9話:召喚と契約の話
朝起きるとゲイツは机で何か作業していて、俺が起きたことを確認すると手を止めて挨拶した。
そのまま俺たちは食堂へ向かい、朝食をとってから教室へ行き授業を受ける準備をする。
準備と言っても俺は何も持ってきていないので寝る心構えとも言える。
「皆さんおはようございます! というわけで本日は、昨日言った通り――」
昨日本を読みすぎたせいで睡眠時間が足りていないので、授業が始まるとすぐに俺は眠っていた。
「――あ、あぁ?」
目を覚ますと教室には誰一人おらず、黒板には『西の森!!』という文字が残されている。
時計を見るとまだ授業時間内で、何事かと思ったが実習か何かで西の森で授業の続きをしているのだろうと察しがついた。
「なるほど、だったらこれを試すいい機会だ。」
「デ・トランスフェリングス」
そう唱えると俺の足元に魔法陣が現れる。
そのまま魔法陣が俺を覆っていき、視界が明るくなる。
視界が回復すると俺は西の森へ向かう列の最後尾に並ぶノアの隣に立っていた。
「初めて使ったが、便利だなこれは」
ちょうど昨日読んでいた本に書かれていた転移魔法。入学式の日に教員が使用したものを少し改良したもので、上位魔法と記されていたが使った感じではおそらく詠唱無しで使えそうだ。
「ギャァァッ――!? 何いきなり現れてんのよ!」
「起こさないで先に行くお前らが悪いんだ」
「起こしたわよ!!」
そんな口喧嘩を繰り広げながら歩いていくと、道が開けて湖の前の広場のような場所に着いた。
「それでは、今日はここで召喚魔法を実際に行使してみましょう!」
やはり実習の授業だったらしい。召喚魔法、下位魔法に分類される魔法でその名の通り生物を召喚する魔法。下位魔法とは言え召喚できる生物のサイズなどが使用者のレベルに依存するため幅広く使用される魔法だと記されていた。
「昨日の授業で言った通りの魔法を唱えてください。とりあえず私がお手本を見せますね!」
「コン・ヴォケイト」
アメリアの目の前に写る魔法陣から、小さなドラゴンが姿を現した。
サイズとしては人間の3分の1程度であるが、ドラゴンであると認識できるくらいには存在感がある。
『可愛いぃー』
アメリアが抱きかかえるドラゴンを見ながら女子生徒たちが騒ぎ始める。
「し、静かにしてください。こ、こう見えてもドラゴンの生物的な序列は人間よりも遙かに上なんですからね! まだ小さいですけど……」
少し恥ずかしそうにそう述べるが、確かに本にはドラゴンレベルの生物を召喚するのにはある程度高レベルでなければならないと書いてあった。こう見えてもそれなりの経験は積んでいるのだろう。
「私はこのドラゴン――グリズヘッジ――と契約を結んでいるため、召喚魔法を使えばいつでもこの子を呼び出すことができます。しかし、皆さんはまだ入学したばかりでどの生物とも契約を結んでいない状態にあるので、今召喚魔法を使うとランダムでこの世界の生物が召喚されます。召喚された生物と契約するかどうかは自由ですので、契約を結ぶ場合は契約魔法を使ってください。」
魔法学校に入学するまでの教育は家庭にて行われるが、その一環として魔法まで教える家庭は少ないという。未熟な者が魔法を行使すると使用者の身が危険という理由らしく、基本的に魔法は15歳からとされているらしい。
そのためこの場にいる全員が生物との契約を結んでいない状態にあるということだ。
「初めて召喚するときは、召喚したい生物を強くイメージすると成功確率が上がります、よーくイメージして魔法行使してみてください!」
『コン・ヴォケイト』
クラスの皆が次々に魔法を行使し、召喚を成功させていく。
召喚されていくのは基本的に手のひらサイズの小動物ばかりで、本の通りレベルに依存しているのだろう。
エリスは羽根を生やした猫のような生物、ノアは尻尾が2本生えた豚をそれぞれ召喚している。
「コン・ヴォケイト」
ゲイツがそう唱えると、大きな魔方陣から鷲とライオンが混ざった生物――グリフォン――が現れた。
魔法学校に通う1年生が召喚できて良いようなサイズではなかったのだろうか、アメリアが非常に驚いている。
「訳あって僕はこの子――グライフ――と契約を結んでいるんだ、驚かせてごめんね」
グライフを撫でながらゲイツは述べる。
契約していようがこのサイズの生物を召喚したことに変わりはないが、アメリアは納得しているようだった。
