火葬戦姫
ナオが左手に持ったショウカクの引き金を引くとボルトではなく光の塊が複数宙を舞い飛び始める。
その数ざっと二十、その光の塊はファイアーラットの近くまで寄るとさらに小さい光の弾丸をファイアーラットへと放った。
文字通り豆鉄砲といってもいいその攻撃はファイアーラットにあたると次々と大きな爆発を起こす。
シギャ―――――――――――――
それらの光の攻撃機からの一斉爆撃に鳴き声を上げながらひるんだファイアーラット。
「顔があいてんぞっ!」
その爆炎の中から光り輝く右手のガントレット、アケボノを突き出したナオの突貫攻撃が顔面へと当たる。
攻撃を受け吹き飛んだファイアーラットが先ほど何度もステファ達のエクスカウンターで吹き飛ばされた山の中腹に再びめり込んだ。
さすがはナオ、ステゴロ的な戦い方はほんと上手い事。
「褒めても何も出ねーぞ」
『褒めてんのかなー、それ』
火葬戦姫の固有スキルは『玩具操作』と『完全燃焼』
その二つを使いこなしてるのはナオのセンスだわね。
さらに追撃をしようとしたその時、姉妹通信経由で月音の声が割り込んできた。
『おねえちゃん、女の子と猫、転送何とか終わりました』
『おー、おつかれさま。随分てこずったね』
『なんかいろんなものが混じってて分解すんのに時間かかった』
分解とか言ってるけどとりあえず聞かなかったことにする。
『そんじゃ私らも帰りますかね』
「おい、待てよ。あいつはどーすんだよ」
通信を横で聞いてたナオが山腹で起き上がりつつあるファイアーラットを顎で指し示した。
『救助が完了した以上、これ以上の戦闘は不要です。アカリの話から推察するにあの個体はもう長くはもちません。撤収しましょう、月音、お姉さまと月影、それと自身の転送を』
『うーん』
さくっと撤収指示を出したシャルに月音の浮かない返答が返った。
『どうしました』
『んと……もう無理っぽい。さっきのあの子の転送でぎりぎりだったみたいです』
ギュヒ―――――――――――――
山腹の中、ファイアーラットが雄たけびを上げる。
『あのネズミさんが起こしてる吹雪、さっきより悪化してる。私の『移動』ももうできないみたい』
『やはり……この場の乱れ、あのファイアーラットによるものですか』
『うん』
そうか、チュータの異能が怪獣として転換されてるなら機器の破損だけじゃなくて動作不良ももってるってことになるのか。
にしても月音が手が出せなくなるってのは相当な気がするけど、月音の深度が落ちてるからしょうがなくもあるのか。
『だからあの子を何とかしないと出入りができない』
『仕方ありません。ドサンコと白猫の子を移動できただけましと考えるべきでしょうね』
戦闘はナオに任せて私は妹たちに指示を出す。
『まぁ、こうなる可能性も見てたしね。つーことで皆、プランBで。咲、リーシャ、マリー、月音、お願い』
『はいなのです』
『『『はい』』』
通信経由で聞こえはじめた咲の童歌。
<古き月よりいざないて>
何かの時に使えるかもと思ってさ、リーシャが創作したルナティリアの招来歌は主要な妹には覚えておいてもらったのよ。
だからリーシャだけじゃなくて咲もマリーも月音も歌えるのさ。
「くるぞっ!」
山腹を蹴ってナオにとびかかったファイアーラット。
三十メートルを超えるその巨体をナオはするりとかわすと腹部の方に回り込み拳を叩きこんだ。
一瞬の後に持ち上がったその躯体にゼロ距離で発射した光の爆撃機たちが即時最大火力で光の爆弾を叩きこむ。
その爆風が出現する直前、ナオが叩き込んだ拳から円筒状に光が放たれ爆弾の周囲を取り囲んだ。
その光の筒の中にナオは更に自分の拳ごとアケボノを叩き込みみーくんと協力して発行する『完全燃焼』のスキルを発動する。
結果、円筒形の光の壁の中に円錐状のスキルの発動領域が発生する。
その閉鎖された空間に発生した燃焼が光を伴い一方向に爆発を起こした。
鼓膜が危ないレベルの爆発音と衝撃を伴って火葬戦姫が起こした爆発力が前方に吹き抜ける形でファイアーラットを直撃。
その内臓を引きちぎる形で背まで到達し大量の血をまき散らした。
<昏き夜をてらしだす>
通信先、水星詩歌を手に持ったリーシャの歌声が上に乗る。
その歌声が夢と現の境界線を揺らし世界を徐々に幻想へといざなう。
『勝ったっ!?』
誰かが立てたフラグが意味を成したのか一瞬目の色が消えたファイアーラットがナオに蹴りを入れて離脱。
雪原の上に地響きを伴ってうつぶせに着地した。
それを見やりながらナオが警戒を解かずに雪原に降り立つ。
「おい、生きてんだろ。起きて来いよ、ねず公」
<淡き花咲く微睡に>
二人の歌にマリーの声が更に乗る。
ナオの発破を聞いたのか聞いていないのか、ファイアーラットが体のばねを使って一気に起き上がった。
その腹部に空いていた傷がみるみるふさがっていく。
ははっ、こりゃ本当に怪獣対決だわ。
「そうこなくっちゃな」
再びファイアーラットがナオに猛然と襲い掛かる。
今度はナオがその攻撃を捌く形でショウカクから光の弾丸を放ち、アケボノで受ける形で少しずつ後退しながらダメージを受け切らない様にさばいていく。
<心のまま月へ還れ>
マリーベルのソングマジックが周囲を夜の帳に引き込み始める。
拳と牙、弓と爪を交差させる火葬戦姫と獣は徐々に空中に浮き始め再び空中で位置が目まぐるしく変わる三次元戦闘へと舞台を転じていった。
下方、雪原の上には空を見上げる月音と月影の姿が小さく見えた。
<月の見るその夢に>
最後に重なった月音の歌声。
唄う月音の裾から無数の木のピースが次々に宙へと放たれて個々が意思を持つかのように宙を飛び始める。
ギャヒ―――――――――!
