妹達の休日 ユウコ・シス(他若干名)編
工事の進む中層の一角、傍に船着き場のある広場の一角、基本寝ないのもあって日が明ける頃にはあたしはこの場所で待っていた。
実体化したあたしが、今日身に着けているのはセーラの家にあった女の子用の服とポシェット。
淡い桃色のシャツにプリーツスカート、頭の上にはベレー帽。
正直なこと言うと前世でデートしたこともないし、他人とお出かけっていっても小さいころにお爺ちゃんと出かけた時ぐらいしか覚えてない。
そんな感じで自分のためのおしゃれを試したのも随分昔の話。
でもやっぱりやればちょっとテンション上がるよね。
中学のころは完全にボッチで部屋の隅で空気になじんでいたあたしにとって今日は初めてのデートだ。
しかも婚約者で今は何故か女の子。
「やぁ、待たせたかな」
「そ、そんなことないよ」
そんなあたしの前に現れたのはシンプルな白地のワンピース、その腰元には大きなリボンがあしらわれており、頭の上は小さなひまわり柄のアクセントが付いた麦わら帽子を被ったクラリスだった。
その手に持ってるのは何かの草を編みこんで作ったと思われる手提げバック。
硬直したあたしの目を覗き込みながらクラリスが淡く笑う。
「完全に着せ替え人形にされたよ。結局、シンプルがいいということでこれに落ち着いたんだけどね」
うへぇ、めっちゃ美人、というか目が焼ける。
優には多分バレてるだろうけどクラリスの顔と口調、前世でやりこんだゲームに出てくる子にちょっと似てるのよ。
やばい、心臓がバクバクしてる。
そんなあたしの仕草を見てクラリスは自分の姿を見つめた。
「似合わなくもないとは思うのだけど。どうかな、ハニー」
クラリスが体をゆするとその動きにつられてスカートひらりと舞う。
最初に見た時からどっかで見た気がしてたのよね。
ほんと似てるの、昔やったゲームのキャラに。
昔のゲームにはいたらしいのよね、情報教えてくれるポジの親友。
ただ、あたしもゲームはいろいろやったけど女性向けの乙女ゲームでそういうキャラが配置されてて、なおかつそれが隠し攻略キャラってのは他に見たことがない。
たぶん、絵と文章が中心のノベルゲームの方が数が多いからだと思う。
「に、にあ、似合ってる。すっごく似合ってる」
「それはよかった。でも……」
クラリスは無造作にあたしの手を掴むと引っ張りながらこういった。
「君の方が断然かわいいけどね。さぁ、デートに行こうか、ハニー」
「う、うん」
あのゲームでは気の許せる親友ポジの美少女ちゃんが実は男性だったという波乱の展開だったけど、こっちではこの美少女は最初から男で婚約者です。
どーしてこうなってるのよ。
大体優のせいなんだよっ!
そんなことを考えていると不意にクラリスの顔が目の前に来た。
「ハニー? 今日のデート相手は優ちゃんじゃなくて僕だからね」
「ひゃ、ひゃぃ!」
皆には笑われそうだから絶対に言わないことがいくつもある。
そのうちでもとびきりなのが、あたしはリアルで男の子にときめいたことがないという悲しい現実。
優はあたしのこと彼氏もなしで死んだとか言ってたけどさ。
わるかったね、こっちに来るまでは彼氏どころかお爺ちゃんと先生以外の男の人とまともに話したこともなかったよ、あたし。
優があたしにかけた根明になれって言葉、ちょっとは効いたのかな。
そしてさらに言うと初めてときめいたのはゲームの中の相手。
攻略要素が多い変わり種の乙女ゲームの隠し攻略対象。
アシストのために配置された美少女、に見せかけた女装男子だったというのがね。
ほんとあたしはレビィティリアについていかなかったのは正解だったと思ったよ。
「そこ、危ないから気をつけて。念のため手をつなごうか」
そして伸びてきたクラリスの手。
あたしはその手を掴んだ。
「じゃぁ、先に進もうか。ハニー」
「うわぁ、よくあんなセリフ言えますね、アイツ。沙羅姉達もそう思いませんか」
物陰から見ていた私が何とも言えない気分でそう言いつつ振り返ると姉二人が真っ赤な顔をしてもじもじしていた。
ちっ、これだからイケメンベースは好かないんだよ。
「え、あ、うん」
赤くなって歩いていく幽子姉たちを凝視する沙羅姉。
「いいなぁ、私もデートしたいなぁ」
口でいうだけじゃなく本当にうらやましそうにしているリーシャ姉。
まじか、とぼやいた私は小さくため息をつく。
異世界に来てどっかのアホ姉のせいで等しく全員女の子にされても顔面偏差値があるってホントどうなんですかね。
まぁ、シャル姉あたりは容姿に頓着しなさそうなんで安し……私は今何を考えようとした。
と、とにかく今日の私たちの任務は二人のデートのメモリアルをとること。
