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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第三章 歪曲都市編 優しい幸福がそこにはあった
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あなたの歩みは星が見ていた 前編

 一曲歌い終わったリーシャが荒い息をつく。

 あの子があんなにのびのびと唄えるなんてね。

 いえ、そうでもないかしら。

 ここ最近はずっとユウちゃんと手をつないで唄いながら歩いてたものね。


「歌を相手に思いっきりぶつけた感想はどうだったね、リーシャ」


 表に出たユウちゃんが、どことなくニヒルな笑いを浮かべつつ一歩踏み出した。

 げほっと咳をしてから苦しそうな顔をしたリーシャがこっちを見る。

 楽しくなさそうね、リーシャ。


『せやな』


 私たちのそんな独白に少しだけ苦笑をしながらユウちゃんがさらに一歩前へと進む。


「リーシャさ、ここに残ってその後どうするのよ」

「おねーちゃんと一緒に暮らすの。こっちこないでっ!」


 そう叫びながらリーシャが水星詩歌(すいせいしか)を振ると月から光の束が降ってきた。

 ユウちゃんが語りに集中するなか、回避とかの担当をしてる私の方で何とか躱す。


「っ!」


 けれ完全には躱し切れず、掠めたところから出血して舞台の上に血が流れた。

 ユウちゃんがさらに一歩前に歩みを進める。


「一緒に暮らしたい相手を殺したら意味なくないかね」

「そ、それは……夢だから! 夢だからきっと直せるもん」


 夢だって認識してる夢ってたしか明晰夢っていうんだったかしら。

 私たちみたいに死んだ後で見る夢ってなんていうのかしらね。


「臨死体験だわね」


 リーシャに聞こえない大きさでユウちゃんが小さく呟いた。

 なるほど、生きて帰ってくればそうなるのね。

 それじゃ帰れなかった場合は違うのかしら。


「そりゃよくある語り手不在。さて、一息入れたし進みますか」


 ユウちゃんがさらに一歩進む。


「試しに殺してみるかね、リーシャ」

「こ、来ないでっ!」


 月からくる光をぎりぎりでかわす。

 速度が上がってきてるわね。


『ワイの方でもう一段補助入れたる。ロックまでまだ時間がかかるから我慢しぃや』


 だそうよ、ユウちゃん。


「大体においてさ、リーシャ。アスティリアって世界は死んだ人間留めとくと碌なことにならんよね。ゾンビになったりとかレイスになったりとか。いっちゃなんだけどそうなってない分だけましだったんじゃないかね」

