陰陽勇者
おお、ユウよ、死んでしまうとは情けない。
確かそんな感じだっけか、レトロゲームの勇者が死んだときに言われるセリフ。
自我境界線の復元になんとか成功したのがざっと半日と六時間ほど前。
私、周囲からの入力情報がほぼゼロでも時間の経過ってなんとなくわかるんよね。
いわゆる安藤優、オリジナル姉技能の一つで、脳内の妹が跳ねた回数でおおよその時間がカウントできるのよ。
というわけで見るという行為自体が意味をなさない音も光もない真っ暗な状態が続いている。
なんとなくはこうなるんじゃないかなとは思ってたんだけどね、がっつりやられたわ。
思考を回しながら自己の再認識と新しい認証フィルターの形成をしてるんだけどどうにも芳しくない。
母さんが私を突き刺した水星詩歌。
どうもアレのおかげで外の私自身にも影響が出ちゃったみたいね。
正確には龍札に、かな。
宝貝には幻想に特段強い効果があるって設定付けちゃったからなぁ。
多分に私の龍札内に封入されてるというエンシェントマジックとやらにも影響が出たんだと思われる。
ちなみにいうと刺されるあたりまでは予想範囲で一応アカリには伝えてあるけど、あそこまでがっつりとやられるのは完全に想定外だ。
たぶん、全てが死ぬことはないと思うのだけどいわゆる魂の回復速度が外、この場合は月華王が処理する夢の中の世界の時間経過に対して完全に間に合わない。
せめて並行処理出来りゃ違うんだけどね。
足りない部分の私自身は適当に創作できる。
精神の土台の回復だけでも他に任せられるなら、そっちに集中できる。
以前にも怪異相手に敗北した際には師匠がサポートしてくれたおかげでそうやって生き延びてきたわけなんだけど、今回はその補助がない。
ちなみにいうと何かあるたびに損耗した私自身がこのままでは消失しかねないと危惧した師匠達によって、私は前線から引きはがされ学校内で日がな一日妹のことを考えるという自堕落な生活を送ったのが幽子に出会う前の私だ。
こうやって自分語りと自分探しをしながらどっかで見てる姉妹たちに語る形で自己再形成してきたわけだけど、さすがにちょっとは焦るかな。
このままだと単純に間に合わんのよ。
過去のことを思い出しながらわずかなリソースで脳内妹を偽造し相談する。
シャル、やっぱこのままでは間に合わんかね。
「厳しいですわね。修繕のためのお姉さま自身を作るために費やす時間とこのまま修繕する方式、どちらにしても三日は掛かります」
やっぱ厳しいか。
先に形成していた脳内妹を一人手元に呼び出す。
フィーリア、私以外に動いてる認証フィルターは見つけた?
「いえ。手の届く範囲は掘ってみましたが出会えませんでした。申し訳ありません、お姉さま」
いないものはしゃーない。
そのまま続行で。
そんな感じにこの世界に来てからできた妹達を順次呼んでは相談していく。
事体は一向に改善しないけど癒されるからよし。
「アホなんちゃうか」
意識の端にふいに白くて目が赤い蛇がにゅるんと入り込んできた。
「お前さん何やっとるの」
レビィが出現したのを受けて私は全部の脳内妹を心の彼方へと帰還させた。
いやー、正直手詰まりでさ。こうやってわいわい騒いでれば私の心を追跡してるシャルか誰かが反応するかなって思ったのよ。
レビィがきてくれるとは思わなかったけど。
「他に来れる奴がおらんかったからな。とりあえず不便やろ、お前さんの中での五感くらいは復元するで」
レビィがそう言うと視界という概念が復活し自分の体が見えるようになった。
「お、流石レビィ。ありがと」
「そのくらいまでなら簡単や」
私が白蛇のレビィに手を伸ばすとそのままレビィがするするっと上に上ってきた。
内心と言動が分離しただけでもぐっとやりやすくなったわ。
「外どうなってる?」
「この場合の外いうんは夢の中の仮想世界のことやな」
私が頷くとレビィが口を開いた。
「ぶっちゃけよくない。怪異がワイの体の大部分を抑えとる。お前さんの妹らが防衛して町の連中を上層に逃がすまでは何とかやったが、その後は後手後手や。幸いワイの体の水は物理やからアカリやセーラの水制御でも対抗できとるが、つぶそうおもうと沙羅の降妖水舞でないと無理や」
白蛇が器用に頭を振りながら話を続ける。