私は頭を振ると桃色のオーラを出してる姉二人に声をかけた。
「一応、今日は二人のデートを魔導具で撮影するってことで来てるわけですけど、ただ休日ストーカーするのも何なんで私らもしますか?」
「「え?」」
意表を突かれた顔をした姉達。
いやほんと可愛いんですよ、この二人。
ルックスもさることながら小動物的な内面が出てるというか。
「デート、というかこの場合はお出かけですね。二人にはあっちで散々お世話になりましたし今日一日くらいなら私が持ちますよ」
「いいの?」
驚いた表情で私の顔を見つめる沙羅姉とリーシャ姉。
「たまにはこういうのもいいかと。といいますかしばらくは優姉絡みの仕事はしたくないですし」
私が本音を口にすると二人が一緒に苦笑してくれた。
うん、こういうとこなんですよ、この二人が癒しなの。
シャル姉とのやり取りも楽しいことは楽しいんですがホント疲れるというかばてるというか。
優姉? 論外だろ、あんなの。
「私たちはいいけど……アカリちゃん、シャルおねーちゃんとじゃなくていいの?」
何を考えてかリーシャ姉が私に急にそんなことを言ってきた。
「な、なに言ってるんですかっ! シャル姉が出て歩く暇とかあるわけないでしょう、どうせあの人は今日もラボに籠って新型魔導の研究してますよ」
慌てる私を見ながら沙羅とリーシャが顔を見合わせて苦笑する。
「じゃぁ」
「今日はいいってことで」
私の手を両方から掴んだ二人。
どっちもあと五年ほど成長してればなぁ。
「「よろしくね、アカリちゃん」」
腕に感じる二人の感触、一瞬涎が出かけたのを啜るかたちで何とかこらえた私。
「っと、二人が見えなくなりましたね。追いかけましょう」
「「うんっ!」」
こういうのってダブルデートっていうんでしたっけか。
左右を見ると楽しそうなロリ姉たちの顔が見えた。
こっちの世界では台風や地震とかがない。
でもお天気がないってわけじゃないんだよね。
優が夢の中で見た世界をそっくり持ち込んだっていうこのシスティリアでも、海の傍では強めの海風が吹く。
要は物を破壊するような強い風がないってだけで、常に無風ってわけじゃない。
出かけるまで数日あったわけだけど余裕ができたのが今日ってことで今日デート。
ちょっと風が強めだけど天気自体は晴れてて気持ちいい。
眼下には工事の進む下層が広がっていてアカリが作った魔導機が区画を削って改良する傍で段々畑やら棚田やらに大量の食糧が実っているのが見えた。
さらにむこうの方では転換したマーメイドの子とかヤエの姿も見える。
そんな騒がしくもまぶしいこの町では、海の傍ってのもあって今日は潮風が吹き上げてた。
あたしはスカートを抑えながらもうちょっと上層近くの方を通ればよかったかなとちょっと後悔していた。
進むうちに風景に見入ったあたしが先行する形になり、いつしかクラリスをあたしが引っ張っていた。
「今日は風あるね。二人ともスカートは失敗だったかなぁ」
あたしがそういいながら振り返ると手をつなぎつつ帽子を飛ばされない様に抑えつつも、特にスカートを抑えるでもなく平然とした顔のままで立ってるクラリスが目に入った。
「ちょっ、ク、クラリス。スカートっ! めっちゃ風で翻ってるからっ! 見えちゃうからっ!」
「ああ、大丈夫だよ」
平然と答えるクラリスのスカートが風でバタバタと引っ張られて白い足がちらちらと見える。
「僕の権能はこういう時のガードにも適用される」
「ふえっ!?」
つい変な声が出たあたしにクラリスが涼しい顔で続けた。
「どんなに見えそうでも見えなくできるんだよ、僕の権能で」
「なのそのアニメガードッ!?」
あたしが呆然とした声で答えるとクラリスが苦笑した。
「赤の龍王様が存外うるさくてね。ただ、見せようとすれば見せられるけど」
そういって帽子を持ったままスカートに手をかけたクラリスをあたしは必死に止めた。
「ま、まって、まってっ! ここで捲らないでっ!」
「そうかい。君にしか見えないから問題はないとは思ったんだけど確かに雰囲気じゃないね」
そういって手を離したクラリス。
つ、つかれる。
というか心臓に悪いんですけどっ!
「そもそもどうやって見えなくしてるの」
「ああ、それは簡単だよ」
青い海と透き通るような青空の下、麦わら帽子を飛ばない様に手で押さえた女の子があたしだけに微笑みながら答えてくれる。
「僕の権能は対象者の成功率を少しだけ下げたり、注意散漫にできるんだ」
気が付くとクラリスの手があたしの頬にかかっていてドキッとした。
「今僕は権能を使った。いつ手がうごいたか君は認知できなかったはずだ。他にもあるけど今はこれで十分だよね」
「う、うん」
それより頬に触れてる手がぁ!
