの後あたしが告るんだぞ? 絶対失敗する。ヒカリが他人事こいて笑ってる理由が本気で理解できない。
「ぷくくくく……最高の結果だったね」
マジかこいつ? どんだけ自信あるんだ。高嶺と比べたらあたしらなんてカスだぞ。化粧で誤魔化し利かせてるだけのカス女子だぞ。まさか男と一回付き合ったことがあるってだけで高嶺より上だと勘違いしてんのか、絶対爆死するんぞこれ。
あたしをこんなひどいゲームに巻き込んだヒカリを睨みながら、事の始まりを思い出す。
あれは昼やすみの出来事だ。
――――――
神仙レイナは平凡だ。
退屈な人生と平凡な毎日。ドラマの中じゃみんな悩みを抱えていてケンカしたり恋したりドラマチックに生きてるのに、あたしは平々凡々高二に進級。いつもの面子とダベってるだけの変わり映えのない日々……をぶち壊すのはだいたい親友のヒカリだ。
彼氏と口喧嘩してフラれたっていうヒカリの慰め企画を出し合ってたら、ご本人様からこんな提案がある。
「これやらね?」
スマホの中で男女が馬鹿みたいに騒いでる。いま流行りの嘘告だ。すげー景色とかすげー食いもんではイイネも集まらなくなった昨今こんな性質の悪い遊びが流行ってる。
面白いとは思う。画面の向こうで名前も知らない誰かが泣いたり笑ったりしてるの見るのはテレビを見ているのと同じ気分だ。現実感がない。あたし神仙レイナの中ではこいつらはドラマの中の登場人物みたいなもんだ。……今日まではね。
「やるって……嘘告を? ガチで?」
「ガチ」
ヒカリはやると言ったらやる女だ。持ち込み企画担当の名は伊達じゃない。
元々ヒカリの失恋記念パをやるって話なので乗っかるしかなかった。この時は本当それだけの軽い気持ちだった。ヒカリの気が晴れるならいいかってゆー軽いノリ。
そして放課後に高嶺の嘘告爆死である。
たいして仲良くもない男子相手に突然告ってオーケー貰おうなんて土台無理があったんだ。現に高嶺が爆死してる。口をあんぐり開けたまま彫像みたいになっている。
やっぱり流行りの動画なんて嘘ばっかだ。この嘘告ゲームそうとうやべーぞ……
明日世界が終わるんならドントコイだ。千人でも万人でもフラれてやる。でもあたし達は明日も学校に来る。学校にはあと二年通うんだ。
三日後にはあたし達は学校中の笑いものだ。カースト最底辺の男子に告ってフラれたバカジョ扱いだ。
最悪だ、絶対耐えられない、途中で絶対不登校になる。
正直嘘告を舐めてた。ぐったりと脱力する高嶺の姿は明日のあたしの姿だ。告ってフラれるとか絶対に耐え切れない。好きでもない男子に告ってフラれるとか絶対立ち直れない。
覆すしかない!
「ヒカリ、告る奴変えていい?」
「へ? いいけど、どした?」
成功率を上げるためだよ!
「本気でいく」
我に必勝の策あり。
翌日の放課後あたしは見事に嘘告を成功させた。相手は隣のクラスの中松だ。あだ名はぬりかべ。プロレスラーみたいなでかい図体してる癖にいつ見てもぬぼーっとしてる冴えない男子で、こいつはあたしのことが好きだ。
しょっちゅう目が合うから間違いないし実際一回だけ探ってみたこともある。
『中松ー、もしかしてあたしにこと好きなん?』
『なんでそれを!?』
って驚いてたから間違いない。正直いくら嘘告だからって一週間を交際する相手に中松はねえよって思ってたけど、このゲームに負けることだけは許されなかったから妥協した。
そんで嘘告したら「うおおおお!」って喜んでた。それは普通に嬉しかった。
それから中松との一週間だけの嘘交際が始まった。マルキューに行ってブラブラ服見たりゲーセンでプリクラ撮ったり、いつもヒカリと高嶺とやってる感じだ。中松はずっと「へー」って驚いてた。プリクラ初めてだったらしい。そんな奴もいるんだって驚いたね。
中松はしょっぱい男だ。見た目は冴えないウドの大木だし面白い話なんてできないしオシャレな店だって知らない。スタバに連れてったら「初めて入った」なんてキョロキョロしてたくらいだ。でも気に入ったみたいでストロベリーマキアートをグランデで飲み干してた。二杯ね。
こいつどんだけ腹に入るんだよって笑いもしたけどそれだけだ。
何も面白い話してこないからあたしばっかしゃべってて中松はそれをニコニコしながら聞いていた。
「もしかして退屈してね?」
「そんなことは! 全然ない!」
なんて言ってたけどたぶん人間的に合わないんだ。一週間付き合ってみてあちこち遊びに行った感想は悪い奴じゃないけどつまらないって平凡な感想。無理に告って無理やり連れ回して嫌な思いをさせただけ。……どうせフるんだから好都合だけどさ。
そしてきっかり一週間後の放課後、屋上に呼び出した中松に真実を告げてやった。嘘告大成功っていうおきまりの看板チラつかせてな。
中松は怒らなかった。
――――――
中松は怒らなかった。それどころか五月の青空みたいなすっきり顔をしている。
「わかっていた。嘘告動画流行ってるしな」
「中松……」
「大成功っ、大成功♪」
「嘘告大成功♪」
看板持って踊ってるヒカリと高嶺にすげーイラつく。なんで髪がピンクになってんだよ!
