幻想王機
「でさ、結局のとこ月華王ってどんな王機だったのよ。ランドホエールと同じくらいの大きさなのかね」
「んなわけないやろ、ティリアの機体やで。そもそも月華王自体は王機にした時点で非実態が基本形態や。その月華王をコアに上部ユニットの星空王と下部ユニットの虚構王が合体したものがリアルでの月華王やった」
「おおう、そりゃまた」
あれだわね、戦隊もの二号機体によくある一体ででかいやつじゃないときの二体とかででかいやつってやつだわね。
「それにワイの元の体から作った命竜王を後ろに付けるのが最終形態やった」
「でかそうね」
「そりゃそうや。元々は深淵から這い出てくる深度七越えの異世界のバケモンと戦うための決戦兵器やからな」
「で、親子喧嘩でそれ持ち出して星と機体の両方をぶっ壊したと」
「そうや」
ふーん、レビィが口数が少なくなる時ってのはシャルが口元抑える時と同じでなんか言いたくない時だわね。
こいつも今はいいや。
「つーことは月華王を組み立てるには、そのせーなんとか王と、もう一体の部品の王機も呼ばなならんのね」
「星空王と虚構王や、お前さんほんと名前覚えんな」
「悪いね」
「まぁええけど。今だと壊れたとこに手入れる形で改造してメビウスイーグルとワルプルギスって名前になっとる」
そこ、ちょっと気になったんだよね。
ランドホエールに、陽界王、名前の出てない水と風の王機。
月華王に命竜王、メビウスイーグル、そしてワルプルギス。
こうやって並べてみると命名規則がバラバラなんだよね。
私がそれを口にするとレビィが肩をすくめた。
「元々はテラの漢字三文字が本来の名前やねん。なんかの拍子にぶっ壊れたりして半分以上改造した際には長ったらしい奴にして区別するっちゅーのが青いのが決めた王機の保守ルールやからな」
「へー、じゃあランドホエールって一回壊れてるんだ?」
「せやな」
さすがにちょいと気まずくて数秒だけ黙った後で正直に自己申告することにした。
「私さ、ランドホエール、もう一回壊したんだけど。多分、今だと巨神状態は取れないんじゃないかな」
「おまえ……なにしてくれてんの」
「ちょっといろいろね」
リーシャに色々吐かせたら壊れたとはさすがに言わない。
まぁ、バレてそうな気もするけど。
「月華王がらみの四機がこわれて使えんようなったから、四聖に怪獣をまとわせて巨神化なんちゅーピーキーなやり方でわらわら集まってくる怪獣なんとかさばいとったんやで」
あー、この世界のパワーバランスってそういう風になってたのか。
「ほかの三機があるじゃん」
「歌風王は大戦のときに壊れてそれっきりや。変形機構はあきらめて世界の維持用に特化させてある。せやから怪獣と正面から戦えるのは二機だけやな」
メビウスイーグルとワルプルギス、命竜王も数に入れないのか。
命竜王はわからんけど改造したことで何かあるのかもね。
「大変だね、世界」
「お前さん、大変にした主犯やろ」
「せやね。ならなおさらのことさ、月華王、動かせたほうがいいよね」
「そうは言うてもな。メビウスイーグルとワルプルギスが素直に非実態になって潜ってくるかわからん」
不安そうにするレビィに私は笑顔を見せた。
レビィは星空王が呼べるかどうか疑問だったみたいだけど私はできると踏んでいた。
なぜなら、呼ぶのがセーラだからだ。
カリス教の主神カリスはセーラとレビィ、それと地球の怪異を素材に組み上げられた新種の星神だろうと私は読んでる。
そうすることで『聖水』というスキルを持った神を作ったわけだ。
名前が聖杯にちなんでるのは暴走しないように枠をはめるためだろうね。
宗教として粗雑なのはそこは大して重要視してなかったからじゃないかな。
それと同時に星空王から転換したメビウスイーグルの今のマスターはカリスじゃないかなと私は思ってる。
なんでそう思うかというとだね、私のオンミョウドウの手法を使って物語として俯瞰した場合に気が付くことが一つあるのよ。
このアスティリアという世界は設定自体は結構煩雑な割に系統はシンプルで横幅がないのさ。
大体のパワーソースがティリアを頂点として枝分かれしてると同時に、何かしらの大きな仕組みの話になると大体王機が絡んでくる。
それしかない、というよりこの世界内に生まれたものには他に作れなかったといったあたりなんじゃないかな。
いわゆる世界設定の縛りの一種だわね。
そう考えるとトライのスキルってのは本当の意味で枠にはめた枠外ともいえる。
でだ、カリスは大霊界を動作させる中心的存在、コア部分であり、大霊界はかなり大掛かりな仕組みを備えた大魔法であることまではわかっている。
なら、その大霊界はたぶんに星空王、現メビウスイーグルの上で動いてるんだろうなと思ったわけさ。
そしてセーラは星空王へアクセスすることで神技を使いこなしている。
そこにコマンドじゃなくてティリアと同じソングマジックを載せてお願いしたらどうなるか。
神楽舞台に三人の歌う、正確にはリーシャのソングマジックに合わせる残り二人の歌声が響く中、背の高いセーラが伸ばしたその手の先に出現する巨大な水鏡。
そこから一匹の鷲が出現した。
アリスの御伽噺では一匹の獣が示唆されている。
その名はパンダースナッチ。
この世界ではメビウスイーグルという名を持つその獣は星の歌姫の声に惹かれ先導者の役をこなすために夢の中へと顕現した。
そのまま、以前のランドホエールの変形と同じようにどう見ても物理的にはあり得ない変形を経由して月華王の上部パーツとなって上空に滞留した。