「この世界には本当に想像上の生き物がたくさんいるんだな」
本や図鑑に記されている生物を見て薄々感づいていたが、元居た世界では想像上の生物とされていた生物が、この世界には確かに存在している。
そんな確認を呟いた後俺も魔法を行使した。
「何も思い浮かばないな、まぁいい。コン・ヴォケイト」
俺が魔法を行使した瞬間、俺たちの前の湖の上に半径5メートルほどの魔法陣が出現する。
その魔方陣から禍々しいオーラを放ちながら、巨大な角を生やした生物が現れた。
「魔界序列第3階級たる鬼にして閻魔様の第一臣下を務める者、この羅刹童子を呼び寄せた愚か者は誰ぞ」
現れたその生物は、青黒い肌に覆われた筋骨隆々な体をしており、身長約40メートルほどの大きな鬼であった。厳ついという言葉が似あう顔に、頭部には2本の角を生やしている。
「俺だ」
羅刹童子を見上げながらそう述べた。
「ふん、こんな小僧に召喚されるとは。これほど惨めなことはないわ!」
羅刹童子は手に持つ巨大な金棒を振りかざすが、その直後透明な壁に阻まれる。
「こんなでかいもん呼び出したんだ、すでに障壁魔法でお前を囲ってある」
「なっ、貴様ァ!!」
羅刹童子は何度も障壁を殴りつけている。
「俺はエルミート=エイジだ、よろしく頼む」
俺はそういうとレベルと名前が表示されたプレートを、今度は偽装せずに羅刹童子の目の前に移動させた。
地上から40メートルも離れていれば他の生徒に見られることはない、脅しのためというわけではないが少しの牽制にはなるだろう。
「ご、ごひゃっ…………エイジ様、この羅刹童子と契約を結んでいただきたく存じます。」
湖の上で片膝をついて、持っていた金棒を地面に突き刺して畏まった表情でそう述べた。
「かしこまる必要はない、言われなくともそうするつもりだ。こんなにでかいのを召喚するつもりはなかったが、まぁいい」
「ラース・アコード」
俺の前に現れた契約書は羅刹童子の目の前にも現れ、双方の右手を翳すことで契約が完了となった。
「ありがとう、こんなところにいても邪魔なだけだ、元居たところに戻っていいぞ」
「しかし私は貴方様に――――」
何か言いたげだったが転移魔法によって適当なところに飛ばしてやった。あとは自力で元の場所に帰るだろう。
「い、今のって……エ、エルミートさん、今後は学内であのようなものを召喚しないようにお願いします」
「はい、お騒がせしました先生」
「お騒がせじゃないわよ! あんなでかいもん呼び出して学校壊されたらどうすんのよ!!」
「やっぱり面白いね、エイジくんは」
「……」
「と、ともかく皆さんもエルミートさんがやったように契約魔法を使ってみてください。召喚した生物が気に入らなかった場合は逆召喚魔法によって元の場所に返してあげてください」
『ラース・アコード』
エリスとノアも先ほど召喚した生物に決めて契約を結んだらしい。
ゲイツに関しては元から契約を結んでいたので元の場所に返していた。
「それでは、教室に戻って事後学習を行いましょう。召喚獣については連れ歩いても構いませんが、召喚獣が問題を起こせば契約者の責任となりますので気を付けてください」
アメリアがそう指示するとクラスの生徒たちは列をなして教室へ向かった。
「エイジくん、行かないのかい?」
「あぁ、羅刹童子のせいで湖が滅茶苦茶になっているからそれを直してから行く。先に行っててくれ」
列が見えなくなったのを見届けてから、修復魔法を行使して湖の地形を復元した後、回復魔法によって湖の生物の回復を行った。
「召喚獣との契約を行った人は魔法板で申請してください! 召喚獣の識別名称がわからない場合は私に聞いてください!」
クラスの生徒たちが教室に到着する前に合流できた俺は事後学習を受けた。
魔法板とは、初日の学力試験で用いたタブレット端末のようなものであり、魔法によって出現させることができることを前回の授業で説明していたらしい。
魔法板を表示させる魔法は基礎魔法に分類されているため誰でも詠唱無しで行使できる。
魔法板を表示させた俺は契約に関する申請を行う。
「鬼、でいいんだよなあいつは」
自分で名乗っていたので特に質問することなく鬼として申請した。
エリスは先ほどの猫のような生物にオッドと名付け肩に乗せている。
ノアは先ほどの豚のような生物にブーと名付け抱えている。
ゲイツは今回契約したわけではないが、召喚獣と契約を結んだものは申請する規則とのことで申請を行っていた。