あたしが内心で叫んでいるとクラリスが不意に遠い目をした。
「優ちゃんには『妖怪ぬらりひょんと妖怪一足りないの合成やね。さすが超越』って言われたよ」
あ、うん。
クラリスが遠い目をするのもわかる。
「その、なんというかごめん」
「いや、僕より君の方が大変だろう。消失を避けるために僕の権能を一段移動してしまった弊害が必ず出る。体は大丈夫かい?」
そういって心配そうに見てくるクラリス。
「だ、大丈夫。クラリスの方は大丈夫なの?」
あたしがそういうとクラリスは肩をすくめた。
「深度が一下がったくらいだね。まぁ、眷属を生み出せばこうなることは分かってたからね」
「そう、なんだ」
そう、今のあたしは星神としての立場とクラリスの眷属としての立場の二つを持ってる。
それもあって以前よりクラリスが色々と心配してくれる。
それはそれで悪くないんだけどさ、この子、自分が不死だと慢心してるのか本当にいろいろと無防備で、っていうか頓着が足りなくて危ない。
主にあたしの理性が。
昨日も鼻血でたし。
ほんと実体化してる時のあたしの体ってどうなってんだろう、自分でも一番不思議だと思う。
「そろそろお昼だね。混む前に行こうか」
「う、うん」
そんなわけであたし達はゆっくりと中層と下層の間を散歩しながらお昼をとるためにアイラの店へと向かった。
ちらりと横を見るとクラリスの端正な横顔が見えた。
ゲームのことを思い出すとどうしても向こうで死ぬ前のことも一緒に思い出してしまう。
あたしが虐めを受けたのは多分一つの理由じゃないし、いじめの対象はあたしじゃなくてもよかったんだろうなと今では思う。
そしてその原因の一つに間違いなくあたしが乙女ゲームとかやりこんでいる奴だってのがクラスの同級生にバレたのも入ってる。
普通の学校なら問題なかったんだろうな。
なんだかんだ言ってストレスのたまりやすい宗教系学校だってのも一因だわね、と優は言ってた。
少し広めの道を二人で出をつないで歩きながら進む。
「その、クラリス」
「なんだい」
一度聞いてみたかったことがあるんだ。
「どうしてあたしと婚約したの」
あたしの質問にクラリスは「そうだねぇ……」と一息入れてから答えてくれた。
「まずは顔かな。それと出会いが斬新だったね。ボクシング好きなのかい」
「えっと、そこまで好きってわけじゃないんだけど、昔ハマったボクシング漫画がおもしろくて……」
しばらく漫画の話をするとクラリスは相槌を打ちながら楽しそうに聞いてくれた。
そんな中、ふと気がついた。
あたし、仲のいい友達いなかったんだよ。
だから、親友と言っていい女友達の立場から入っきて、主人公を本気で心配してくれて、そして最後カッコいいヒーローに化けるゲームの彼に恋をしちゃったんだ。
なんかさ、詩穂さんって人の気持ちがちょっとだけわかる気がする。
一度語り合ってみたかったな。
そんなことを考えてると、何となく気まずくなってクラリスの顔から視線をずらした。
あたし、この人に二回も助けられてる。
「それでさっきの話。クラリスはあたしのどこが好きになったの」
「可愛いじゃないか。顔も性格も」
あたしはその時、顔のほてりがとめられない自分を自覚した。
「あ、あたしなんかで……いいの?」
「君がいいんだよ、ハニー」
手が強く握られた。
そして青空に浮かぶ雲みたいな真っ白な微笑み。
「お互いもっと好きになろうか。僕らには時間はあるしね」
あたし、これは反則だとおもう。
「けっ、やってられませんよ、このバカップルに付き合ってられっかっ!」
「まってアカリちゃん、みんなびっくりしてるからっ!」
「ばれちゃいますから」
なんか食堂に入る直前、聞き覚えのある声が複数もめてるのが聞こえた。
振り返るとアカリと沙羅、リーシャがなんかもめてた。
「なにやってんの、あの子たち」
「さぁ、なんだろうね。それよりハニー、食堂に新メニューが入ったみたいだよ」
クラリスが指さす食堂の入り口にはメニューと合わせて何か宣伝が書かれていた。
「あ、ほんとだ。ねぇ、あれなんて書いてあるの?」
「『新鮮ウマウナギ入りました。ウマウナギのマナ丼がおススメ』だね」
「うま……うなぎ?」
会議でいってた魔獣ってもしかして。
「マナ丼か、なつかしいな」
「え、なつかしいんだ」
お爺ちゃん、異世界ではUMA、食べるみたいです。
あ、こっちだと実在するからUMAじゃなくて魔獣なのかも。
あと婚約者出来ました。
今は女の子です。