第五話
翌日。始業式の1日後だろうがお構いなく授業はみっちり6限まであった。来週には春休みの課題テストがあるらしい。クラスメートの口から不満の声がこぼれていた。放課後になり、透真は柊と彼方と別れて環と一緒にボランティア部にいく。今日は二人が一番のりだった。特にやることもないので、透真は環と将棋をして過ごした。さしている間に暁美と紀人もきた。ちなみに、将棋は透真が勝った。
「うー、悔しい!」
「今回はちょっと危なかったな」
透真と環は先ほどの戦いの感想を言い合う。その間も外では運動部の勧誘の声が聞こえていた。透真と環が一通り感想を言い終わったころ、戸をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」
暁美がそう言うと、ゆっくりと戸が開いた。小柄な体の女子生徒が姿を現す。
「あれ? 新入生?」
「はい。……あの、ボランティア部って、ここであってますか?」
その女子生徒は少し不安げな表情でそう尋ねた。
「そうだよ、ここがボランティア部の部室だ。僕は伊良紀人、この部の部長さ」
「一年の天上瑠奈といいます」
その女子生徒―――天上瑠奈はぺこりと頭を下げた。
「ふむ、それでは瑠奈くん。ボランティア部に何か用かな?」
「用っていうか……」
瑠奈は視線を紀人から後ろの部員に移す。すると、透真と目があい、少し安堵した表情を見せた。
「私の知り合いがこの部に入っていて、興味がわいたんです」
「知り合い? その知り合いってこの場にいるかい?」
「あの人です」
瑠奈はぴっと透真を指差す。紀人、暁美、環の注目が集まり、透真はなんだかばつが悪くなる。
「へぇ~、じゃあ透真くんとは中学が一緒なのかな?」
暁美がそう尋ねると瑠奈は首を横にふる。
「いえ、先輩とは学校と関係のないところで出会いました」
「そうなんだ」
「ボランティア部に興味があるということなので、とりあえず活動の説明でもしようか。そこの椅子に座って」
「失礼します」
それから、紀人は瑠奈にボランティア部の説明をはじめた。勉強部と呼ばれていること。ほとんどの部員が月一回の活動しか顔を出さないこと。そんな中自分たちは毎日部室に来ているということ。
「別に毎日来てるから偉いというわけではない。月一回の活動だけ顔をだし、他の時間は勉強に使ったり趣味に使ったりするのは部員の自由だ」
「なるほど」
「なにか質問はあるかい?」
「……先輩方は、どうして毎日来ようとおもったのですか?」
「その理由は人によって違う。例えば、僕なんかは人のために尽くす人に出会い、憧れてボランティア部に入った。その人のような人間になりたくて毎日来ている」
「……すごく、立派な理由ですね」
「立派に見せかけているだけだよ。実際は自分に価値を見いだそうと必死なんだ。……ボランティア部の説明としてはくれくらいかな。瑠奈くんもどこに入部するかはたくさんの部活をまわってゆっくり決めるといいさ」
「わかりました」
そう言って瑠奈が立ち上がったとき、部室の戸をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞー」
今度は環がそう言った。すると、入り口から女子生徒が姿を現した。一瞬新入生かと思ったがそうではないことにすぐ気づく。校章が青色―――つまり三年生だ。
「ボランティア部は困ってるとき手助けしてくれるって友達から勧められたんですけど……」
その女子生徒は少し息切れしている。走ってこの部室にきたのだろう。
「そうだよ〜。まず、名前教えてもらっていい?」
「あ、ごめんなさい。三年六組の南琴音といいます」
「うん、琴音ちゃんね。今日はどうしたの?」
暁美がそのポニーテールをゆらりと揺らして尋ねる。
「私、今小学6年生の妹がいるんだけど……今日、妹が犬の散歩中にリードを離しちゃって犬がどこかへいっちゃったみたいで……。探すのにも人手がいるからほんっとうに申し訳ないんだけど力を貸してほしいの」
「なるほどなるほど……それを聞いたらボランティア部として力を貸さないわけにはいかないねぇ」
「そうだね。僕ら全員で探しにいこうか。せっかくだし、瑠奈くんもくるかい?」
