シス・ロマーニ
「さて、シャル。旅に出る前に確認したいんだけど」
『ねぇ、優。本気で西に行くきなの』
「いくよ、これは決定」
私の決定に対して幽子とシャルは気が乗らない様子だ。
「お姉さま、東の旅程ではいけない理由を教えて下さいませんか」
「まぁ、いろいろあるんだけど……」
ちらりと部屋の隅をみてからシャルに視線を戻した。
「シャル、一週間前に私達に使用された魔法、なんだかわかる?」
「あれは炸裂魔導の一種、おそらくはエクスプロ―ジョンバレットだとおもいますわ。対軍殺傷用の深度二魔導でかなり前に国際協定で使用禁止になったものです」
「魔法と魔導ってどう違うのかね」
「魔導は魔法の一部です」
「ふぅん、でさっきの奴の原理は?」
「接触物の炸裂反応魔導が多段感染するというものです。気が付いたのが遅れてしまったのでエアロシールドを張るのが遅れました。結果、あのような事態になってしまい……」
「そこからはいい。で、今まではどうだったの」
「これまではあそこまで外道な方法には出てきませんでした」
やっぱそっか。
「それな、正直無理筋だと思うんだわ」
「え、それは……私の説明に何か不備が……」
『どういうことよ、優』
私は首を振ると適当な部屋の隅をじっと見つめる。
「死にかけの魔法使いの王、年端もいかない龍王、同じくもはや戦力にならない大人が五名。シャルのさっき言った魔法の原理は化学兵器よりはどちらかというとバイオ兵器に近い、にもかかわらず一週間たっても私らはぴんぴん生きてる」
怪訝そうに首をかしげる幽子とシャル、おーこれはこれで可愛い、がその前にだ。
「その答えは簡単、いるからよ。ロマーニ王と龍王の逃亡を補助してきたのが。いい加減でてこい、さもなくば叩きのめして妹にするぞ」
私がそういうと同時に部屋の隅に霧のようなものが持ち上がり人型を得て確固たる人の姿へと変質した。
ダークグレイの髪に赤い瞳を持った黒スーツを着た少年がそこにいた。
年齢的には十代前半くらいに見えるけどたぶん見た目通りじゃないだろうな。
「やれやれ、僕も長い事存在しているけどそんな出鱈目な脅しは初めて聞いたよ」
少年は苦笑しながら頭の帽子を脱いで一礼する。
とりあえず近くによって平手で一発入れる。
「これはまた」
「上の指示だろうが私の妹を危険にさらしたことに対するお礼」
「これでも僕はかなり強い方に入るんだけど、君は怖いものを本当に知らないね」
「怖いよ、一歩間違えばあんたに皆殺しにされかねないからね。ま、その時は復讐するだけなんだけどね。幽子がっ!」
『そこであたしにふるっ!?』
「はは、ここ三週間ほど見てたけど本当におかしいね、君は」
「てめぇほどじゃねえよ。で、わかってると思うけど私の名前は安藤優、昔の友人には食人安藤とかゲームのエンドテロップのand you みたいだとか言われて親しまれてきた女だ」
「それは……ほんとに親しまれていたのかい?」
『優、あの噂……』
私は手を挙げて幽子のセリフを差し止める。
「で、あんたはどこの誰だ?」
私がそういうとやれやれといった様子で肩をすくめてからそいつが口をひらいた。
「僕の名前はクラウド。赤の龍王様から青の龍王キサがドラティリアにつくまでの守護を指示されている」
「いつから、ですか」
「僕が君たちに接触したのはロマーニが陥落して東に逃げている途中からだね」
ふーむ……となると……あー。
私が考え込んでいると幽子がクラウドの傍に近づいた。
『あんた、ずっと見てたっていうの?』
「うん、見ていたね」
『あたしが野獣から逃げてるときもロマーニの人がどんどん死んでいくのも?』
「そうだね」
幽子の平手がクラウドに決まった。
そのまま地面に倒れたクラウド。
ほー、私だけじゃなく幽子も接触できるのか。
