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第七話


 中学2年生の頃の天上瑠奈は荒んでいた。触れるものみな傷つけるナイフのような少女だった。だから、一学年上である透真にも初対面で攻撃的に話しかけた。


「この公園からでていってください」


 それが瑠奈が透真に放った最初の言葉だった。透真からすればなんのこっちゃである。自分は公園で夕日を眺めたりぼーっとしたりしているだけなのに、なぜこいつ(るな)の指図で出ていかなければならないのか。当然、透真は反発した。


「いやだね。そんなに俺が目障りだったらお前が出て行けばいいだろ」


 初対面がこんなのだったのでそれからしばらく会うたびに視線をバチバチとぶつけ合った。その犬猿の仲とも言える関係が改善されるきっかけをつくったのは透真の方である。ある日、透真は気まぐれで瑠奈に話しかけた。


「なぁ、お前どうしてそんなにつまらなそうにここへ来るんだ?」


 瑠奈は無表情のまま答える。


「……あなたに言う必要ありませんよね」


 だが、透真はその時確かに瑠奈の中にある辛気な表情を見た。その瞬間、透真はこの少女もしっかりと原因があってこんなにとげとげしているのだということを認識した。初対面がああだったからか、もともとあういう性格だと思い込んでいた。

 透真は年下にムキになって優しく対応しなかったことを反省する。そして、瑠奈の心を圧迫している何かを取り除いてあげたい、と思うようになった。だから、透真は瑠奈に話しかけ続けた。愚痴でもいい、自慢でもいい。とにかく自分のことを曝け出し、少しでも信用を得て、瑠奈の心を軽くしてやりたかった。

 結論から言えば、透真の目論見は成功した。毎日毎日会話(といっても透真が語りかけているだけだが)を重ねていくうちに瑠奈はいくつかの表情を見せてくれるようになった。そして、自分のことも話してくれるようににった。透真は一ヶ月ほどかけて瑠奈との間にあるギスギスを解消することに成功した。

 そして、学校が終われば公園で会って何か話すという生活を続けて二ヶ月、雪のふるクリスマスの日に瑠奈は言い出した。


「先輩受験生ですよね? いつまでもこんなところに居たらまずいのではないですか?」


「……」


 透真はそっと目を逸らす。はぁ、と瑠奈は少し笑いの混じったため息をついた。 


「俺そこまで勉強苦手じゃないから大丈夫だし」


 子供のようなことを言う透真。それを見て瑠奈はあるひとつの提案をした。


「先輩、明日からはここに来ないでください。こんなところで私としゃべってないで勉強をしてください」


 瑠奈の目は真剣だった。自分のせいで透真が高校受験に落ちたなんてことになったら最悪だ。そうなる前にこの関係を絶たなければならなかった。


「けど……」


「わかってます。私もこれを今生の別れにするつもりはありません」


 そう言って瑠奈は透真の前に立ちまっすぐな目で透真を見つめた。


「先輩。高校受験に受かる自信はありますか?」


「ある」


 即答だった。


「随分と自信があるんですね」


「俺さ、小一のころからずっと一緒だった大切な幼馴染二人と同じ高校を受けるんだよ。俺はあいつらと一緒にいるためならどんな努力でもしてみせる。勉強だってあいつらに負けないくらい積み重ねる。だから、俺は落ちないよ」


「そうですか。素敵な関係ですね」


「だろ?」


 透真は誇りげに笑う。そして、しばらく経ってから瑠奈は言った。


「では、公立高校の合格発表の日の午後五時にまたここで会うっていうのはどうですか?」


 しばらくの沈黙。そして、透真は首を縦にふった。


「……ああ、わかった。それでいいよ」


 その釈然としない態度に瑠奈は煽りをかける。


「あれ、もしかして私と会えなくなるの寂しいんですか?」  


「ちがうから」


 食い気味に返事をする透真。それを見て瑠奈は満足したように笑みをこぼした。瑠奈は透真へ背を向けジャリジャリと雪を踏みながら歩いた。ゆっくり、一歩一歩をしっかりと噛み締めながら。透真から五メートルくらい離れたところで立ち止まりくるりと振り返る。そして、口を開いた。


「それでは先輩」


「また会いましょう」


 そう言って瑠奈は笑った。その姿は三ヶ月前の瑠奈とは別人のように柔らかく、丸く、穏やかだった。透真を見る目には透真への信頼、尊敬、その他よい感情が含まれていた。公園にあるたった一本の街灯が瑠奈を照らし、よりその世界を幻想的なものにしていた。

