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シスタークエスト レベルは上がりませんが妹は増えます  作者: 幻月さくや
第三章 歪曲都市編 優しい幸福がそこにはあった
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あの子にあげたかった

「もう、ちゃんと起きないとケインズさんに怒られるよ」

「わかってる、わかってるから。あと五分……」


 そういって布団に潜り込むと幼馴染(おさななじみ)のあの子が困った顔をしているのが見えた。


「だめだってば。そういって昨日も遅刻しそうになったんだから。ちゃんと起きて」


 毎朝繰り返される目覚まし代わりのあの子とのやり取り。

 下層生まれの下層育ち。

 そりゃ中層や上層とくらべれば汚いだろうけど、生まれ育った自分たちにとっては見慣れた毎日なわけで。

 今日も昨日も明後日も、親と同じ仕事を引きついてそのまま死ぬまでそれをする。

 自分は港の方の荷運び、あの子は中層に上がって食堂の手伝い。

 そんな毎日が続くと思ってたあの日、不意にあの子から言われた。


「今月末にお店閉じるんだって」

「へぇ」


 あの子が務めていた中層の食堂が閉じるらしい。

 なんでも偉い人の娘さんが中央に輿入れするのに合わせて結構な人数が町から離れるらしく、それに合わせて仕事で街を離れる人と一緒に居なくなる子供が結構いるとは聞いた。

 とはいえ他人事だと思ってた矢先の話である。


「わたし、仕事無くなっちゃうね」

「うん」

「でもいいの、私の夢はいつか自分のお店もつことだからそれまでに何とかする」

「うん」


 あの子がじっと自分の顔を見る。

 物心ついた時からあの子と一緒だった。

 世間的には幼馴染というらしいけど感覚としては姉妹というか家族に近いというか。

 だから、仕事がなくなったからといって何か変わるとは思えなかった。


「……」


 沈黙に耐えられなくて口を開く。


「次の仕事見つかるまでは、私を朝起こすのが仕事だね」


 あの子の瞳に輝きが戻る。

 何がそんなにうれしいのか、あの時の自分にはわからなかった。

 それから毎日、朝起こしては食事とお昼を作ってくれて、帰ると家で待っている。

 そんな自分たちを見て親父はまるで夫婦みたいだなと笑った。

 あの時、赤くなったあの子の顔が今でも忘れられない。

 そう、これは夢だ。

 本当はあの時、声はかけられなかった。

 だからあの子は未来の夢のために少しでもお金を貯めようとした。

 その手段として()()()()()()()()()()()()()()()()少しでも稼げないかと水先案内人の訓練にいそしみ……あの時死んだ。

 どうしてあの子が死んだんだろう。

 取り立てて長所もなく、容姿も頭もよくない自分ではなくあの子がなぜ死ななければいけなかったんだろう。

 足りない頭で何度考えてもその答えは見つからない。

 そんなある晩、気が付くと自分はこの場にいた。

 チップを使ってファイトに()ける。

 最初の初戦で運があったのか大勝してささやかな願いをかなえた。


「わっ、ありがとう。これ高かったんじゃないの」

「たいしたことないから」

「ほんと?」

「ほんとだって、いらないなら返して」

「いるいるいる! ありがと、大切にするね!」


 小さなブローチ一個に喜ぶあの子の笑顔がまぶしくて。

 それがもうすぐ見れなくなることに耐えられなくなった。

 チップだけでは叶えられない。

 七回勝てば『ママ』がどんな願いでもかなえてくれる。

 私の願いは自分の代わりにあの子が生き残ること。

 だから、負けられない。

 平凡な私が生きてちゃいけないんだ。

 あの子の為ならすべてを賭けても惜しくない。

 なのに、全部を掛けた戦いで私は一度負けた。

 そんな私に『ママ』はもう一度戦う機会をくれた。

 そして挑んだこの再戦、私は負けるわけにはいかない。

 あの子を失うのはもう嫌なんだ。

 この命をあの子に譲る、それが私の願い。

 出来の悪い幼馴染の(だめな)私が、あの子にできる最後のプレゼント。

 だから、


「負けられない、たとえ相手がだれであってもっ!」


 私は星の王子(セーラ)(にら)みつけた。




















 幼馴染(おさななじみ)