私が観察してると幽子がそのままマウントポジションをキープしたままぽこぽことクラウドを殴り始めた。
「ちょ、ちょっとお待ちください。幽子お姉さま、その方は……」
『しらないわよっ! 人がっ、人がっ! 人が追い詰められているとこをっ!』
そういいながらクラウドをグーで殴り続ける幽子。
ありゃたぶん前世のトラウマ思い出してるな。
「幽子、動作することを禁ずる、ステイ」
『!?』
動かなくなった幽子の下からクラウドを引きずり出す。
「こりゃまた……」
「幽子、行動を許可する。ただしクラウドへの物理攻撃は禁止する」
そのまま地面に女の子座りしている栗毛の幽霊。
『……優の馬鹿』
「知ってた。さてとクラウド、話をしようか」
机の上に広げた世界地図。
用意された三つの椅子には私、シャル、クラウドが座っている。
幽子は膝を抱えたままふよふよと宙をまっているがとりあえず放置。
「さて、見てたなら大体わかってるだろうから、こちらの説明はいらないね」
「そうだね。ところで一つ聞いてもいいかな」
私の説明にクラウドが切り返してくる。
「ん、なに」
「僕がいることがなぜわかったのかな」
ああ、それか。
「いや、全然」
『「「は?」」』
口を開いたシャルも驚いた様子の幽子もかわいいよね。
よくよく見てみるとクラウドって結構ルックスいいなぁ。
女物も似合うんじゃないだろうか。
「分かっていたんじゃないのかい?」
「そんなわけないじゃない。私は政治も経済もど素人、武術とかで気配分かるわけでもないし」
「お姉さま、さっきいい加減でてこいって」
「ああ、あれね。ぶっちゃけカマかまかけた。いや気にはなってたんだよ、いくらなんでもロマーニ王の一行がここまで生きて来れたのって不思議だなぁって。だからなんかいるって前提でたきつけてみて出てきたらとりあえず殴っておいて、出てこなかったらなーんってねっていってごまかそうと」
呆然とした表情をするクラウド。
「なら僕はなんで殴られたんだい?」
「なんとなく」
『え。えー……いや、でも、王様とかこの人見殺しにしてきたんじゃないの?』
「そだね。でもそれは幽子には関係ない。あったとしてもデンプシーロールはやりすぎ。ぶっちゃけ幽子の八つ当たり」
『うぐっ』
幽子がふらふらとクラウドの傍に移動して地面に土下座する。
半分、地面に埋まっているあたりが実に幽子らしい。
『ごめんなさい』
「あ、いや……そのそこまでされる理由は僕にもないのだけど」
「こほんっ」
シャルの咳払いで皆の視線がシャルに集まった。
「クラウド様、確認なのですが……もしかして超越でいらっしゃいますか」
「まあね。こんな身なりではあるけど一応は赤の龍王から派生したものだよ」
「そう……ですか」
シャルは複雑だろうね。
さてと本題に入りますか。
「さて、クラウド。あんたは赤の龍王の関係者である、ここまで私たちとの直接接触を避けてきた。ここまではあってるかな」
「うん」
「じゃあ結論からいこうか。赤の龍王はキサの妹を切り捨てたとおもっていい?」
幽子とシャルが息をのむのが分かった。
「残念だけどそのようだね」
「残念なんだ?」
「一応、可能であればカコの確保も指示されていたからね」
確保ねぇ。
「指示内容は?」
「青の龍王の子孫が海上に脱出するまで可能な範囲で補助せよ。ただし、相手に存在を把握させるな」
「そりゃまた無茶な指示だこと」
「それだけ相手が悪いからね」
その指示だとロマーニ国の国民は確保の範囲に入らんわね。
シャルが唇をかみしめているのが分かる。
「僕はあくまで保険、ここまであの子が来れたのは君たちロマーニの力あってこそだ」
「………………」
理解はしても納得は出来んわな。
さてと、いくつか確認しないといけないわけだけど。