 そして、瑠奈は透真の前から姿を消した――


 ◆


 瑠奈は、公園で喋る習慣をなくす提案をしたことを少し後悔していた。思った以上に瑠奈は透真に依存していた。今までの習慣がなくなったことで、心にぽっかり穴があいたようだった。会わなくなって三日後にはすでにまた会いたくなっていた。でも、それは自分の都合で透真のことを考えていない。透真のためには自分が我慢しなければならない。そう思い、公園には近寄らなかった。


 そして、数月の時が流れた。三年生の受験が終わり、合格発表の日が近づく。瑠奈の気持ちはどんどん高揚していった。そして、合格発表当日。瑠奈は約束の公園で定刻の一時間前から待っていた。

 やっと会える。やっと透真に会える。数ヶ月間透真を思わなかった日はなかった。また会って、話すことができる。会ったら何を話そう。まず、名前を知りたいな。そしたら、どこの高校に合格したのか聞こう。私のことも話したい。この数ヶ月間でたくさんのことがあった。どのくらい身長が伸びたのだろう。もう私と20センチくらい差があるかもしれない。

 瑠奈はわくわくしながら待っていた。期待を膨らませて待っていた。胸を高鳴らせて待っていた。


 だが――














 ――だが、水野透真は来なかった。







 ◆


 瑠奈は夜の10時まで待った。粘った。だが、来なかった。来なかったのだ。瑠奈は大きなショックを受けた。やっと会えると思っていたのに会えなかった。その失望感は大きかった。

 そして一番最初に考えたのは受験に落ちてしまったのではないか、ということ。確かにあれだけ受かると豪語しておいて落ちてしまったのならば顔を合わせずらいだろう。……もしくは、忘れられたのかもしれない。あまり考えたくないことだけど。

 しかし、その推測は間違っていたことが数日後証明される。春休みのある日、瑠奈は諦めきれなくていまだに公園へ様子を見に行っていた。そしたら、居たのだ。県立天子ヶ丘高校の制服を見に纏った、透真が。受かっていた。透真は受かっていた。そして、瑠奈を忘れてもいなかった。では、なぜ。疑問が瑠奈を覆う。自分の足が沼に引きずり込まれ、天上がすぅっと遠ざかっていくような感覚に陥る。


 ちゃんと受かっていたのなら。ちゃんと覚えていたのなら。なぜ、どうして――来なかったの?


 次の瞬間、瑠奈の中で沸々とあるひとつの感情が湧いて出た。それは、怒り。夜十時まで待ったんだ。ずっと楽しみにしてたんだ。だけど、透真はそれを反故(ほご)にした。それに対しての怒りが瑠奈の中でぐつぐつと煮えたぎっていた。瑠奈は走った。公園を背にして。透真の姿がぐんぐんと遠ざかる。透真は抜け殻のようで、瑠奈の存在にはいまだに気付いていなかった。そのまま、透真が見えなくなるまで走った。そして、その日は帰ってお風呂にも入らずそのまま寝た。


 翌日、瑠奈は昨日の怒りが嘘のようになくなっていた。そして、冷静に考えて透真に怒りの矛先を向けるのは間違っていることに気づく。透真の性格からしてわざと約束を破るなんてことはしないだろう。であれば合格発表の日、透真に約束を破らざるおえない事態が降りかかったと推測できる。


 会いたい。会って、どうして来なかったのか知りたい。


 瑠奈はそう思い頻繁に公園で透真を探すようになった。しかし、それから公園で透真を見ることは二度となかった。


 瑠奈は公園で天子ヶ丘高校の制服を着た透真を見かけた時に声をかけなかったのを後悔しながらも、透真に会うためにある決心をした。


 数ヶ月前より、瑠奈が知っている情報は一つ増えた。


 性格と、年齢と、通っている高校。


 水野透真という歳が一つ上の少年は、基本的に大人だが時々負けず嫌いで他人を思いやれる心をもっていて、県立天子ヶ丘高校に通っている。


 その日、瑠奈は天子ヶ丘高校を受ける意思があることを親に伝えた。学力的にも、進路的にも、不可能ではない。一年間、瑠奈は勉強を積み重ね天子ヶ丘高校を受験した。


 高校に入学し、瑠奈は透真を探しはじめた。名前も知らないのだから探すのには苦労した。全校生徒およそ1000人いる中から透真を探し出すことは難しく、上級生を捕まえて透真の特徴を可能なかぎり言って尋ねるという探し方をとった。そして、心当たりがあるという人に出会いやっと再開することができた。でも、約束のことを聞くのにはどうしても勇気がいり、中々切り出せずにいた。そんな中、ボランティア部の活動を体験した。依頼主からありがとうと言われ心が満たされていく感覚を知った。他人の幸せが自分の幸せになったことを自覚した。ボランティア部に入ろうと思ったのはその時だろう。だから、入部する前に透真とのわだかまりを解消したくて勇気を振り絞って聞いた。


