2話:門出と幼馴染の話
「ガハハハッ!! あんなにちっこかった小僧がもう魔法学校に入学か!! 誇らしいぞ!!」
耳を貫通し鼓膜を破る勢いの大声。父ルーベンである。
うるさいなどという言葉の枠を超えた規格外のエネルギー波のような声で、どこから出しているのかと15年間考えているが答えは出ない。
「ハンカチは持った? 制服、もう少し大きなものにすれば良かったかしら。嫌なことがあったらすぐ帰ってきていいのよ」
父とは対照的なささやくような優しい声。母イリスである。
心配性の母は俺の身支度をほとんどやってくれたがそれでも不安な点が多いらしい。4年前に魔法学校に入学した姉は何でもできるしっかり者であったのに対して俺はそのような素振りを見せていないためか、姉と比べてしまい心配なのだろう。
母には駅まで送ると言われたが、人の多い場所でこの声を開放してしまうのは恥ずかしいし、誰か気絶してしまっても申し訳ないので断った。家族2人だけに見送られる少し寂しい門出だが、あの声量のおかげか少しは寂しさが軽減されている。
「エイジー! 待ってよぉー」
家の前で両親に見送られてから駅への石畳道を歩いていると、後ろから呼び止められる。
赤いショートカットの髪をした、向かいの家に住む俺の幼馴染にあたるノアである。
俺が足を止めると彼女の足音が速くなり、キャリーケースをゴロゴロと転がす音が大きくなるのを感じた。そのまま振り返ると手を振りながら走ってくる彼女が目に入るが、俺まであと数メートルというところで彼女は石畳の繋ぎ目に躓いて盛大に転んだ。左手に持っていたキャリーケースからは手を放し、地面に俯きで万歳をする形で転がっている。転んだ時の音から転んだあとの体勢まで、芸術と呼んでも問題ないレベルの作品である。
駅まであと5分ほどというところであったため、周りには地域住民に混ざって白い制服を身にまとった同年代の子供たちがちらほらと見受けられる。おそらく俺たちと同じく今日魔法学校に入学する者たちだろう。
そんな人々の注目を、彼女は一連の動作で集めてしまった。地域住民はともかく、今後共に学んでいくかもしれない者たちにあんな姿を見られてはさすがの彼女でも堪えるものがあるだろうか。
「いててて。 もぉ、新しい制服なのに汚れちゃったよー」
こいつを心配することは、今後一切ないだろう。
道と呼べるレベルにはある程度整備されているものの、技術的な問題からか石畳というよりはむしろ岩畳であり、そんなゴツゴツした地面に受け身なしで顔面を打ち付けたのにもかかわらず、制服が汚れるだけで済んだのは人間業ではない。やはり芸術である。
起き上がった彼女に呆れた顔をしながら彼女のキャリーケースを拾い渡すと、何も言わず俺は歩き始めた。
「待ってってばぁー」
構わず歩く俺に彼女は小走りで追いつき、俺の左後ろを追うようにして歩く。
確かにさっき怪我でもされていたら、隣を歩く俺に入学早々あらぬ疑いをかけられ兼ねないため彼女の頑丈さに助けられたのかもしれない。
『アイザック魔法学校に入学する皆さんはこちらです!』
駅に着くと魔法学校の職員が数人で案内をしている。
無論、アイザック魔法学校は俺たちが入学する予定の魔法学校である。
かの有名なサー・アイザック・ニュートンからとったのかなどと一瞬は考えたが、世界が違うのでそんなはずはない。アイザックという名前はさほど珍しくないため創立者の名前か何かだろう。
この世界の教育機関は魔法学校のみであるが、魔法学校はいくつか存在する。
世界的に正式に認可されている魔法学校は5つありアイザック魔法学校に加え、ニコレイ魔法学校・シュタインズ魔法技術専門学校・アルバート=オリバー魔法女学園・ゴットフリート魔術学院がある。
魔法学校は概ね地域ごとに選ばれるが、例えばアルバート=オリバー魔法女学園はいわゆる女子校であるため一概にそうとも言えないらしい。
俺たちは案内の指示に従って魔法学校に向かう電車に乗り込んだ。
街の外観は中世ヨーロッパそのものではあるが、魔法によって無理やり技術的に進歩している部分も多いらしく、この電車もその一例である。見た目は蒸気機関車に似ているが、運転手が魔法によって動かしているらしく、空も飛べるらしい。
車内は各車両にボックス席が敷き詰められており、特急列車という感じがした。乗ったことなど一度もないが。
2号車の後ろの方のボックス席が空いていたため、俺たちは荷物を上の荷物置きにおいてその席に横並びで座った。普通は向かい合って座るものだろうが、俺が先に座ったら隣にノアが座ってしまったので仕方がない。
「エイジと電車に乗るなんて、なんか新鮮だね」
電車が動き始めると彼女がそう話し始める。
ノアと俺は幼馴染とは言え、俺の人間的活動時間が1日約1-2時間と短く、その間俺はずっと歴史に関する本を読んでいたため彼女とまともな会話をした記憶はほとんどない。
彼女の両親が仕事で忙しいとき彼女の両親と仲の良かった俺の母親が彼女を預かっていたため、本を読む俺の隣で遊んでいたのがここまで仲良くしている理由だろう。
「まぁ、そうだな」
もはやそろそろ活動限界を迎えそうな俺は適当に返すことしかできなかった。
「今日ね、朝お母さんがお弁当作ってくれたの。でもどうせ寮生活だと洗い物しないだろうからって使い捨ての容器で作ったんだって。もう、15歳なんだから洗い物くらいするわよね」
一生話しかけてくる彼女の音声を遮ることができたのは本だけであったが、家を出る前に持っている本はすべて読み終えてしまったのでその手段はとれない。
『次はーアベル、アベル。右側のドアが開きます。』
律儀に車内放送をしてくれるが、降りる者など一人もいないため俺にとっては彼女とともに俺の睡眠を邪魔してくる雑音にしかならない。
「ここ、空いてる?」
アベルで乗ってきた乗客だろうか、眠気によって意識が朦朧とする中、邪魔者がもう一人増えてしまった――