「そしてどんどん海面があがっとる。今は沙羅とアカリが主体でそれを抑えとる状態やな」
海水の上昇抑えるので手一杯か。
「リーシャはどうしてるかね」
「今はお前さんに付いとる。数時間前までは緊急で開腹手術した関係でアカリがべったりやったけどな」
おおう、外科手術したんかい。
アカリには感謝だわね。
こういう私に何かあった時の状況を想定してアカリに指示出したのはレビィとの融合するより前の事で、指示出したこと自体忘れるようにしておいたから知らないで対応したレビィにはちょいと悪いことしたね。
「その海水なんだけどさ、レビィが取り戻すのは無理かね」
「あかんかった」
そのまま二人の間に沈黙が横たわる。
時間を無駄にはできないので自己形成は続けているけど、こりゃ厳しいか。
何か糸口がないものか。
思考を巡らせながら私はレビィに話を振る。
「そういえばさ、以前から気になってたんだけどレビィって外のこと半端に知ってたり知らんかったりするよね。あれってなんでよ」
私の視界のなかで白蛇が器用に首をすくめた。
「ワイ、本体やないからな。今のお前さんと同じバックアップや。あんまりにも変な状態やったから月華王経由で外のワイと連絡とってちょいちょい情報仕入れとったねん。つーてもなんでか知らんが本体が一切の連絡を受け付けんから半眠状態の海に散っとるワイのかけらからしか情報とれとらん。せやから起こったことは何となくわかるんやが、なんでそうなっとるのかはさっぱりやな」
「もしかして内陸の情報とか分からなかったりする?」
「せやな。とくにアルカナティリアは半島の砂漠の中やから消えたのは分かってもなんでかまではわからん」
「なるほど。お互い大変だわね」
「お前さん、今ので発狂しないって大概やな」
ああ、さっきまで戦ってた私は死んでるってことについてか。
それを発狂できるようだったらそもここまでにはなってないね。
むしろ正気を保っていないからこそここまでこれたともいうかな。
私の妹への愛は自分が死んだ程度では揺るがんのよ。
「お前、ホンマおっそろしい奴やな。一番得体がしれんわ」
「そりゃどーも」
目にあきらめが滲んだレビィを見ながらふと思いついたことを口にする。
「そうなるとレビィってこの夢が終わったらどうなるのよ」
「消えるで。あと七時間ちょいやな」
ほー。
「せやから残りの時間くらいはお前さんのリカバリに付き合ったるわ」
そういう白蛇が金色に光ると周囲が緩やかに回復してくるのがわかる。
それでもなお、残りの時間内には間に合わないか。
「わるいね。それにしてもほんと面倒見がいいね、レビィ。前々から思ってたんだけど、レビィってほんとにレビィアタンなのかね」
「嘘やないで」
「ほんとでもないのね」
横を見ていた白蛇が頭をこちらに向けた。
「おまえさん、そういうとこやで」
「ははっ、違いない」
精神環境を修繕するレビィと自分の心を修繕する私。
ふと足元を見るとぐったりと伸びた月華王の端末が見えた。
「ありゃま、白ちゃんが伸びてる」
「お前さんと一緒に思いっきり串刺しにされとったからな」
マジか。
私は白ちゃんを抱き上げてそっと撫でた。
「ごめんよ、いや正直ここまでになるとは思ってなくてさ」
「反省するならもうちっと周りを頼るんやな」
「うん、そうする」
そのまま撫でてると白ちゃんが何かを胸元にぎゅっと抱きしめていることに気が付いた。
なんぞこれ。
そっと手をよけさせてもしゃもしゃになったそれを広げてみる。
「これ、私の龍札じゃんか」
そこには半分焼けて炭となり、残りも白ちゃんが抱きしめていたことでもしゃもしゃになった『勇者』の龍札があった。
「ソレと外におる星神の娘、それと魔導で干渉してきとるのが一人おるやろ。そいつらがあの杖の被害を多少なりは引き受けたから今のお前さんが残ったんやろな。ちょっとくらいは感謝しーや」
そういうことか。
ははっ、いつだったかね。
人は一人で生きているわけじゃないって随分前に師匠の一人に言われたっけか。
まったくだわ。
「ねぇ、レビィ」
「なんや」
「時間、どうやっても間に合わんかね」
「まにあわんな。メティスならともかくワイは本来はこういうのには向かんねん」
「向いてるのがいればいいのかね」