 いたりいなかったりするそれは、百合(ガールズラブ)と同じく人間関係を表す言葉だ。

 前提として血のつながらない年の近い相手が身近にいた時に幼馴染とされるけど、その条件は不明瞭だ。

 生まれた時から一緒の時もあれば、ある程度の年になってその関係になることもある。

 人間というのは無自覚に自他の距離や価値観を変動させ、その総合関係の中で自身を規定し生きてゆく社会的動物だ。

 故に小さい子供にとって親が重い位置づけにあるのは当然として、次点として姉妹といった近隣血縁者が優位に上がる。

 そして幼馴染というのは血のつながらない疑似的姉妹分としての形質を持ち得るという意味で特殊な位置づけにある。

 犬猫だと近親妊娠というのは生理上も普通にあるわけなのだけど、人間では原則タブーとなっているのには訳がある。

 まず近親で子をなした場合に遺伝子上のリスクがあるとかいうとこの説明はそのうちシャルにでもしてもらうとして、社会生物としてみた場合にも一度社会的文化形質として近親婚、近親出産を是とした場合には、人間はそれを繰り返してしまう傾向があるんだな。

 繰り返すということは当然のように血が濃くなり問題を起こす。

 その一方で戻し交配といった品種改良技法でもわかる様に特定因子を強く出したい場合に、近親配偶は限りなく魅力的に見えるわけだ。

 そういった特異事例がない限りにおいては基本的に近親配偶はタブーとされ、数多の創作内でもそこらはそのように扱われている。

 さて、その前提の上で血のつながらない姉妹にあたる幼馴染という存在が浮き上がってくる。

 家族であるなら特に色恋に行きつくわけもない普通の存在、日常の化身。

 それがふとある時、家族の枠を超えた魅力を感じ取り関係が変遷するというのが幼馴染シナリオテンプレートの基本中の基本だ。

 メアリーの内心世界を参照する限り、非常に残念なことにメアリーの方は自身の恋心を理解しきれてないみたいね。

 その原因は、おっと……


「アイスバレット」


 氷の粒が空中に出現しこちらに飛んでくる。

 すかさずセーラが流星祭剣(りゅうせいさいけん)で受け返そうとするとその場所にはメアリーはいない。


「!」


 直感でセーラが身を屈めるとその頭の上をメアリーの蹴りが通過した。

 そのままセーラが流星祭剣をメアリーの方に突き出す。

 一瞬突き刺さったかのように見えたメアリーの像が水に変わり大量の水が床を濡らし足元を覆った。


『背水の陣やな』


 少し離れた位置で荒い息をするメアリーの姿がそこにあった。


「アイスクリエイション!」


 足元を覆った水が一気に凍結、私たちの足元を固定した。

 なるほど、深度二の魔導アイスバインドが使えないから複数の技で代用したんだわね。


「こ、降参してください!」


 ところでレビィ、この子が神技や魔導を併用できる原理って分かったかね。


『わかったで』


 ほう、なによ。


『何のことはない、こいつ月華王(げっかおう)に依頼して夢の中限定で表現いじっとるだけや』


 ああ、なるほど。

 私とレビィがそんなやり取りをしてると流星祭剣をセーラが一振りする。

 途端に足元の氷がすべて星に変わり、幻想となって掻き消えた。


「そ、そんな……」


 青くなったメアリー、今の一撃にかけてたんだろうね。

 ここら辺、私の知ってる魔導士とは違うわね。

 シャルならきっとこういうピンチの時ほど笑うし、アカリは騒ぎつつもきっと生きる事を諦めない。

 魔導とは怪獣の繁茂するこのアスティリアで人が何とか生きのこるために編み出した生への悪足掻きだ。

 上っ面だけ模写したメアリーにはその胆力がない。


 さて、セーラ、交代してくれるかな。


「さぁ、メアリーみたいな可愛い幼馴染との邂逅(かいこう)、実に名残惜しいところではあるけどそろそろ終幕(おわり)の時間なのよ」


 そういうとユウちゃんは浅く笑いながら流星祭剣を縦に、もう片方の手をグーに握ったまま横に構えた。

 まるで十字架みたいね、この構え。


『どーせ適当やっとるんやろ、考えるだけ無駄やで』


 そうね。


