第八話
透真が2年生になって約一ヶ月、最初の連休にして最大の連休、ゴールデン・ウィークがやってきた。透真は毎年この連休を彼方と柊と遊んで過ごしていた。だが、今年はそうはいかない。その理由は去年のGWゴールデン・ウィークまで遡る。
天子ヶ丘高校ではGW明けに中間テストがある。そして、そのテスト範囲はGW前に配られる。すなわち、学校側はこう言っている。
『GWだからといって遊んでないで勉強しろよ』
無慈悲である。せっかくの連休なのに、束縛しにかかっている。だが、当時入学したてで勝手がよくわからなかった透真たちはそんなことにも気付かず毎年のごとく3人で遊んだ。
結果は言うまでもない。惨敗である。柊はまだいくらかましだったが、透真と彼方は中学のころではありえないような順位をとってしまった。だから、来年からはGWにしっかりと勉強しようと、そう決めたのだ。
――そして現在、柊と彼方は勉強道具をもって透真の家へ来ていた。
「なあ柊」
「んー? なにー?」
「古典ってなんのためにやるんだろうな。将来絶対使わないだろ」
カリカリとノートにペンを走らせながら透真が言う。
「教養じゃない? 日本人としての」
「キョウヨウ……教養かぁー」
「古典、嫌いなの? 透真」
彼方が透真に尋ねる。
「別に嫌いじゃないけどさ。難しいんだよ、文法とか言い回しとか」
「そう。でも内容分かれば面白いわよ?」
「彼方は古典が得意だからそう言えるんだよ」
透真も彼方も、得意教科の傾向から考えれば文系である。だが、この二人で違う所は、透真は数学が得意で彼方は苦手だということだ。
「あ、彼方、そこ違ってる」
「……」
彼方は透真に数学の間違いを指摘されピキリと固まる。
「この参考書見れば分かりやすい」
透真は該当のページを開き彼方へ差し出す。
「えーと、ここまでは高一の内容でできて、こっからややこしくなってる。ほら、彼方はここを間違えてる」
「……ほんとだ」
「彼方は一回正しいと思ったらそのやり方を曲げない癖があるよな。そういうときは一回立ち止まって最初から計算を見直した方がいいよ」
彼方は透真にジトーっとした目をむける。
「……数学できるのも……ずるいと思う」
「まあ、俺が柊や彼方に勝てる教科なんて数学くらいだからな」
一連のやり取りを見ていた柊が二人に言う。
「僕は何か武器になる教科を持っている君らが羨ましいよ」
何か特に得意な教科をもっている透真や彼方とは対照的に、柊は全教科を満遍なくできる。二人のそれぞれの得意教科にこそ劣るが、総合では柊が上を行っている。
と、そこで柊が本棚にある小学校の卒業アルバムに目をつけた。
「透真……あれ」
「ん? ああ、小学校の卒アルか。懐かしいな」
そう言って透真は卒業アルバムを取り出して広げる。彼方と柊は透真の横から覗き込むようにして見入った。
小学六年生のとき、この3人は同じクラスであった。だから必然的にアルバムにも多く一緒にうつっている。まずはじめに開いたのは個人写真のページ。
「お、柊がちっちゃい」
今でこそまあまあ身長の高い柊の小学校時代の姿を見て透真がそうこぼす。
「透真だってちっちゃいじゃん」
負けじと柊が言い返す。写真には元気よく笑った透真が映っていた。顔がとても幼い。
「透真ってなんかわんぱく小僧みたいな雰囲気無くなってきたよね」
「逆に高校生にもなってわんぱく小僧ってのもどうかと思うけど」
「そんな……僕、透真がわんぱく小僧でいてくれるから助けられた場面とかたくさんあったし、これからもわんぱく小僧でいてほしいって思ってたのに……」
「シリアスに言わんでいい」
あはは、と、柊は笑う。透真は彼方の写真へと視線を落とした。写真の彼方はぶっきらぼうで、それはそれでかわいいのだが卒業アルバムに載せる写真としては暗かった。
「彼方、学校でももっと笑えばいいのに」
柊がそう言うと、彼方は机に突っ伏し、視線だけ柊と透真に向けて、
「……やだ」
「どうしてさ」
「他の人のことは……あまり信用してない」
「……そっか」
しばしの沈黙の後、柊がその空気を破った。
「ねぇ、次中学校の卒アル見ない?」
「いいね、みたい」
