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第四話


 中学三年生のころ、水野透真はひねもす公園という公園によく足を運んでいた。そこにあるブランコに座り、考え事をしたりぼーっとしたりするのが好きだった。公園からは空がよく見え、よく夕日も眺めていた。とても素敵な公園で、人は少なく、静かでいい場所だった。秋になり、空の高さを感じるころ、透真は自分の他によく公園に足を運んでいる人物がいることに気づいた。その人物こそが天上瑠奈である。


「あなた毎日こんなところでなにやってるんですか」


「さあな、俺もわからん」


 いつの間にか、透真と瑠奈がその公園で話すのは習慣となっていた。愚痴だったり、自慢だったり、とにかく多くの時間を共に過ごしていた。


 だが、二人は互いに互いの名前すら知らなかった。


「……なあ、お前名前なんていうんだ?」


「……は?」


「いやほら、そろそろ名前教えてくれないと不便なんだが」


「……言いません」


「……なんでだよ」


「言いたくないからです」


「はあ……そうかよ。……じゃあ、好きな本は?」


「好きな本……銀河鉄道の夜ですかね。宮沢賢治の」


「なるほどなるほど。ちなみにジョバンニとカムパネルラはどっちが好き?」


「カムパネルラです」


「カムパネルラか。……よし、じゃあお前のことは今日からカムパネルラからとってルラと呼ぶ」


「はぁ? なんでですか」


「お前が素直に名前を教えてくれないからだろ、ルラ」


「はぁ……もうそれでいいです」


「俺のことは先輩と呼ぶといい」


「なにを言ってるんですか」


「だから、俺のことは先輩とよべ」


「……あなたの後輩になった覚えはありませんが」


「人生の先輩だぞ」


「たかが一年、はやく生まれてきただけじゃないですか」


「確かに大人だと一年くらいあんま変わらないかもしれないがな、俺らは中学生だ。俺とお前の間にある一年の差は大きいぞ。例えばな……」


「あーもういいですってそんなにぐちぐち説明しなくて。はいはいわかりました先輩って呼べばいいんでしょ」


「生意気な後輩だな」


 二人とも嬉しかったことや悲しかったこと、悔しかったこと、腹が立ったことなどを話すだけで、自分に関する情報はいっさい与えようとしなかった。それは、二人ともそんなことは必要ないと理解していたからだろう。よく公園でお喋りする名前も知らない他校他学年の生徒。それくらいの関係性がちょうどよかった。


 知っているのは性格と、年齢だけ。


 ほかは何も知らないまま会わなくなってしまった。 




「ルラ……お前、うちの高校だったのか」


「……ええ、まあ」


 空はすでに夜になりかけていた。春とはいえ、夜は冷える。冷たい風が二人の間をふきぬけた。


「じゃあ透真、僕は先帰ってるね」


 二人の間にある不穏な空気を悟ったのか、柊はそう言って校門へ足を向けた。


「……」 


「……」


 あまりに唐突で、ひさしぶりのことだから透真は何を話していいかわからなくなる。頭をフル回転させ話題を探す。


「……この一年間、どうしてた?」


「……どうもこうも、普通ですよ。友達と遊んだり、受験勉強をやったり」


「そうだよな」


 ……話題選び失敗したなぁ。

 こういうときに気の利くことをいえる能力がほしい。透真が自分のトーク力の無さを嘆いていると校舎の電気がパッと消えた。そろそろ校舎内に残っていた生徒がでてくる頃だろう。


「とりあえず、学校出るか。もう閉まる」


「そうですね」 


 透真と瑠奈は歩みを進め、校門をくぐりぬけた。


「家遠いか? どっちだ?」


「そこまで遠くありません」


 あっちのほう、といって瑠奈は東の方向を指さす。


「送ってくよ。暗いし」


「いえでも……」


「いいから」


「……ありがとうございます」


 透真が先を歩き、その半歩右後ろに瑠奈が続く。再開の衝撃ではやくなっていた鼓動もだんだん落ち着いてきた。


「俺、この高校受けるって言ってたっけ?」


「……いえ、聞いてません」


「じゃあ、たまたま?」


「……そういうことになりますね。私は自分の学力に見合った高校を選んだだけです」


「ふ~ん」


 ……こんな偶然あるんだな。

 確かにこの一年間、来年瑠奈が天子ヶ丘高校に入学してくるのではないかと思うこともあったが、実際にそれが起きるとやっぱり驚く。瑠奈を横目でちらりと見ると、一年前より目線が下に下がることにきづいた。


