7話:実験と偽装の話
俺はこの世界が寝る子は育つ世界であると、いくつかの実験と統計から確信した。
読み漁った文献から得られた情報としては、相変わらずレベル上げにはあらゆる経験が作用するということのみで抽象的な域を出なかった。
この世界で俺が経験したといえる事象はあまりにも活動時間が短いせいでほとんどのことを羅列することができた。
食事・読書・睡眠。俺はこの15年間3つの行動を延々と繰り返していたわけだが、食事については1日3食、読書に関しては1日1時間と平均程度あるいは平均以下の時間しか費やしていない。
こうなるとやはり睡眠がカギを握っていることになるだろう。
そこでまず、レベル上げと睡眠の相関関係について調べるためにこの世界における睡眠に関する研究や価値観について調べることにした。
――しかし驚くべきことに、この世界において睡眠という行為は全く重要視されておらず、睡眠に関する研究は一切なされていなかった。
そして俺を最も驚かせた事実、なぜこの事実に気づかなかったのだろうかと自分を疑ってしまったが、この世界の平均睡眠時間は1日3時間程度。赤子から大人まで、年齢問わずこの数字だというのだ。
確かに、この15年間誰かの睡眠を観測したことはなかったが、単に俺が寝すぎているだけだと思っていた。しかしそもそも、両親含めこの世界の人々はほとんど寝ていなかったのである。
恐らくこの世界の人々は生命維持に必要な睡眠時間というものが極端に短く進化していて、その最低限の睡眠だけをとって暮らしているのだろう。
今思えば、両親に何度か病院に連れていかれたことがあったが、俺の寝すぎを心配していたのだろうか。
そんな生活でよくおはようなどという言葉が生まれたなと思ったがそんなことはこの際どうだっていい。
ともかく、俺の異様な高レベルは睡眠によるものだと考えて間違いない、そう仮定した俺はこの4日間で実証実験を行った。
1日目の読書によるレベルアップの可能性を消すためにまずはレベル532になるまで待った。
2日目の朝、起きると寝る前531だったレベルが532に上がっていた。この時点で間違いなく睡眠によってレベルが上がったといえるが、念のため実験に移ることにした。
寝た。
ただひたすらに寝た。
他の経験を一切積まないように、寝た。
――そして4日目の夕方、レベルが上がった。
これで俺の仮説は一旦立証された。
詳しい条件などはまだ調べる必要があるが、少なくともこの約60時間は睡眠しか行っていない。
つまりこの60時間での俺の経験は睡眠のみとなる。
従って俺は、この世界を寝る子は育つ世界であると結論付けた。
この15年間の俺の睡眠時間を概算してみたが、他の人々の睡眠時間と比較しておそらく、1回の睡眠によって得られる経験値は指数関数的に上昇していくものであると考えられる。
この結論を何らかの形で発表することを悩んだが、こんなことを信じてもらえるとは思えなかったし、仮に認められてしまえばこの世界の循環を乱してしまいかねないため踏みとどまった。
「エイジくん、おはよう」
60時間も寝続けた人間に平然と話しかけるゲイツに少しの恐怖さえ感じたが、俺は軽く挨拶を返した。
「こんばんは、の時間だけどな」
「夕飯、みんなと食べる予定だけど、エイジくんはどうする?」
「あぁ、行くよ」
食堂へ向かう途中、ノアとエリスと合流したが
「も゛ぉぉ、エ゛イ゛ジィ心配しただんだがらぁ」
なぜか涙目のノアが鼻水をすすりながら話しかけてくる。
「ゲイツに聞いても『エイジくんは、永い眠りについたよ』としか言わないんだもん!」
「とにかく、無事で良かったですね! エイジさん」
ゲイツのせいでいらぬ心配をかけていたようだが、俺は寝ていただけだから知ったことではない。
食堂につく頃にはノアも落ち着いていて、皆で夕食を取った。
「じゃあ結局、あんたのレベルの秘密は何もわからなかったってわけ?」
「まぁ、そういうことになるな」
この3人には話してもいいかと思ったが、まだ出会ったばかりであるという点を考慮して隠すことにした。
「ただ、俺のレベル表示を偽装する方法が見つかった。だから俺は今後、このレベルを隠していこうと思う。お前ら以外に対する偽装工作だ、秘密にしておいてほしい」
3人とも何を言っているのかわからないという感じだったので俺は実演して見せた。
「まずは、ミ・ジガオニーベル」
「そして次に、ミンチェイダ」
俺の前に現れたプレートに移る533の文字は、22に移り変わった。
これは俺が図書館の本を読み漁った時に古い文献内で発見したレベルを偽装するためだけの魔法である。自分のレベルを自分のレベルよりも低く表示することしかできず、なぜこんなものを発明したのかは知らないが、俺はこの魔法の開発者を偉人と呼べるまでには感謝している。これをまた生徒に見せつければ俺が悪目立ちすることはない。
「なるほど、これはすごい」
「はぇー、ほんとだ」
「なんだか、もったいないですね」
食事を終えた俺たちは、食堂の前で解散し3人は寮へ、俺は校長室に向かった。いち早くこれを見せるべきは学校長だろう。
「失礼します、先日の件ですがおそらく何かの不具合だったのだと思います、これを見ていただけませんか」
「あぁ君か、良い、見せてみなさい。」
「ミ・ジガオニーベル」
同時に俺は心の中で先ほどの魔法を唱えた。
そして俺の前のプレートにはLevel22の表示がされる。
魔法には二種類存在するらしく、詠唱が必要な物と不要なものである。この2つの区別は術者のレベルに依存するため、俺はほとんどの魔法を詠唱不要で行使することができることになる。そのため俺はこの偽装魔法を完璧な形で実践することができた。
「やはり、あのような数字は存在しなかったのじゃな。報告してくれてありがとう、この広まってしまった噂はわしの方で訂正させてもらう。なにかおかしなことがあったらいつでも教えてくれ」
「ありがとうございます、それでは失礼します。」
そうして誤解を解いた俺は、寮へ向かった。
読んでいただきありがとうございます。五ノ神です。
やっとタイトル回収できました。これからもよろしくお願いします。
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