「クラウド、あんたを戦力には?」
「わるいけど無理だよ。僕はあくまで保険だ」
そう、キサを生かす以外にはこいつは使えない。
なら次だ。
「キサが逃げれたら赤の龍王は次はどうすると思う?」
「さぁ……あの人の考えることだしね」
私は世界地図の上、アラビア半島あたりの丸くくりぬかれて不自然に海になっている場所を指し示した。
「これ、やったの誰?」
クラウドが苦笑する。
「青の龍王の子孫だよ」
『え、これを!?』
わるいけど幽子はちょっと黙ってて。
「王機ってやつがかかわる?」
クラウドは答えない、それが答えか。
「シャル」
「はい。青の龍王の子孫であるキサの妹、カコが異世界から降臨した神を撃退するために王機を使用しました。結果、拠点ごと消失させることには成功したのですが……」
「感染がのこってたか」
『感染?』
「そう。宗教は感染する、別に悪い事ではないのだけど私たちの世界の普遍宗教は自己組織化、自己複製の要件を備えている。結果、概念ごと消し去ることがベストで、それがかなわないからといって力押しでは到底なくすことはできやしない。悪のレッテル張りして物理で本拠地を消し去ったとしても抜本解決にはならなかったはず」
シャルが頷いた。
「おっしゃるとおりです。逃した一部から増殖した異世界の神と信仰はあっという間に大陸を飲み込んでいきました。私達が事態に気が付いたときにはもう手遅れだったのです」
ここしばらくシャル達といて聞き出した事情はこうだ。
かつてこの星には創世神であるティリアとその子供である四柱の龍王がいた。
いろいろあった後に親子間で激突、壮大な親子喧嘩の後にユーラシアの東部が失われた。
『優の脳内説明が雑……』
「やかまし」
そののち各地で龍王から認められた人間が王を名乗り各地を統治する政治体制が主流となった。
王権神授説ならぬ王権龍授説だわね、そういうところから見ても龍王とはいわれてるけど実質は神扱いと言っていい、らしい。
キサのかわいさは神がかってるけどね。
『だからさ、意識散らすなよ』
「ほんとだし」
脳内での思考整理に外で突っ込みと切り返しだけする私と幽子をクラウドとシャルが何とも言えない表情で見つめている。
さて、ここまでは聞いているがその先だな。
「クラウド、シャル。宗教ってこの星というか世界、なかったの?」
「昔はあった、かな」
「かつては母なる月の女神を皆が崇めていたそうです。ですが……」
そのままシャルが続きを話すのを待つ。
「大きな争い後に月の女神は封印され、詳細についても今となっては分からなくなっているのです」
「子供の龍王と喧嘩したんで女神信仰を封印したんか」
「はい」
そこが分からんのよね。
「それでも普通なら自然発生するはずなんだが、なんでわざわざ異世界の信仰を半端に取り入れた」
私の問いに誰も答えない、沈黙が数分続いた。
口を開いたのはクラウドだった。
「呼び方は優ちゃんでいいかな」
ちゃんずけとはまた。
なんかくすぐったい。
「うん」
「その子、幽子ちゃんはどこにいくんだい?」
『え、どこにもいかないけど』
おう、そういうことか。
あほの子全開の幽子のボケはおいておいてだ。
『ちょっと、どういうことよ』
「あの世の話よ」
『へ?』
まず、前提として一般的な生物にはあの世や死後は必要が無い。
高等生物なら死の恐怖はあるが、それは死後の恐怖ではない。
なぜならば生物は生きることにはさしたる意味などなく、最後まで生を駆け抜けて死んだ時点で終わりだからだ。
宗教関係者にこういうことを言うと俗物とか唯物主義って言われてハブられておわるわけだけどね。
主は最後に審判を下されるけど犬や猫には審判を下されない。
つまりは家畜類には仮に魂があったとしても救済されることは無いわけだ。