「ルラ……お前背縮んだ?」


「……伸びましたから。五センチくらい」


「うん? そうか?」


「ていうか、先輩が伸びたんですよ。私の記憶よりもずっと高いですし。あ、そこの角左です」


 確かにそうかも、と言いながら透真は言われた通り左へまがる。そこで一旦会話がとぎれる。しばらく二人の間に会話はなかった。頭の上では半月が輝き、夜道を照らす。ザッザと靴が地面にこすれる音がよく聞こえる。数分の沈黙のあと、瑠奈が口をひらいた。


「……私、天上瑠奈っていうんですよ」


「……? 名前が?」


「はい」


「……??」


 何でそんな急に……と透真が尋ねる前に瑠奈が答える。


「だから、瑠奈って呼んでくれません? これから先友達の前でそのあだ名で呼ばれるの恥ずかしいんですけど」


「ああそういうこと。……そんなに変わらなくない? るなとルラ」


「あだ名で呼ばれることが嫌なんですよ」


「へ~」


「いいですね?」


「無理」


「……どうしてですか」


「俺はルラってあだ名を気に入っているからな」


「……なんかそんな感じのこと言う気がしました」


 瑠奈は困ったように笑う。それから、またしばらくおいて口をひらく。


「……先輩はなんていうんですか? 名前」


「透真だよ。水野透真」


「とうま……とうまですか」


 トウマ、という三文字を口の中で何度も転がす。


「なんか、変な感じですね。ずっと前に知り合ったのに、今頃名前を知るなんて」


「そうだな。お前が名前を言うのを拒否しなければずっと前から知っていただろうけどな」


「……そのころは私、ちょっとやさぐれてたんですよ」


 瑠奈は少しムッとして言う。


「ふっ、ちょっとどころか」


 透真は瑠奈と初めてあったときのことを思い出しながら笑う。


「……」


 瑠奈はジトーっとした目で透真の背中を見つめる。透真はひとしきり笑ったあとまた口をひらいた。


「まあ、おまえもまるくなったな」


「ほっといてください」


 ふと空を見上げると(さそり)が頭をのぞかせていた。月はもう雲に覆われてしまい、ぼんやりと道を照らしていた。夜になり、街が人工の光に包まれていくのを感じる。と、足音が一人分減り、自分のしか聞こえていないことに気づいた。振り向くと、瑠奈は一軒の家の前で立ち止まっていた。


「……ここ、私の家です」


「そっか」


「送ってくれてありがとうございました」


 瑠奈はぺこりと頭を下げる。


「おう。じゃあまた学校で」


「先輩」


 と、そう帰ろうとした透真をひきとめる。


「なんだ?」


「……」


 瑠奈は何か迷うように視線を動かしている。そして、ゆっくりと息を吸い、口をひらく。


「……先輩は」


 そして、もうひと呼吸。


「先輩は何部にはいってるんですか?」


「ボランティア部だ」


「ボランティア部……聞いたことないです」


「ま、一年生は知らないかもな」


「そうなんですか」


「興味があるんだったら北校舎二階の一番西にある部室にくるといい。それで雰囲気は分かると思う」


「……わかりました」


「……」


「……」


「……じゃあ、俺はこれで」


 西へ振り向き、歩き出す。


「先輩!」


 五歩ほど歩いたら瑠奈が再び呼び止めた。瑠奈は呼び止めたはいいものの、次の言葉をうまく紡げないでいる。瞳が揺れている。呼吸が震えている。


「……先輩」


「……どうした?」


「あの……」


 瑠奈は拳をぎゅっとにぎり、透真から目をそらした。


「なんでも……ありません……」


 瑠奈の口からでたのはそんな中身のない言葉だった。あきらかになにか話したいことがあったのが分かる。でも、透真は追求しなかった。


「今夜は冷えるらしいから、暖かくして寝ろよ」


「……はい」


「じゃあな」


 透真は少し早歩きでその場を後にした。ザッザとさっきよりも狭い間隔で靴と地面が擦れる音が聞こえる。透真が向かったのは家でもなくあるひとつの公園。その公園の入り口にある看板には『ひねもす公園』と書いてあった。透真はその公園につくとブランコ座った。ギーギーとブランコをゆっくりこぐ音が公園へ響く。透真は空を見上げる。透真の心は、もう、瑠奈への罪悪感で一杯だった。



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