私がそう問うとレビィが怪訝そうな声を出した。
「それはそうやが、ここはお前さんの本当の内面や。お前さんの月華王がダウンしとる以上、例の妹召喚は使えんやろ」
妹召喚はね。
「ちょっと試してみたいことがあるのよ。レビィ、回復の手順、一旦全部まかせていいかね」
「それは構へんが……なにするきや」
レビィをいったん私から少し離れた前の位置に下ろす。
今回はさ、逃げないで最後まで駆け抜けてみようかとおもうんよ。
私は言葉には出さずに外の世界にいる妹にそう語りかけた。
その一方でなでていた白ちゃんは一旦私の隣にそっと置く。
そうしてから白ちゃん達が守ってくれた私の龍札をレビィにぺたりと張り付けた。
まぁ、ここにあるのは外にある龍札の中身だけなんだろうけどね。
というか糊もないのに張り付くんだよね、この札。
「なんやねん、離れとっても修繕できるで」
「いいから、ちょいとそれ持ってて」
「そりゃかまへんけど」
この幻想、形にできるかね。
『できるよ、優なら』
遠いどこからか懐かしい声が聞こえた。
「夢のオンミョウジ、いやっ」
右手の指二本を立て他の指を内側に握りんだ。
「陰陽勇者、ユウ・アンドゥ・シス・ロマーニが創世神ティリアの姉妹にして八百万の一柱たるユウコ・シスに願い奉る」
言葉と同時に龍札とレビィを取り囲む形で魔法陣が展開されるのが見えた。
「ちょ、ちょっとまちやっ、お前さん何する気や!?」
「北辰の流れは絶えずして、地へと還れぬ物は無し」
左から右へ、金色の光が指の動きを追いかける。
「南天の輝きは帰せずして、天へと還れぬ者は無し」
動こうとするレビィだがその体は硬直されたように動かない。
「んなあほなっ、ワイのロッキングより強力な拘束魔法やとっ!?」
そのまま左下に、そして頭上へと指を動かすと光がなお一層強くなってゆく。
「我が前のもの、今まさに還り逝くものなり」
「ワイ、まだ消えたりせんがな」
「けど、数時間後には確実に消えるよね」
私の妹転換にはこう書いてある。
『縁のある対象の存在が失われかけている時、かつ接触しているときに限り強制的に妹に転換できる』とね。
そして私の本体は龍札なんだわ。
指をそのまま右下に、魔法陣の輝きがさらに強くなる。
「このモノすでに渇くことなし、乾くことなし」
光が付いてくるのを確認しながら一気に始まりの位置へと戻す。
目の前に金色の光を伴って五芒星が光り輝く。
「光さす庭に場所無き者に転輪を」
「復元体ちゅーても龍王の餓鬼どもより古参やで、ワイ」
私はレビィを見ながら微笑んだ。
「『龍王、超越以外は抵抗不可』、文句はこのスキルを私に持たせたティリアに言って」
「うっそやろ!?」
私はスキルを発動した。
「全部まとめてっ、妹になれっ!!」
爆風とともに魔法陣の上に舞い散る星と光。
流星王子の影響かね。
光が収まるとそこにはふんわりとしたパーマが掛かった長い金髪、透き通るような赤い瞳をもった女の子が蛇の飾りのついた杖と『陰陽勇者』と書かれた龍札をもって呆然としていた。
「なんじゃこりゃっ!!」
自分の姿と手に持った龍札を見て少女が絶叫した。
お前さんはどこの死にかけの刑事さんだ。
「た、龍札が再構築されとる。しかも四文字やとっ!?」
上手くいったようで何よりだわ。
走り寄ってきた新しい妹のレビィたんが私の服の裾をつかんでがくがく揺らす。
「百歩、百歩譲ってワイの方はまだわかる。せやけど、この龍札はなんやねん!」
げほっと咳をした私を我に返った少女、レビィが離した。
「そりゃ、極めてシンプルさね」
じっと見つめるレビィに私はこういった。
「妹転換を自分にもかけたのさ。こっちには向うの姉は来てなかったからね」
ずっとこうやって姉妹相手に語り掛けてきたからね。
それをフラグとして設定に昇華させたのよ、スキルを使って。
「スキルを応用してこっちで適当に『姉を創った』」
私の心の物語、龍神妹奇譚は姉妹が読むと定義してある。
そして妹同様に私にとっちゃ姉も概念に足を踏み入れてる。
老若男女、種も生死も有機か無機かどうかすら問わないのさ。
だから見知らぬどこかの三千世界に湧いてるんじゃないかな。
星より多い私の姉達が。
「んなあほなっ!」
私の精神世界にレビィの叫びが木霊した。