「くるなっ!」


 結構今のは痛かったわね。

 表に出てるユウちゃんが感じてる痛みはもっと大きいと思うけど大丈夫かしら。

 左腕の方から結構血が出てるわね。


『破損組織の応急接続は終わったで。リカバリはしとくけど動きに支障出るからきーつけや』


 了解よ。

 先ほどとは打って変わってただ歩み寄るユウちゃんと、リーシャが語りに反応するたびに打ち込まれる月の光。

 静まり返った会場が私たちをじっと見守る。


「それとリーシャ。あー、いや、ここにいる全員にも言えるか」


 ユウちゃんはそう言いながら会場の全員を見渡した。


「なかったこととか都合よく改竄するのは別に構いやしないけどさ」


 そこは否定しないのね。


『実際、ユウ自身がしとるからな。ブーメランやろ』


 私とレビィの対話に少しだけ苦笑しながらユウちゃんが言葉をつづけたの。


「その後の出会いも、心も思い出も、全てまとめてなかったことにするかね」


 ユウちゃんが語るたびに攻撃を打ち込んでいたリーシャがぴたりと動きを止めた。


「フィーリアとの思い出はリーシャにとっては不要だったのかね」

「そ、そんなことはっ!」


 瞬間、ユウちゃんがドンと一歩前に踏み出した。

 偽物の月の上、天井近くに配置されていた大量の星々が宙を舞いリーシャや会場の人々の前に舞い落ちる。


「月が隠したとしても、星が消えたわけじゃない」


 そのままメアリーの時のように大量のスクリーンへと変化し、それぞれに個別の過去の情景を映し出した。


「お……ねぇちゃん」


 リーシャの前のスクリーン、そこには赤い目をした元埋葬人の少女が淡く微笑んでいた。

 さらに進むユウちゃんがリーシャに言葉を投げつける。


「あなたの歩みは星が見ていた」
































 荷物を抱えた多くの人たちが座り込む広い広場。

 この場所は覚えがあるわ、ロマーニの王都ね。

 見覚えのある顔がいっぱいいる中、その一角にリーシャが座り込んでいた。


「……おねえちゃん」


 体育座りのまま頭を膝にうずめたリーシャ。

 周囲ではいろんな人が行き来してる中でリーシャだけが広場の隅の方でじっとしてるの。


「よかった、探したんだよ。生きてたんだね」


 そんな声がしてふとリーシャが顔を上げると近くにいた男の人が初老の女性に抱きしめられてるのが見えた。

 あれはメアリーになった男の人ね。

 出会えたことに喜ぶ二人はそのままどこかへと立ち去っていく。

 リーシャの頬にポロリと涙がこぼれた。


「あなた、大丈夫ですの?」


 リーシャが声につられて顔を上げるとそこにはアルドリーネちゃんが立ってたわ。

 いつも傍にいたカールさんの姿はそこにはなくて、代わりの初老の騎士さんが護衛に付いてるみたいね。


「どうなさいました、アルドリーネ様」

「この子、私の知り合いのところの子なのです。確か名前はリーシャ、だったかしら」


 しゃがみこんだアルドリーネちゃんがリーシャに視線を合わせた。

 リーシャが頷くとアルドリーネが痛ましそうな顔をした。


「そう。その、セーラさんはこちらには?」


 聞きにくそうに口を開いたアルドリーネちゃん。

 リーシャの瞳から再び涙がこぼれた。


「ごめんなさい」


 そのままリーシャをぎゅっと抱きしめたアルドリーネちゃんの瞳からも涙が零れ落ちてきた。


「う、うわーーーーーーーーーーーーーーん」


 一気に(せき)を切ったように泣き出したリーシャ。

 抱きしめるアルドリーネちゃんはほとんど声を出さずに静かに涙をこぼしているのが対照的ね。

 必要だったからやるしかなかったとはいえ、こうやって顛末(てんまつ)を見せられると胸が締め付けられるわね。


『セーラが責任感じる必要はない。全部、ワイとメティスの計画や』


 でも実行したのが私達四聖(しせい)なのも変わらないわ。

 しばらく二人で抱き合って泣いた後でアルドリーネちゃんがリーシャの目を見てから護衛の騎士を見上げた。


「この子、しばらく私が預かってもいいかしら」

「それは構いませんが……よろしいのですか、アルドリーネ様。あなたにはこの後中央でのお仕事があります。ご縁談自体は破棄になったとはいえ、それがなくともあなたはエンシェントシティの代表です」

