姉の帰還、木の玩具と空の散歩
重い瞼がゆっくりと開くとそこにはピンクの髪の妹に銀髪紫眼の妹、そして白髪に赤目の妹がいた。
視線を横にずらすと涙をためた咲が私の手を掴んでいた。
「幽子、なんか縮んだよね」
『起きて一発目がそれってどういうことなの』
そういって頬を膨らませた幽子。
そんな幽子はこっちの世界に来た時の高校生だった頃の身長からぐっと小さくなって、咲と同じくらいの子供の歳の見た目に変わっていた。
「お姉様の被害を軽減した際に幽子お姉様もかなりの部分を摩耗しました。クラウド様がとっさに補助してくれなければ危うかったですね」
「そっか。悪かったね、幽子」
クラウドにも後で礼を言わないとだわね。
『別にいいけど。ていうか優が素直で気持ち悪い』
「ははっ、分らんでもない」
私がそう流すとシャルが苦笑を浮かべた。
よく見るとファイブシスターズはじめナオやエウ、ヤエだけではなく中で一緒だったアカリや沙羅の姿も見えた。
ステファとマリーが見えんけどいつも通り外の警戒だろうね、たぶん。
そんな感じで主要な妹が全員……あ、端っこに月音とクラウドもしれっともいる。
ということはここポシェット内のシスティリアか。
視線を巡らすと入るときにはなかった壁や窓が目に入る。
つーか、ここ、夢の中で私が使ってた私の部屋だわね。
オンミョウジの衣装とかも壁に吊り下げられてるし。
そんな感じでぼんやりと窓の外を見ると青い空と雲、それと水音が聞こえた。
どうやら、ここまでは実体化に成功したみたいね。
そんなことを考えていると手を掴んでいた咲と幽子が不意にぎゅっと抱きついてきた。
「お姉ちゃん」
『優』
テラで作った最後の妹と、アスティリアで得た最初の妹兼嫁が抱きついたままで私を呼ぶ。
「なにかね」
感情の揺れは見せるけど、基本抑えがちな咲がこんな感情を込めた声を出すのも珍しいかな。
『「お帰りなさい」』
綺麗にはもった幽子と咲の声が私の耳に届く。
私は深く息をすってから妹たちに笑いながら答えた。
「ただいま」
その日、私は妹たちのいる新しい自宅に帰還した。
右手下から四段目、月音選手、そっと……抜き切りました。
あれから数日、アカリや沙羅と比べて目覚めるのに時間がかかった私は、いまだリハビリ状態である。
とはいっても体が弱っているわけでもなく宝貝で心が破壊されたというレアケースなのでだるいだけといったところか。
妹たちが入れ代わり立ち代わり覗きに来ては帰る一方で、部屋の隅で延々とジェンガっぽい木製のおもちゃを積み上げてる最新作の妹、月音が目に入る。
「それ、一人でやってて楽しいかね」
「うん。月では最大一キロまで積んだことあります」
レビィたちの心労が慮られる一言だわね、それ。
そういやシャルに月音のことを聞かれたとき「座敷童」っていったらみんな何も言わずに納得した顔してたんだけどなんなのかね、あれ。
「おねーちゃん、あきらめられてるんじゃない?」
「そんなことはないと思うのだけどねぇ、というか月音、私の心読めるのかね」
「うん」
さすがはシスティリア。
外から工事の音が鳴り響く好天の中、だらっと空を見上げる姉とジェンガモドキを積み上げてそろそろ一メートルになろうかという座敷童。
下から一個抜いては上に積み、着物の袖の中からいくつもわいてくる木製のピースもついでに一個乗せる。
そんなわけでどんどん上が重くピースの数が増えていくこれを果たしてジェンガと呼んでいいのかどうか。
なのでジェンガモドキである。
それにしても平和だねぇ。
おっと月音が手をかけたのは今度は左の最下層、そこを抜いて大丈夫なのか。
今、運命のゴングが鳴り響こうとしていた。
『あーーーーーー、もう、うざっ! うっざいからっ!』
そんな平和な一時を破壊しに来た我が神が、壁から頭だけを突き抜ける形でのぞき込んできた。
『優さ、私が心みてるの分かってて月音の積み木実況してるよね』
「せやね」
さらりと流した私に幽子がうっきゃーっと声を上げる。
いやー、懐かしいわ。
「幽子お姉ちゃん、崩れるから静かに」
ぴしゃりと幽子を叱った月音が次のピースに手をかけた。