「私も」
柊と彼方もそれにのり、3人は思い出話に花を咲かせた。結局その日はそれから教科書を開くことはなかった。
◆
ゴールデンウィーク2日目は透真三人、それぞれ部活の活動があり、集まることはなかった。ボランティア部では、一年生が入ってからはじめての休日部活を行っていた。これは部員全員参加で、あまりボランティア部に顔を出さない人も来ていた。内容は顔合わせと募金活動。募金で集まったお金はさまざまなところへ送られ、この日の募金は震災の被災地へと送られる。
「と、いうわけだ。何か質問はあるかい?」
部長である紀人の問いかけに反応する人はいない。
「はい、じゃあ活動をはじめようか。2、3年生は1年生が一人にならないよう気をつけるように」
その言葉で2、3年生が動き出す。何人かはおろおろしている1年生へと話しかけていたが、何人かは構わず活動をしていた。透真は前者だ。
「募金活動、やったことあるか?」
透真は近くにいた男子に話しかける。
「い、いや、ないです」
「そうか。まあ声出して頑張っていこう。小銭を置いて行ってくれる人は意外と多い」
「そ、そうなんですか」
なにもそんな緊張しなくても、と思いつつ透真はガチガチになっている男子から離れて活動をはじめた。
◆
ボランティア部一行は、2時間ほど活動して学校へ戻ってきた。全体で集計し、それでこの日の部活はおわりだ。
「皆お疲れ様。一年生が増えた分、集まったお金も増えたね。これで救われる人は確実にいる。いいことだ。それじゃ、今日の部活はこれで終わりね」
ありがとうございましたーといって、部員はわらわらと散っていく。透真も帰る支度をし、校門へと歩みをすすめる。と、
「あ」
目があった。
「お疲れ様です、先輩」
天上瑠奈だ。
「あぁ、お疲れ。どうだった? はじめての部活は」
「……なんか、意外と人数多いんですね。ボランティア部」
「まあな。うちの高校はガチガチの部活がほとんどだから、ゆるい部活の供給が足りてないんだよ」
春の日差しがあたたかい。気持ちのいい休日だ。
「思ったより募金してくれる人が多くて驚きました」
「今日集めたお金が名前も知らないどこかの誰かのために役に立つって想像すると悪くないだろ?」
「そうですね」
風がさらりと透真の頬を撫でる。木についた葉はきれいな緑色。夏が近づく音がする。
と、透真は瑠奈に忠告することにした。
「ゴールデンウィークだからってあんまり遊びすぎないで勉強しといた方がいいぞ。じゃないとテストがやばい」
「テスト……ですか?」
「うむ」
「やばい?」
「やばい」
ピシャリと透真は答えた。
「なるほど、わかりました。では明日は勉強に費やすとしますね」
「おう」
そんじゃお疲れ、と言って透真は自分の家へと歩みを進める。うららかな陽気が透真の体をつつむ。透真はその気持ちいい空気にあてられそのまま家へ帰り部屋で惰眠を貪ることにした。
ところで、テスト勉強が全然進んでいない。
瑠奈に忠告した透真だったが、そんな透真の方が「やばい」のであった。
◆
ゴールデンウィーク三日目。流石に今日は勉強しようと思った透真は図書館にきていた。柊と彼方をつれて。
透真たちはGW一日目を反省した。透真の家には思い出が溢れすぎていて勉強に集中できない。なら、図書館でやろう。
いや三人別々でやれよと思うかもしれないが目を瞑ってほしい。彼らにはその発想がなかったのだ。
天子ヶ丘にある市立図書館は施設が充実していて、資料も豊富だし、自習室も沢山あるためテスト期間の高校生や受験生はよく利用している。今日も透真たちと同じようにテスト期間で勉強に追われる高校生が多く来ていた。
透真たちは空いているテーブルに座り、カリカリと勉強を始めた。図書館には紙特有の匂いがこもっていてそれがまた心地よく勉強のやる気を引き上げる。
ぺらり。
カリカリ。
ごしごし。
ぺらり。
シュッシュ。
パタン。
コトン。
ぺらり。
やはり図書館は勉強に適している。他校生徒が立てる勉強の音までもが自分を奮い立たせる。
透真たちは図書館で閉館時間である午後5時まで勉強した。一日目二日目とはうってかわってとても充実した有意義な時間であった。