不意に出現した無尽蔵にも見える白黒猫が連続でファイアーラットの顔に爪を突き立てた。
強度があっても痛みがなくなるわけではないのかファイアーラットが泣き叫ぶ。
「がらあきだつってんだろーがっ!」
のけぞったガラ空きの腹部にナオが再び拳をねじ込んだ。
ギュ――――――――!
<還れぬ者を抱きしめよ>
上空で戦うナオとファイアーラット、ショウカクから放たれた光の爆撃機とそれが放つ爆弾、そして縦横無尽に空を飛ぶ積木のパーツ、そして猫。
茜と蒼に染まる空は一層の混迷を極めていた。
夜の帳が下りる中、四人が唄うソングマジックが空間を支配していく。
そして天空に金色の満月が再び姿を現した。
<星に還るその祈りもて>
そう、これは考え方の反転。
月音はシスティリアの座敷童である。
その月音が出ている場所、そこは広義においてのシスティリアとは言えないだろうか。
はっきり言って無理筋のその屁理屈を最古の魔法であるソングマジックで力ずくでねじ込む。
あの時レビィはこう言っていた。
ルナティリアは巨神としてはシスティリアの上以外では出せんと思っとき、と。
さらにこうも言ってたんだな、外に器造ればワンチャンやがアレの器となると今やとティリアくらいしか作れんと。
つまりシスティリアの上で月音が積み木を増やしてそれを器にすればそれっぽいものが組み立てられないものかなと。
『いつもながら優の作戦ってザルすぎ』
『優姉ですし』
そこ、しれっと悪態つくなし。
まぁ、一時的にこの地をシスティリアの飛び地と認証するのには別な意味もあるんだけどね。
数がおかしいことになってる月音の積み木とショウカクから放たれていた光の爆撃機、そして猫とナオ、月音が光り輝く。
<夢を彩れ月華の王>
陰陽勇者、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニが姉としてルナティリアに命ずる。
我、システィリアの守護とすべての救済を行う。
月の照らすこのひと時に汝の力を貸与せよ。
「………………」
上空、一瞬で一体に戻った月影の瞳が虚構の月の光を受けて燦然と光った。
次の瞬間、私たちは木材で組み上げられたコックピットへと転送させられていた。
後方からは別な歌を歌い始めた月音の声が聞こえるということはシンガー席には月音が付いたのか。
ふむ、王機ではないんだろうけど何かが組めたことは確かだわね。
王機じゃないけど王機っぽい疑似王機ってとこかね。
そんなことを考えていると通信越しに妹たちの声が聞こえた。
『『『『『『『『『『猫だ』』』』』』』』』』
ははっ、この機体、見た目は猫な……
「……………………………………」
ナオが視線をシャルやアカリが座っていたコンソール席に向けるとそこには白黒の猫がいた。
黙ったまま見つめあうナオと月影。
「あー、そのなんだ」
ナオ、とりあえずこのまま押し切ってしまおう、起動コールよろしく。
「おう、わかったっ!」
月影から視線を外したナオが龍札の代わりに自分の手を定位位置に触れると全体に緑のラインが走った。
月の音色と月の影、そして火葬戦姫が交差するとき月の光が降り注ぐ。
陰陽勇者が定義する武都防衛用決戦兵器ルナティリアの補助機が最後に残された火鼠を救済するために現実の世界に顕現した。
「最強無敵ッ! 絶対救済ッ! 救世機ムーンライト、起動ッ!」
ははっ、ナオはこういうとこはほんと男の子のままだねぇ。
そんじゃさ、月音、ナオ。
ネズミさんと思いっきり遊ぼうか
『うんっ!』
「おうっ!」