舞台を静観していた人のおおよそ半数が腰を浮かせて空を舞うそれを見入るように見つめる。
「私的にはもう片方の虚構王をどうするかだわね」
「そっちは何とかなるやろ。マスターが一人おるわけやし」
打ち合わせの最後のあたりでこともなげに言い切ったレビィ。
私が怪訝そうにしているとレビィがニヤッとした笑いを伴って説明してくれた。
「アカリ、虚構王に龍札セットしたままやろ。ワイがそこから先の経路開けたる」
「ぬ?」
アカリの龍札とな。
たしか冒険者ギルド経由で赤龍機構の龍札保管庫に預けてるって話ったよね。
そんでもってレビィは虚構王にセットしたままといった。
ということは
「もしかしなくても赤龍機構の龍札保管庫って虚構王ことワルプルギスのことだったりする?」
「せやで」
出るとこが出ておきながら背が低めのアカリが少し腰をかがめて見上げるようなポーズのままセーラとは反対の右手を伸ばす。
そこにセーラの時と同じように巨大な水鏡が出現するとそこからにゅっと巨大な動物が頭を出した。
巨大な体躯に鋭い牙、体の割に小さい両の手を胸元に揃えて水鏡を抜けてきた恐ろしき竜の名をつけられたテラの旧支配者。
アリスの物語ではパンダースナッチとは別の獣も示唆されている。
その名はジャバウォック。
この世界ではワルプルギスという名を持つその獣は魔の歌姫の声に導かれ破壊者の役をこなすために夢の中へと顕現した。
その上でこちらも頭がおかしくなりそうな変形を複数回繰り返すと月華王の下部パーツとなって上空に滞留した。
興味なさげに見ていた残りの者たちも事ここに至って各々驚愕を口にして腰を浮かす。
そこで三人の歌がちょうど終了し、どこからともなく降り注ぐスポットライトがセンターに立つリーシャに当たった。
「仮にそこまで全部こなせたとしてや」
「まだ何かあるのかね」
最後の最後、打ち合わせの時間が切れそうなタイミングでレビィが切りだした。
「月華王の合体に関する部品はぶっ壊れたんもあって全部取り除かれとる。そこの空いた部分に白いのも赤いのも独自の機構を突っ込んだんや」
「ああ、それなら問題ない」
「どないするきや」
水星詩歌のマイクを口に寄せたリーシャの歌声がシスティリア全域に響き渡る。
それはどことなく素朴な、民謡のようにも聞こえるティリアの童歌。
「古き月よりいざないて」
私が教えたそれっぽい月華王の招来歌。
それっぽいというのがミソなのよ。
偶然だけどレビィによると改造された王機に語り掛ける歌は、改造前とは違っているらしい。
「昏き夜をてらしだす」
リーシャの前にふっと出現した私らの月華王である白ちゃん。
その白ちゃんは金色の光に包まれて空へと浮き上がっていく。
なお、この仕組みはレビィが仕掛けてくれたもので本当に光って飛んでるだけだったりする。
アカリが闘技場に仕掛けてくれたのと同じ要領だ。
「淡き花咲く微睡に、心のまま月へ還れ」
セーラとアカリが歌うリーシャの肩にそっと手を置くとそのまま位置を変える形で左右に通り抜けていく。
響き渡るリーシャの歌声の中、レビィの強制召喚によって呼び出された人々が息をのんで見守っているのがわかった。
そして、事前に仕込んでおいた私の認証フィルターが、夢と現が交差する今のシスティリアに影響を及ぼしリーシャの姿の一部を書き変えていく。
「月の見るその夢に」
輝く金色の髪。
「還れぬ者を抱きしめよ」
虹色にも見える不思議な色彩の瞳。
「星に還るその祈りもて」
空を見上げたリーシャが大きく手を広げると宙に浮いていた白ちゃんが中心部に挟まれるための中核モジュールへと変化した。
この一瞬に見立てを総動員して認識を強制する。
メビウスイーグルはセーラ、ワルプルギスはアカリそのものであり、白ちゃんは私の心が担当の月華王だ。
だからさ、わざわざ定義しなおさなくてそれで十分。
今、ここに三人の妹が王機として顕現した。
「夢を彩れ月華の王」
三機の王機が私の『妹融合』を経由して一つに繋がれた。
合体はできなくても融合ならできる、私がそれを信じられる限り、幻想は現実へと転換される。
そして連結融合が成功したその瞬間、プロデューサーである私の意識を含むトライアリスのメンバー全員が機体内部へと強制転送された。
以前シャルが座っていた制御盤の位置にはアカリが、上の咲が座っていた位置にはセーラが、そして中心制御の龍札を張る場所の前にはリーシャが配置されている。
「おねーちゃん」
はいよ。
リーシャが私に体の制御を渡してきたのに合わせてランドホエールの時と同様に目の前の光る石の柱に『陰陽勇者』の龍札を貼り付けた。
私の認証フィルター、レビィの上位権限と各種作ってくれた部品群、リーシャの歌と水星詩歌、セーラ、アカリのそれぞれの縁が今、一つになる。
システィリアと夢が重なる泡沫に母神の遺産が目を覚ます。
そういや、大きく改造したときにはカタカナの名前に変えるのがルールだっけか。
「さぁ、目覚めの時間だ」
コンソール群に火が入ると同時に全方面に風景が映り、妹達と戦うスネークイーンの姿を映し出した。
私の技能と皆の力を借りてくみ上げた今世界最強の王機が私の言葉を待ってスタンバイする。
待たせたね、あの子の代わりに私が起こしてあげるよ、母さん。
私たちの世界をかけた親子喧嘩の続きといこうじゃないか。
「幻想王機ルナティリア、起動ッ!」