中松は怒っていいんだよ! なんで微笑ましそうに見てるの!?
「すまね、このアホどものことは気にしないで。……あー、うん、これだな。色々振り回して悪かったな。あたしに合わせてたからつまらなかったろ」
「いや楽しかったよ」
中松はそれだけ言って帰ってった。
すげー怒ると思ってたから拍子抜けした思いと、許されちまった苦味があたしん中でグルグルしてて、最低の気分だ。
あれから一ヵ月、相変わらず平凡な日々を繰り返してる。いまはたまたま再会した同中のダチに誘われてカラオケで合コンしてる。
そこそこ顔のいい男子。流行りの歌をうまく歌える男子。面白い男子。そいつらから一目置かれてる感じの格好いい男子。
普通に楽しい合コンだけどどこか息苦しい。みんなが笑ってると自分まで笑わないといけない。ノリが悪い奴って思われるからだ。
おきまりのルールに従わされて自分っていうものが消えてく息苦しさが懐かしい。そーいや高嶺たちとつるんでからそーゆーのはなかった。
『別に無理に笑わなくていいし』
『その作り笑顔好きじゃない』
あいつらは無理して笑ってると逆に怒り出す面倒な連中だから、付き合うには昔投げ捨てた自分を掘り出さなきゃいけなかった。面倒な二人だけどつるんでると息苦しいって感じたりはしなかったな。
高嶺もヒカリも親友だ。変な名前同盟だ。心の奥に抱えてた不満グチグチ言い合ったおかげでもう何も隠すものがない。そーゆー関係を親友っていうならこいつらは何なんだろ?
そのうち男子のリーダー(エイジだったっけ?)が受話器で酒を注文し始めた。それはまずい。補導される。一応指定校推薦狙ってる身で補導はまずい。
「酒はまずくね?」
「平気平気、ここ俺の親父がやってるカラオケだから制服でもよゆーだって」
「そういう意味じゃなくね……」
やべーノリだ。調子に乗ったヒカリがヘマこく時と一緒だ。高嶺がいれば合気道で締め落としてくれるんだけどな……
補導なんて冗談じゃない。あたしはカバンを掴んでとっととトンズラこく。
「帰る」
「え、本気で? もしかしてけっこう固い家の子?」
「そーゆーんじゃねえだろ」
個室の入り口から全員ににらみを利かせる。口から飛び出すのはもう二度と会わないと確信している時にだけ言える言葉。
「翔子、由佳、明里、おめーらいつまでもくだらねえ事やってんなよ。高校生っつったらいい大人だろが」
「はあ!?」
同中だったってだけの友達でもない誰か達がギャンギャン言ってくるけど完全無視。勝手に中退してキャバでもやってろって感じだ。
一人分の代金だけ払ってエレベーターに乗り込むとエイジ?が乗り込んできた。
「しつこいのはきらいだ」
「わかった。わかったから駅まで送らせてくれ、さすがに女子を怒らせたまま帰しちゃ男が廃る」
古くせーけど中々いいことを言う男子だ。中松が言いそうだな。……なんで中松と比べてんだあたし?
外はもう夜になっていた。
「こっち、近道があるんだ」
っていうエイジが裏通りをスイスイ抜けていく。
表通りはネオン的な何かで明るいのに暗い裏道をずんずか進む。右に曲がって左に曲がってまた左……
しつこく話しかけてくんのだけがウザい。
「ほんとに帰るの?」
「帰る」
「俺なんか嫌われることした? 酒がいやならレイナだけ飲まなくても」
「呼び捨てにすんな。そんな仲じゃねえだろ」
「まいったな、神仙さんのことけっこう好きなのに……無理やりはいやなんだぜ?」
腕を掴まれた。さすが男子だな、強え!