『あ、はいっ……というか、私、お姉ちゃんでいいのかな。ねぇ、優。この子って元あれだよね』
「せやねぇ、でも一応リーシャの妹にもシスティリアとして登録されてるみたいだしいいんちゃう」
私がそういうとロリ化が進んだ幽子が以前より子供っぽい感じに頬を膨らませた。
『大体、優のせいだよね、こういう人間関係の捻じれが多発するの』
「せやね」
わかっちゃいるけどやめられない、ってなんだっけか。
「ところで幽子、何か呼びに来たんじゃないの」
『あ、そうだ。エウの世界樹、街のてっぺんの湖に移動終わったから見に来てって』
おー、終わったか。
一時、泥の中に沈んだりシスティリアの下に半分下敷きになってたエウの本体たる世界樹の苗。
苗といっても三階建てのビルより大きいのだけどね。
みんなでいろいろ相談した結果、システィリアの一番上にある神殿の傍の湖に移植することにした。
土がない状態で水につけて大丈夫なのかちょいと心配だったけど問題ないみたいね。
いわゆる世界樹の水耕栽培ってやつだ。
『それ、絶対なんか違うと思う。ていうか世界樹のスプラウトとか連想しないで』
うまそうだと思うんだけどなぁ。
『どうしてあんたはそう、とりあえず食べる方に考えるのよ』
「そりゃまぁ、食べることは生きることだからね」
『いいこと言ったみたいな顔してるけど、それ受け売りだよね』
「せやね」
師匠のうちの誰かからだったかな。
前の世界では私なりの世界観や技法を整えるためにいろんな場所に行き、様々な話を聞いて回った。
本当に数えきれないほどの話をしたわけだけど、そのうち強く感銘を受けた相手が全部で七十二名いる。
その相手全員を総じて私は師匠達と呼んでるわけなんだけど、この前、久しぶりに死に近い状態になった時の散逸でかなりの範囲の記憶が壊れた。
直接みりゃ思い出せるかもだけど、今時点ではっきり思い出せる師匠は両手の数ほどもいない。
『優……やっぱり出かけるのまだやめとく?』
「いや、ちょっとは出て回らんことにはとは思ってたから大丈夫よ」
近所の散歩ならしてたしね。
「月音、一緒に来るかね」
「行かない。私はまだ高みに到達してませんから」
自分を祭る神殿のリフォームに微塵も興味を示さない神がここにいる。
一体ジェンガモドキの何が元創世神の座敷童の魂に火をつけているのか。
多分、月音本人にもわからなそうね。
月音がジェンガモドキから顔を上げて私を見つめた。
「早く帰ってきてくださいね」
「もちろん。絶対に帰るよ、だから待っててね。あといい子にしてなくてもいいから」
「わかりました。なら帰ってくるまでに撃退用の罠でも仕掛けておきます」
「お、今日は何かな」
ちなみに昨日はドア連動のたらい。
その前は死んだふりとダイニングメッセージ。
その前は階段から転がってくるクッション。
その前は旅に出ます、探さないでくださいだった。
そんなことを考えていると月音が楽しそうに笑った
「今日こそおねえちゃんを驚かせてみせます」
「望むとこだわ、んじゃちょいといってくるわ」
「いってらっしゃい」
家の外に出ると外にアカリが待ち構えていた。
振り返ると視界の中に青い空と遠くまで広がる海が見えた。
いやさ、この風景や気象現象をここまで奇麗にこっちに持ち込めるとは思わなかった。
「時間押してるんで、チャチャっとこれにのっちゃってください」
そういって車輪の付いた車椅子っぽいものを押し出してきた。
「いや、身体的には問題ないからさ。歩けるって」
「シャル姉の指示です。それとあんたちょっと目を離すと駄目なことになってるから目を離さいようにって皆からも言われてるんで」
いやはや、信用ないね。
『自業自得だと思うの』
まぁしゃーないか。
アカリの手元にある車椅子っぽいものに私が座るとアカリが手元近くのスイッチを何か入れたのがわかった。
「ん、これも何かの魔導具かね」
「ええまぁ、私の服と連動して魔導連携するようにしました。我、風の王に願う……フローティングボード」
車椅子っぽいものごと私とアカリが浮き上がる。