「さぁ、皆様お立合い。フィナーレの時間だ」


 どんと一歩前に踏み出すと闘技場の天井から大量の星が舞い散り、そのままステージのあちこちにとどまった。

 そのまま、宙に浮かんだ星と星の間にスクリーンのようなものが表示されてメアリーちゃんの思い出が赤裸々に、それも大量に流されていくわね。


「メアリーの願いは標準的な幼馴染である自分の命を神にささげ、代わりに幼馴染の命を助けること」

「ど、どうしてそれを……」


 慄くメアリーちゃんもかわいいわね。

 どのみち融合状態の私たちと切りあった時点であなたの内心は丸裸なのよ。


「メアリー、あなたは一つ大きな勘違いをしている」

「かん、ちがい?」


 大きくうなづいたユウちゃん。


「自分に価値がないとあなたは思っている。標準的で魅力がない、意味もなければ価値もない、生きてるだけで脳もない」

『そこまでは考えとらんと思うんやが』


 さらに一歩ユウちゃんが踏み出す、メアリーちゃんがひるんで一歩下がる。


「そんな自分が生き残り、あの子は死んだとあなたは思った」

「…………」


 さらに一歩、星が舞い、二人の思い出がまるで結婚披露宴の(さら)しものみたいに衆人観衆の目に焼き付いていくわね。


『セーラ、お前さん結婚披露宴になんか恨みでもあるんか』


 あるわよ、あの子に白無垢(しろむく)やウェディング着せたかったの。

 もちろん私もウェディング着たかったのよ。


「なぜ自分に価値がないと思った。標準的で何が悪い」

「だ、だって。だって私にはあの子みたいな夢もやりたいことも」

「あんたの幼馴染ならきっとこういうと思うよ」


 一気に間合いを詰めメアリーの目前まで近づいたユウちゃん。


「そんなことない。だってわたしが好きになった人なんだから」


 そのまま流星祭剣の切っ先をメアリーの胸に当てる。


「わたしにとって一番の特別なんだから、自信をもって生きて」


 私たちはそのまま一気に駆け抜けた。

 メアリーが舞台に倒れ伏すのと同時に思い出の数々が星屑(ほしくず)となって一気に地面に落ちていくの。

 綺麗ね、この風景。


「さて、メアリーの呪いは解けたみたいね」


 視線の先、倒れたメアリーは舞い落ちる星を浴びながらステージの上に静かに寝てるわね。


『なんや幸せそうな顔になっとんな』


 そうね、ほんとユウちゃんの勢い任せの説得は支離滅裂(めちゃくちゃ)だけどなんかハートに来るものがあるわ。


『あほか、ワイは付き合いきれんわ』


 呆れたようなレビィの声を尻目に流星祭剣にまとわりついた水を切る様に振り払うと観客に向けて一礼。

 その後でユウちゃんはメアリーの方に背を向けた。


「いい夢みなよ、マイシスター」


 一拍の後に進行をしているリーシャの声が響く。


「勝者、セーラ!」


 割れるような会場の歓声。

 初戦からハードだったわね。

 そんな中、ユウちゃんの視線が怪異(かいい)に向いているのに気が付いた。

 またみてるわね。


「せやね。まぁ、大体あれが何かは見当がついてるんだけどさ」


 怪異じゃないの?


「大体セーラが原因よ。『子』の龍札をリーシャに使っておいて親が付いてないってことはないでしょ」


 あら、そういうこと。

 ちょっと……ちょっとまって頂戴。

 それってもしかして。


「多分ね。いるよ。蛇女房と同化してるとみてる」


 それはなかなかヘビーだわね。


『セーラのそこら辺のセンスだけはよー分からんわ』

「同感」


 まぁ、失礼な。

 どちらにせよ藪蛇をつつくことになりそうね。


「大丈夫、責任をもって竜頭蛇尾(りゅうとうだび)に落とし込むから」

『あかんやん』


 ふふ、私達なら負ける気がしないわ。

 こういう姉妹もたまにはいいものね。

 それにしても疲れたわね。


『この状態は摩耗が激しいで。長時間はむりや』

「三分じゃないだけ温情でしょ」


 そうね、メアリーちゃんを救護(きゅうご)に送ったら帰りましょうか。

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