グイグイ引っ張られたまま裏通りを抜けるとホテル街だった。最低な予感がしてる。古ぼけたホテルビルにそのまま引き込まれそうだ!
「離せ!」
「心配しなくてもいい、ここは」
「どうせ親父のやってるホテルとかなんだろ。いいから離せ!」
「へえ、察しいいじゃん。じゃあこれからどうなるかわかるよな? 早く諦めて楽しんだほうがいいぜ?」
やばいマジで引き込まれる。まずいまずいまずい――――
「助けてッ、高嶺ぇー!」
「高慢稚気さんではないが―――承知!」
野太い声が後ろからやってきた。
ワンパンで七光り男子をぶっ倒す。それはもう見事な正拳突きだ。……あたしは座り込んだまま、荒い息をする塗り壁みたいな男子を見上げている。
そいつの顔を見た瞬間に感情がグチャグチャになった。
「なんでだよ!?」
「……こいつらは同じ中学でも性質の悪い連中だったから心配でつい」
「そうじゃねえよ!」
「かっ、空手やってたんだ。茶帯だけど……」
「ちげーよ! なんで心配するんだよ、なんで助けてくれるんだよ、あたしあんたにひどいことしたじゃん! 中松お前あたしがひどい目に遭えばいいとか思わなかったのかよ!?」
「欠片も思わなかった」
だから何でだよ……
中松が助け起こしてくる。差し出された手をどんな面して取ればいいのかわからなかったけど、強引に引き上げてくれた……
「最初から嘘かもしれないって思ってたんだ。ずっと好きだった女の子から告白されるなんてありえるはずがないって……もしかしたらって期待もしたけど」
「じゃあ怒ってるだろ」
「本音言うと少しだけな」
やっぱり怒ってたか。そりゃそうだよ。あたしだったらひっぱたいて怒鳴り散らしてる。
でも中松は怒っていない顔してる。あたしのおしゃべりを聞いてる時の笑顔をしてる。なんでだよ……
「でも楽しかったから許した。神仙さんのウソ彼やらなかったらマルキューなんて絶対入らなかったし、スタバだって高いだけのコーヒー屋だと思って入らなかった。あれからスタバに毎週通ってるんだ。今じゃお気に入りだ」
中松が男くさい野太い笑顔をしている。その顔が、ちっちゃな頃に出ていった親父に何となく似てる気がした。
「中松……あんたかっけえよ。なあ、もしよかったらだけど……」
「その先はダメだ。女の子が一度助けてもらったくらいで言う言葉じゃない。一度助けたくらいで惚れてもらおうなんて俺も考えちゃいない」
こいつどんだけ男気溢れてんだよ!
すげえな中松、男の中の男かよ! でも何で照れ臭そうにスマホ取り出したんだ?
「あのな、連絡先を交換しないか? あー、そのな、またこういう事があったら怖いし呼べばいつでも駆けつけるから」
「お…おう」
やっぱ中松だったわ。てゆーかメッセID交換してなかったのか。どうせフる相手だと思ってすっかり忘れてた。
中松のスマホを見るとメアドと電話番号があった。
「メッセでよくね?」
「あれな、よくわからなくてアプリ自体使ってないんだ」
「中松じつは昭和の人だろ。まだラジカセ使ってるだろ」
「あれはいいぞ。落語聞きたい時に使ってる」
「マジで使ってるのかよ!」
マジで中松は現代っ子じゃねーな。顔もちょっとおっさんっぽいしな。
安心したらやばい事実を思い出した。まだカラオケにいる翔子たちの安否だ。これを相談すると中松が七光りのスマホを取り出して電話をかけはじめる。
『中松だ』
『こ…浩二くん? なんで、え、栄治はどうした…んですか?』
『その子らは俺の……神仙さんの友達だ。不埒なまねは許さねえぞ、わかるな?』
『はいっす……』
これで解決した。中松すげー。
「中松もしかして怖い人だった?」
「か…空手やってたから」
「いや相手ビビってたじゃん、ぜってえ空手やってたってレベルじゃなくね? すげーよ中松、お前ほんと面白いよ!」
この後中松にメッセの使い方を教えてやって、家に帰ったあともずっと練習に付き合ってやった。寝落ちするまでずっとだ。
別れ間際に中松がこう言った。
「神仙さんをずっと守らせてくれ。何度だって俺に助けさせてくれ。そのな、惚れるのはいつでもいいから……」
その後自分がなんて答えたかは思い出せない。すっかり舞い上がってたんだ。