「その都市はもう残っていませんけどね」


 皮肉めいたアルドリーネの返事に騎士が一瞬目を閉じた。

 騎士は再び視線を彼女に合わせると一巡の後に提案をする。


「どのみちあなたの後見人である公爵様にお伺いをたてなければいけません」

「もちろんです。リーシャ、荷物は?」


 自分に確認のないまま進んでいく話に目を白黒させていたリーシャが思い出したように、近くにあった荷物袋を引っ張った。


「あっ、そういえば王都に付いたらこれを誰か偉い人に見せてっておねーちゃんが」


 そういって一通の手紙を差し出したリーシャ。

 あれは私がリーシャに持たせたお手紙ね。


「これはセーラさんからのね。あて名は……書いてませんね。リーシャ、この手紙、ちょっと拝見してもいいかしら」


 頷くリーシャ。

 封を開け内容を読み込んでいくアルドリーネちゃん。

 少し首を傾げると傍にいた騎士に手紙を渡した。

 同じく手紙を読み込んだ騎士が驚いた表情をする。


「コナラ村のフィーリアですか。たしか公爵様の見習い侍女にコナラ村の出身が何人かいたはずですが」

「まぁ、ならその子がいるかどうか一度お屋敷に戻って聞いてみましょう。リーシャ、立てますか?」


 立ち上がろうとするリーシャだけど、疲労ですっかり弱っていたのか足が震えているのが見えた。

 そんなリーシャの姿を見ていた騎士がリーシャの傍によるとひょいっと抱え上げた。


「ムリをするな。アルドリーネ様、私が運びますので」

「お願いします」


 騎士の手の中で震えるリーシャの手をアルドリーネがそっとつかんだ。


「悪いようにはしません。きっとセーラさんの知り合いだというフィーリアも見つかりますわ」

「うん」


 アルドリーネちゃんの手をきゅっと握ったリーシャがちいさく微笑んだ。

























 その瞬間、流星祭剣(りゅうせいさいけん)がリーシャの見ていた映像を切り裂き、支えていた星が泡沫のように煌めきながら消えていった。

 同じように会場のあちこちで、皆が見ていた星のディスプレイが粉々になって消えていくのが見えた。


「そのぬくもりもなかったことになる」

「えっ、ちょっ、ちょっとまって!」


 会場中からどこか悲鳴のような声がちょっとでてるわね。


詭弁(きべん)の一種やな、ユウ自身がわかってつこうとるみたいやが』


 そうなのかしら、矛盾は感じないのだけど。


『時系列に矛盾はでんからな』


 ユウちゃんがまた一歩、足を踏みこむと先ほどと同じように星が舞い降り再び映像が流れる。































「ふぇー、つかれたー。侍女長がおーにー」


 ベットが二つ並ぶ小さな部屋で侍女服をぬぎながらリーシャがぼやく。

 その脱いだ服をフィーちゃんがしわにならない様に畳んでくれてるわね。

 少し時間が経ってるのね、二人とも大きくなってるわ。


「でも、覚えた分だけ動きがきれいになってる」

「うー、わかってるよー」


 二人とも下着姿になると動きやすい軽装の服に着替えた。


「それでおねーちゃんはなにプレゼントするの。婚約した後だと初めてのプレゼントだよね」


 あら、フィーちゃん婚約したのね。

 リーシャにそう話を振られたフィーちゃんがちょっとだけはにかんだ笑みを浮かべる。


「包丁」


 一瞬、硬直したリーシャが手と首を振りながら全力で否定してるわね。


「いやいやいやいや、おねーちゃん。ない、それはないっ。普通、包丁を贈るって縁きりの意味だから」


 そういえばずいぶん昔にそんなことも教えたわね。

 世間スレしてないフィーちゃんは多分知らないだろうけど、結婚祝いとかで送っちゃいけないもののひとつじゃなかったかしら。


「そう。でも包丁ならきっと喜ぶと思う」


 そういって真剣な表情で頷いたフィーちゃん。


「縁切れちゃうかもしれないよ?」


 意志を変えないフィーちゃんに悪戯っぽくリーシャは言った。

 少し考えた後で、小首を傾げたフィーちゃんが口を開いたの。


「その程度で切れる縁ならそれまでだと思う」

「あははっ、おねーちゃんらしいといえばらしいや」


 苦笑するリーシャにフィーちゃんが続けたの。


「リーシャは付き合ってもらうお礼、包丁とダガシとどちらがいいですか」

「ダガシ!」


 勢いよく答えたリーシャ。

 こくりと頷いたフィーちゃんはそっとリーシャの頭を撫でたの。


「もぉ、そうやって子ども扱いするー」

「そうでもない。しいて言うなら」


 そこで、言葉を止めたフィーちゃん。

 辛抱強く続きを待つリーシャにフィーちゃんはこう続けたの。


「可愛い妹だなと思ってる」

「もー、子ども扱いしてー」


 二人の笑いが部屋に響いた。

 フィーちゃんに預けて正解だったわね。

 リーシャ、いい子に育ったもの。




































 先ほどと同様に、流星祭剣(りゅうせいさいけん)が星が照らす映像を切り裂く。

 会場中から先ほどより多くの苦悶の声が聞こえた。


「なかったその先にはその人との思い出は存在しえない。リーシャの姉のフィーリアはいなかったことになる」

「そ、そんなことないもん! コナラ村に行った時から仲良しだったからっ!」


 それは本当。

 だからフィーちゃんに預けたのもあるし。


「でも今の思い出は『リーシャの姉のフィーリア』とのものなのよ。違うタイムライン、歴史をたどった場合には『そのフィーリアには出会えない』。別の人との出会いになる、分るよね」

「ち、ちがっ、おねーちゃんは変わらない、変わらないから」


 確かに私が生きていたらフィーちゃんとああいう仲にはならなかったでしょうね。


「もう一度問うよ。フィーリアとの思い出はリーシャにとっては不要だったのかね」

「ち……ちがっ……」


 戸惑うリーシャの答えを待たずにユウちゃんが再度足を踏みこむ。

 星が舞い、過去の思い出が幻想のように浮かび上がった。

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