ま、西洋の思想体系だと畜生には魂魄がないというとこに到達しやすい所以だわね。
ではなぜ人間にはあの世が必要かというと一般的には人間は他の動物と違い遠い未来の死を幻視し、その後の不確定性に恐怖するからだといえる。
つまり死後が怖い。
だからこそその恐怖を緩和するため、さらには建前としては生きてる人たちが道徳的に生きやすい世界を構築するすべの一環として宗教が存在する。
ここらへん民族宗教と普遍宗教では根本的な違いがあるわけだがそこは今は置いておく。
『まってまってまって、また思考が暴走してる。結局どういうことよ』
「たぶん、この世界では死ぬと幽子になるかそのまま霧散する。行き場がない」
『は?』
幽子の場合は私が個人信仰として冥界行きを阻止したが故に発生した、私の認知世界におけるバグの一種だ。
では、死にかけの人間がスキルという意味不明な力で妹化なんぞしてしまうこの世界ではどうなるか。
「レイスやアンデッドの類の多くは肉親が死者をとどめてしまった場合に出現するといわれています」
『そ、そういうものなんだ』
「ええ。季節によってはイナゴのように大発生しては集落を襲い、さらにアンデッドが増えるという悪循環が発生していました」
「ふーん、それであの世、つまり宗教の力に頼ったと」
私の言葉にクラウドが肩をすくめた。
「龍王の間でも意見が分かれていた内容でね。赤の龍王様は八つある王機の一つに魂魄の回収機能を持たせてリサイクルしていればいいという考えだったのに対して、白の龍王様はそれでは人々が救われないと激怒され単独で異界の神を招来するという暴挙に出られた」
頭いたいわね、それ。
赤の龍王のそれって本当に魂魄のリサイクルシステムでしかないし。
あー、でも魂魄ってあるのか、それは良いこと聞いた。
『おい』
「その一方で白の龍王様は夢見がちでね。しばらく前に人民の統治システムとして民主主義という概念も持ち込まれたんだが、そのまま都市ごと宗教に飲み込まれてしまったよ」
「あー、ばっかじゃないの。だって近代民主主義の発生母体ってぶっちゃけ宗教よ」
『え、そうなの?』
「そ。発生初期の根幹部分は神の前には人は平等であるって考え方。そりゃかみ合っちゃうでしょうよ。信仰心と民主主義がバラで動くようになるまでにはかなり時間がかかるし、結局、地球でも信仰と主義がばらけない方が主流だったしね」
『へー』
「大体状況はわかった。シャル、ちょっといい」
「なんでしょう」
シャルの耳元でこそこそと打合せをする。
「私はかまいませんが、お姉さまはそれで良いのですか」
「うん。たぶん、正面から対抗するにはそれしかない。ベストじゃないけど今選択可能な中でのベターを選ぶ」
興味深そうに見つめているクラウドに視線を向け私は口を開いた。
「クラウド」
「なんだい」
「私、安藤優はシャルマー・ロマーニ七世から王座を引き継いだ正当なる王であることをここに宣言する」
「それはまた……別にかまわないけど」
「認めるんだね」
「そのくらいならいいよ、赤の龍王の名代として僕が認定しよう。君が今日からロマーニ王だ」
そう、そういうのは読めてていた。
「その上で私は王の名のもとに新生したロマーニ王国の国教がシス教であることをここに宣言する」
「………………は?」
右手の先には幽子、左手にはシャルを抱き寄せて再度私は声に出す。
『……優って底抜けの馬鹿だよね』
「えー、まぁ……もうなんといいますか」
「妹の妹による妹のための国、それが私の王国、シス・ロマーニだっ!」
赤の龍王の名代と名乗るクラウドが静かに問う。
「正気かい?」
「もちろん、私の夢は妹を召喚する事だからね」
赤の龍王が横着で白の龍王がアホならば、私ら青の龍王の陣営はパチモンの神にでっち上げた神をぶつけるさ。
さぁどうする、超越者。