瑠奈は少し考えてから返事をした。
「はい、ついて行かせてください」
◆
琴音の妹――天音はすでに校門に来ていた。天音は元気がなく、しゅんとしている。天音は琴音の姿を見つけるとすぐに駆け寄った。
「お姉ちゃん、どうしよう……リンタが……リンタがとこかへ行っちゃった……」
「うん、じゃあ一緒に探そうか」
琴音は天音を安心させるように言い含める。
「天音、この人たちが今日一緒に探してくれるんだよ。ほら、あいさつして」
そう言って琴音はボランティア部の面々を紹介する。
「あの……天音といいます。よろしくお願いします……」
「よろしくね、天音ちゃん!」
暁美はしゃごみこみ、天音と目線を合わせてニコリと笑った。
「それじゃあ、そのリンタくん? とはぐれちゃったところまで案内してくれるかな?」
「はい」
天音と琴音の話によるとリンタという犬はゴールデンレトリバーでかなり大きいらしい。はぐれてしまったのは天子ヶ丘の町を一周する散歩コースのちょうど真ん中のあたり、つまり住宅街だそうだ。
「はぐれたのが三十分ほど前ならまださほど遠くには行ってないはずだ。南姉妹ははぐれてしまったという住宅街を、瑠奈くんは知り合いということなので透真くんと二人でここから北の方を、暁美くんと環くんは西を探してくれ。僕は東の方を探すよ」
「わかりました」
透真たちは紀人の言葉に返事をして別れた。瑠奈は透真と並んで歩く。
「……ペット探しなんて依頼くるんですか」
「いや、そんなに頻繁にはこない。俺もこういうのはまだ二回目だ」
「前回はどんな形で見つけたんですか?」
「いや、見つけれてない。帰ってきたんだよ、依頼を受けた三日後くらいに」
「そうなんですか」
「前回は猫だったから難航したけど、今回は大型犬だ。目撃者が多いと思うからなんとかなると思うぞ」
「なるほど、じゃあ聞き込みをしたほうがよさそうですね」
「そうだな」
「でも、天音ちゃんの話によるとリンタの散歩はほとんど天音ちゃんがやってて今回みたいに急に走り出してはぐれるなんてことはなかったんですよね。どうしてリンタは急に走りだしたのでしょう」
「さあ、どうしてだろうな。まあ、犬が突然走り出すことなんかに特に意味はないんじゃないか?」
「そんなもんですかね……」
それから透真と瑠奈は琴音からもらったリンタの写真を使い聞き込み調査を行った。しかし、大型犬が一匹で出歩いているのなら目撃者は多くいるはず、という透真の予想は外れることになった。飼い主のついていないゴールデンレトリバーを見たという人は現れなかった。
「リンタはこの地域には来てないのかもなぁ……」
「ここまで目撃者がいないってことはそういうことになりますね」
はぁ、と二人は肩を落とす。日も大分傾いている。そろそろ引き上げないと暗くなってしまう。
「あと一人くらいに聞き込みして部長たちと合流するか」
「はい」
そう言って透真は一匹のチワワを散歩させていたおばちゃんに話しかけた。
「すみません、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが」
「ん? おや、天子ヶ丘高校の生徒かい。なんだい、聞きたいことって」
「はい。ここらへんで飼い主がついていないゴールデンレトリバーを見ませんでしたか? この犬なんですけど」
そういって透真は写真を見せる。
「ゴールデンレトリバー? そんなんが一匹で出歩いてたらバカでも気づくよ」
「ですよねー」
ありがとうございました、と透真がその場を離れようとするとそのおばちゃんは突然言い始めた。
「ああ、でも今日ゴールデンレトリバー見たなぁ……。ああ思い出した。同じ散歩コースを散歩している三河さんって人が今日新しくゴールデンレトリバーを飼い始めたらしくてね。昨日は連れてなかったけど今日は連れていたよ。ん? 言われてみればその犬に似ているような……」
おばちゃんは透真のスマホにうつるリンタをまじまじと眺める。透真と瑠奈は顔を見合わせた。
「その話、詳しく聞かせてもらっていいですか?」
確かめてみる価値はある。透真はそう思い三河さんという人を訪ねることにした。