そのままついーと横滑るする形で空を移動し始めた。
「こりゃすごい。アカリさ、これ空飛ぶタクシーとかも出来るんじゃない?」
「できます、というかちょいちょいしてます」
ははっ、流石アカリ。
そういうところはそつないね。
見下ろすといろんなところで壊れた壁や建物を妹たちが修繕しているのが見えた。
そこそこ大きめの重機っぽいのもちらほら見えるけど、アカリが作った工事用の魔導機とかだそうだ。
その他にも水路には物を運んでいるマーメイドの姿もある。
私の視線を追っていたアカリがぽつりとつぶやいた。
「あの子ら、元スライムなんですよね」
「そうよ」
システィリア転換時にだね、イメージしたのさ。
まず夢とシスティリアが被ってたあの短い時間の間に、システィリア経由でポシェットに入ってるスライムに依頼して必要とされる形状をとってもらった。
その上で夢の中で妹を構成していたMPをその中に叩き込んで、ティリアの魔法で強制的に固定した。
こっちの方はタイミングとしてはティリアの色を変えたりして固定した瞬間やね。
あれもあの時だからできたのであって、二度はできんだろうね。
そんでもって都市と一緒に創った妹たちについてなんだけど、結果から言うと固定出来たりできなかったり。
できた子はそのまま安定しきって戻らなかったし、安定しなかった子はすぐにスライムに戻った。
この差についてはシャルがかなり興味を惹かれたらしくて、個体ごとにMPを調査してレポート書いてるみたい。
水辺のマーメイドたちを見ていると、その中にロリ化したままのサニアの姿も見えた。
まー、この辺り私自身の年と明日咲が生きてた頃のイメージもあって、特に意識しないで妹転換をかけると幼年期から中学の間のどこかの年に落ち着く傾向があるのよね。
「そういや優姉、サニアなんですが」
「うん?」
風景を眺めたままぼんやりと話を聞いてるとアカリが少し間をおいて口を開く。
「親に会いに行きたいそうです。ここから出たいって言ってるんですがどうしますか」
ああ、ジャクサなんちゃらさんか。
「ええんちゃう。ただ、出るときには十分な準備だけはもたせてやってね」
「え、いいんですか。てっきり優姉のことだから妹手放すのやだとか言いそうだと思ってたんですが」
ははっ、それも否定はできんわね。
『いいの? 優』
「いいよ。本人がそうしたいというならその意思を尊重するまでさ。他にも出たい子がいたら同じようにしてやって」
「分かりました。えっと、処理としては妹から外すってことでいいんですか?」
アカリがそう聞いてきたので私は振り返って少し首を傾げた。
「旅に出たからって妹じゃなくなるわけじゃないでしょ。何かあったら私が助けに行きゃいいだけの話さね」
「……えーっとサニアとかはドラティリア連邦に行くって言ってますし、助けに行くって言っても無理なんじゃ」
そりゃ姉を甘く見てるね、アカリちゃんや。
「世界のどこに居ようと妹が助けを呼んで来たらいくさ。それが姉ってものだからね」
『優のせいで姉のハードルが上がってるよねっ!』
「せやね。というわけでアカリちゃんや」
私の呼びかけに答えないアカリ。
『無茶ぶりされるの、分かってるからだよ。そういう感じで話もちかけてきた時の優、ろくなこと言わないもん』
だろうね。
「アカリ」
私はもう一度アカリに声をかけた。
「はい」
しぶしぶ答えたアカリに私は笑いながらこう言った。
「シャルと協力して私の『妹召喚』を魔導具にしてよ。できれば姉召喚的な機能も付けてさ。出るときにさ、サニア達にはそれもたせてやりたいのよ」
夢の中でもらった指輪みたいな形に収まるとベストだわね。
私がそんなことを考えていると魔導を使いながら器用に額を抑えたアカリが叫んだ。
「誰かっ! 誰でもいいからこの姉の面倒見るの変わってくださいっ!」
響き渡るアカリの叫び。
『痛いほど気持ちがわかる』
そこでしみじみと言うなし、幽子。
そして誰よ、今のに無理ですとか答えた姉妹は。
お仕置きしないから出てきなさい、悪戯はするけど。
「ちくしょうっ! やっぱこうなんじゃねーか。帰ってこい、ヘビーっ!」