 ――どうして、来なかったんですか。


 ◆


 風がコウコウと吹いている。月が雲に隠れた。月明かりが無くなり、二人を照らす街灯の外側が闇に落とされる。二人だけの世界で、透真と瑠奈は睨み合っていた。


「……ああ。その件なんだけどな、ルラ」


 透真が慎重に切り出した。


「ごめん」


 すっ――と、頭を下げた。深く、真摯に。透真はやがて頭を上げ、瑠奈へと語りかける。


「あの日、俺の合格発表の日……俺の人生において重大な出来事がおこったんだ」


 透真は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「俺はそのことについて深く悩み、考えなければいけなかった。例え、数ヶ月越しの約束があったとしても、それを裏切らなければならないほどに」


 慎重に言葉を選ぶ。まるで、一つ一つを手に取ってその手触り、形、重みをじっくりと確認するように。

 

「それは、俺の人生の大きな分岐点だった……と思っている。その出来事は俺のこの一年を大きく変え、きっとこれからもずっと未来に影響を及ぼし続ける。それくらい、重大な出来事だったんだ」


 嘘はつかない。だけど、瑠奈に気を遣わせたくもない。その条件にあった言葉を探し続ける。


「おそらく、お前には不快な思いをさせたと思う。約束を破られた失望感は俺にも想像できる。俺のことを責めてもらって構わない。だけど、俺が約束を破ったことを本当に申し訳なく思っていることは知って欲しい。だから――」




 だから、ごめん。




 もう一度、静かに頭を下げた。風がピタリとやみ、静寂がおとずれる。しばらくの沈黙の後、瑠奈は口をひらいた。


「……頭をあげてください、先輩」


「……」


「私は怒っていませんよ。大した理由もなく先輩が約束を破るなんてありはしないこと、私は知っています。約束を破ったことを気に病まないなんてないことも知っています。ですから、怒っていません」


 透真はゆっくりと顔をあげる。


「そう……なのか」


「まあ、先輩の方から私を探してくれなかったのは残念でしたけど」


 瑠奈はくすりと笑う。


「いや……ほんとごめん……」


「いいですよ、気にしなくて。私を探せるほどの情報を持ってなかったんですよね。しょうがないです」

 

 月が雲から姿を現した。月明かりで闇がひらけていく。遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。そこでやっと透真は街が夜に衣替わりしていることに気づく。車がヘッドライトをチカチカさせており、ネオン看板がその存在感を増していた。


「帰りましょうか」


「……ああ、そうだな」


 すでに二人の間に緊張感はなく、自然な表情で話せていた。それはまるで、以前公園で共に過ごしていた時のように。


 この日、一年以上拗らせた水野透真と天上瑠奈のわだかまりは綺麗さっぱり消え去った。


 ◆


 時が経ち、部活動本届提出日になった。すでにボランティア部に何人か提出しにきたが、全員勉強をがんばりたい生徒であり毎日部室に顔をだすような新入部員は確保できていなかった。そして、瑠奈はまだ来ていなかった。


「そういえばさ」


 そう言って暁美が話を切り出す。


「一週間前犬探ししたじゃん? あのあとリンタくんにショコラちゃんとのお見舞いの話が来たらしいよ〜」


「そうなんですか。よかったですね〜」


「ね〜」


 環が透真に話しかけた。


「ね、ね、水野くん。天上さんって何部に入りそうなの?」


「ルラが? さあ、知らないな」


「なんだー知らないのかー」


「まあ、あいつもあの後たくさん部活回ったみたいだしルラが決めた部活に対して俺らがどうこう言うことはないよ」


「ま、そうだねー」


 にひひ、と環は笑う。その数秒後、部室に戸をノックする音が響いた。


「どうぞー」


 暁美がそういうと戸はガラリと開き、小柄な女子生徒が姿を現した。その女子生徒はボランティア部の面々を見渡してからその口をひらいた。


「一年の天上瑠奈です。ボランティア部に入部したくて来ました。……先輩方のように毎日きてもいいでしょうか」


 そこにいた四名――水野透真、日室環、佐倉暁美、伊良紀人は笑顔で、口を揃えて言った。


「「もちろん!」」


 

 天子ヶ丘高校ボランティア部は、新たな部員をゲットした!



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