別れ際の中松の姿を思い出しながら眠った。あんなに怖いことがあったのに何の不安もなくぐっすりと眠れた。
それから二週間後、今度はあたしから本気で告白をした。
――――――
セミの鳴き声が鳴り響く。普段はうるせえって怒鳴り返してやるところだがあいつらも恋がしたくて仕方ないんだなって微笑ましくなる。
一学期最終日、陽炎ががんばってる日向を避けた文化棟の自販機のとこで中松とダベってる。
「明日から夏やすみだなー。まずは海でも行っとく?」
「その事なんだがな……」
中松が言いにくそうに切り出したのは夏は家族で青森に帰るって話だ。いきなりあたしの夏の予定こなみじんにしやがった。
「そのな、神仙さんさえよければ何だが……」
「は?」
三日後の早朝、あたしは東京駅で中松のご家族とご対面。
何でそんなことになったかっていうと一緒に帰るはずの親戚が急な腹痛で帰省をやめたから新幹線のチケットが一枚余ってたらしい。
いや一緒に居られるのは嬉しいんだけどいきなり家族同伴はハードル高いぜ……
中松の家族は個性的な面子だ。中松を一回り太くしたような親父さん。ロシアのビッグマムを思わせるお袋さん。柔道五輪候補の兄。弟もすでに身長180超えてる。巨人家族だ。
そして親父さんがまた豪快だ。
「ガハハハ! 浩二が仕事手伝うから金をくれっていうから何に使うかと思ったらレイナちゃんの新幹線代だったとはな。息子の成長が嬉しいぞぉ!」
「親父それは言うなって言ったろ!」
「親戚が腹痛って……」
「あー、いや、じつは……」
「うちの親戚は揃いも揃って頑丈でな。病気なんてしたこともねえよ!」
中松ウソ下手か。そーいや三日前からずっと腹痛の奴なんていねーわ。居たらやべー病気だわ。
そして四時間かけて新青森へ。駅からは迎えに来てた親戚の車で二時間かかった。
初めての青森は東京とは全然ちがう別世界だ。宮崎アニメーションの世界だ。
森と川。言っちまえばこれだけなのにすげー綺麗であたしは車窓から風景ばっかり見てた。
「そこな、有名な撮影スポットなんだ。たまに映画撮りに来てるらしい」
「へえー」
途中で立ち寄った酒屋も古めかしい木造で、壁に貼られた映画のポスターだけやけに新しかった。隣にある大きな小屋は昭和初期の頃は町で唯一の映画館だったらしい。
「黒澤映画とかの頃だな。今じゃあ近くにイオンシネマがあるからそっち行くけど」
「へえー」
中松の田舎は山の中にある300人くらいが住む小さな町だ。
ジャンプで飛び越せるくらい小さな水路に架けられた石橋を渡ったところにある木造の平屋がこいつのご両親の実家だ。
「……なんかすげー数集まってんだけど?」
「親戚が集まるといつもこんなもんだ。例年だと60人は来るかな?」
「60て。多くね?」
「普通だと思うんだが……」
普通じゃねーし。あたし親戚なんか一人も見た事ないし。
リビングではすでに宴会が始まっていた。二十畳はありそうな和室を襖を開いて二つつなげて宴会してる。家がでけえのも驚きだけどこの人数を許容できるテーブルの数もすげえよ……
「浩二が都会のギャル連れてきおった!」
「やるな浩二! こっちは嫁不足だから大歓迎だぞ!」
「浩二に負けた、ウソだろ……?」
親戚の集まりにはなんか普通に歓迎されちゃった。すぐに囲まれて中松との関係を根掘り葉掘り聞かれ、おじいちゃんらしき人からリンゴ農園をやるから中松と継いでくれと頼まれた。
日が落ちても宴会は続く。座って食べてるだけだと申し訳ないのでキッチンを手伝う。お母さん衆にはのんびりしてればいいのにって言われたけど働いてる人がいるのに座ってるのは申し訳ない。
「え、釜炊きなんすか?」
「炊飯器使ってる家もあるのよ。でもおじいちゃん昔ながらの人だから炊飯器のメシはまずいって譲らなくて……」
「いやー、でも釜のご飯おいしかったですし」
「毎日これだとうんざりするわよ」
テキパキ料理を追加していくお母さん衆に混じってたら中松がやってきた。
めっちゃひゅーひゅー言われてる。おい照れるなこっちまで恥ずかしくなる。
「散歩に行かないか?」
「へ、今から?」
もう夜だぞ。
「見せたいものがあるんだ。これを」
「なんで?」