「僕、トイレ行ってくるね」
「あ、私も」
「おう、じゃあ図書館出たところで待ってるからな」
透真はそれだけ言うと二人と一旦わかれて図書館をでた。ゴールデンウィークだからか、交通量が多い。透真がぼーっと空を眺めていると、見知った顔が図書館から出てきた。
「ルラ」
天上瑠奈だ。
「……先輩。来てたんですか」
瑠奈は少し驚いた表情を見せている。
「まあな」
「よく来るんですか? 図書館」
「あんま来ない。最近はやけに勉強に集中できなくてしょうがなくな」
「そうなんですか」
遠くでバイクがぶうぉんぶうぉんと大きな音をだしながら走っている。日没にはまだ早い時間帯。空の色が淡い。夏の真っ青な空になるにはまだかかりそうだ。
「ところで」
瑠奈が切り出す。
「先輩はこんなところで何をしているのですか?」
「ん? ああ、今日は―――」
と、透真が説明するよりも先にひとりの少年とひとりの少女が図書館からでてきた。
「透真、お待たせ。……ってあれ? その子は?」
「柊。えーと、こいつはだな……」
柊は瑠奈をまじまじと見つめる。瑠奈はそんな柊に向かってぺこりと頭を下げた。
「先日はお世話になりました。草薙先輩」
「……ああ、あの時の。いいよ、お礼なんて。何があったかは知らないけど、透真とのいざこざは解決できたみたいだね」
「はい、おかげさまで」
そこまで言い、柊から視線を外すと瑠奈の視線は彼方へと吸い寄せられた。彼方はほんの少し柊と透真の後ろに隠れた。彼方の姿を捉えると、瑠奈は少し驚いた表情をした。
「……あの、先輩。もしかして、そこにいらっしゃるのは波白先輩ですか?」
その言葉に透真も少し驚く。
「ん? 彼方を知ってるのか?」
「知ってるっていうか……波白先輩は一年の間でも有名人ですよ。寡黙でクールな難攻不落の美少女って。告白した男子生徒は数知れず、同じ数だけ断ってきた。少しミステリアスな一面もあり……って、ごめんなさい。本人が目の前にいるのに」
瑠奈ははっとして謝る。
「なるほど、一年ではそういう感じに通っているのか」
「おもしろい言葉が並んでたね」
透真と柊はくくくと笑う。彼方が居心地悪そう二人へ囁いた。
「……ねぇ、その子だれ?」
「あぁ、えーと―――」
透真が紹介する前に瑠奈が一歩前へでて挨拶をした。
「一年の天上瑠奈といいます」
ぺこり、と頭を下げる。
「……二年四組の波白彼方よ」
彼方は平坦な口調で言う。
「……まあ、彼方は学校であまり喋らないから怖く感じるかもしれないけどそれは俺ら以外の人が苦手なだけだから怖がらないでやってくれ」
「わかりました」
時間を確認する。腕時計は五時三十分を指していた。
「それじゃ、俺ら自転車だから」
「またね、天上さん」
「はい、さようなら」
透真と柊は瑠奈へ別れを告げ、彼方をつれて駐輪場へ向かった。ガチャンと鍵をあけ、自転車へ乗る。
空には広くすじ雲がのっかっていた。透真たちはその青空へと向かって自転車を走らせる。太陽がじりじり傾き、すじ雲を光らせはじめる。
「綺麗だね」
「ええ、そうね」
「昔さ、よく三人で空を見上げたよね」
「ああ、そうだな」
「楽しかったねー」
三人は楽しそうに笑う。
「柊、彼方」
「なにー?」
「俺、今すごく楽しい」
その言葉に柊と彼方は笑みを浮かべる。
「透真、柊」
めずらしく、彼方が少し大きめの声で言う。
「私もね、今すごく楽しいよ」
きらきらと西日に照らされ、そよ風に吹かれながら三人は自転車をこいだ。どこか切なげに感じる夕方の街を笑いながらかっ飛ばすのは最高に気持ちがよかった。
◆
四日目以降は、まあまあ勉強に集中できたと言えるだろう。順調に対策を進め、ゴールデンウィークが明けるころにはすでに課題が終わっていた。その後は数学の演習を積んだり英単語を頭に入れ込んだりしてテスト勉強をした。
ゴールデンウィークが明けた二日後。一学期中間テスト。透真たちはなんとか現状維持することができた。
「なんか、テストが終わると色々なやる気がなくなるよな」
「わかる。今度の週末空いてたら三人で遊びいこっか」
「そうね」
三人の青春は、まだまだ続く―――