夜の散歩なのにサングラスの装着を要求されてしまった。
「前見えなくなるじゃん」
「見せたいものがあるって言ったろ。着いてからのお楽しみだ」
静かな夜を歩いてく。草花の香りのする涼風と夜の闇。
夜のあぜ道を歩いてく。サングラスの闇があたしの視界を閉ざし、頼りになるのは中松の大きな手だけ。
「どこに行くんだ?」
「着いてからのお楽しみ」
「なんかくせーんだけど」
「ああ、この辺は肥溜めがあるから」
「間違って落ちたりするなよ」
「守るって言ったろ」
「お前は落ちる気かよ!」
中松は相変わらず冴えない奴だ。気の利いた会話なんてできないし、流行りの歌も知らない。
知ってるのは造園業のマニアックな話と落語だけ。でもそーゆーのが楽しくなってきた。
「すげー歩くじゃん」
「もういいぞ」
サングラスを取ると星の海があった。
満天の星空に架かる天の川。星の底から見上げるあたしは夜空に架けられた星の橋を延々と見上げてしまう。……こんなきれいなものは画面の向こうにしかないと思っていた。
「ここは俺のお気に入りの場所なんだ。神仙さんにはこれをずっと見せたかったんだ」
「どう…して?」
「待機画面去年からずっと星空だったろ。だから興味あるのかなーって」
「去年て。記憶力どうなってんだよ」
「神仙さんに興味もった理由だから。入学式で見かけた時から住む世界のちがう子だと思ってたんだ。いつもかったるそうにしてて、つまらなそうな態度で生きてるって」
「あの頃はまぁ不貞腐れてたけど」
本命の都立高落ちて友達誰もいない私立に入った時だ。まぁ結果よかったけど。
つかけっこうひどいこと言われてね?
「最初は不良のギャルだと思っていた。でも校門の桜並木を熱心に撮ってるのを見てそうじゃないって思い直したんだ。神仙さんいつも空とかの写真撮ってただろ? やすみ時間もずっと風景の写真見てたし」
「あぁうん、つか中松あたしのこと見すぎだろ。恥ずかしいぞ」
「うん、ずっと見ていた」
中松が肩を抱き寄せる。あたしは何だか嬉しくなって笑ってしまう。
中松は何も知らない奴だって思ってたけど、あたしだって中松の知ってること何も知らなかっただけなんだ。だってこいつはこんなにも綺麗な夜空を教えてくれたんだから……
「神仙さん、これからもずっと見ていていいか?」
「ばぁーか」
中松が真顔になる。考えに考え抜いたんだろうな。とっておきの告白のつもりなんだろうな。最高にドラマチックな場所を用意したもんな。わかるよ、中松いま最高に格好いいもん。二個だけ除けば大成功だぞ。
うん、告白大成功だ。だってあたしはこんなにもドキドキしている。こんなに嬉しい気持ちは初めてだ。
だからあたしから言ってやる。夜風が妙に気持ちいいのは顔が真っ赤なせいだ。
「そこはレイナだろ?」
「うん、レイナ、俺とずっと一緒にいてくれ」
「一つだけ条件がある」
「むっ、それはなんだ?」
「キスしてからもう一度同じの言って」
初めてのキスは天の川の下でした。満天の星に囲まれて初めての愛を誓う。この輝きの中で誓った愛なら信じられる、そんな気がしたんだ。
青森での一週間の帰省はとても満足のゆくものだった。
でも夏はまだ始まったばかりだ。たくさんの思い出にあたしの心が埋め尽くされても、この夜空だけはきっといつまでも焼き付いていると思う。
悲報 その頃ヒカリはハワイでリンボー見てる。
↓以下は著者による独白、余韻を残されたい方は見ない方がいいと思います。
嘘告という悪質な行いを高嶺さんのサイコっぷりでお茶に濁した第一弾とは作風を変えた第二弾でした。
高嶺ちゃんのオチだけでは「おい松島お前の恋愛はこんなものか?」と言われる気がして「ちがうんだ、私の書きたいのは純愛なんだ!」という懊悩から連載作でもないのに第二弾を作ってしまった。
人が人を愛する時は唐突に訪れます。でもきっかけは必ず別にあったはずです。あの子可愛いから好きとかあいつ格好いいから好きっていうのは、まだ好きではないと思うのです。
何気ない仕草や共通点、言葉選びのセンスや技能なんかに着目してそのうち少しずつ好きになっていく古臭い恋愛観にお付き合いいただきまことにありがとうございました。